「ジープ」が大きなきっかけに!「4WD」が一般的な存在になるまで
- ジープ「MB」1943年(写真:FCA)
オフロードでの走破性はもちろん、ハイパワー車を安定して走らせるためにも用いられる4輪駆動(以下:4WD)。今では多くのクルマにラインナップされていますが、4WDが一般的な存在になるまでには、長い道のりがありました。
世界初の4WDは1805年。アメリカの水陸両用車で登場した
初の4WDが誕生したのは1805年、アメリカのメリーランド州で作られた「浚渫船(しゅんせつせん)」だとされています。この時のクルマは蒸気機関の水陸両用車で、なんとアメリカを初めて走ったクルマでもあったとか。その後4WDは、20世紀の始まりとともに、トラックやトラクターなど比較的大型の車両に使われていきます。そして、悪路走破性が高いことから、各国で4WDの小型化が進みました。それは皮肉にも、戦争での必要性が増大したからです。
- 株式会社カマドによってレストアされた「くろがね四起」(写真:斎藤雅道)
戦場において、偵察や連絡、人員輸送など幅広い任務をこなす車両として、オフロードを走ることのできる小型4WDは、大きな魅力でした。こうした小型4WDに最初に注目をしたのは、戦前のドイツと日本で、特に旧日本陸軍では、日本内燃機(現:日産工機)が開発を担当し、「くろがね四起」の愛称で知られることになる「九五式小型乗用車」を各国に先駆けて、1936年から運用開始しました。
アメリカ陸軍の要請で小型4WDを各社が開発。のちの「ジープ」に
第二次世界大戦が始まると、4WDではないももの、ドイツの「キューベルワーゲン」という小型の軍用車が、初期の欧州西方での機動戦で大きな役割を発揮。それに注目したアメリカ陸軍が、1940年6月、悪路を走行可能な小型4WD車の開発を各企業に命じ、これがのちの「ジープ」となります。
このときアメリカ陸軍小型偵察車開発委員会は、性能要求などを記載した開発要請書と入札規則書を自動車メーカー135社に送付したそうですが、あまりに細かく定め、事細かに記された要求書だったため、GM(ゼネラルモーターズ)やクライスラーといった大手メーカーですら開発を断念したそう。軍の計画に応じたのはアメリカン・バンタム、ウィリス・オーバーランド、そしてフォードのわずか3社でした。
その中で、期限内にプロトタイプを提供したのはアメリカン・バンタムのみで、1カ月半で試作車を仕上げるという離れ業をやってみせたそうです。しかし、要求した項目をすべてクリアすることはできず、その後、アメリカ陸軍が開発に手をあげたほかの2社に図面を公開し、協力を要請。3社それぞれの長所を取り入れ、1941年7月に量産化へこぎつけたのが、初代モデルとなる「ウィリス ジープ」です。このジープこそ、戦後の4WD車に大きな影響を与えた車両となります。
- ウィリス・ジープ「MA」1941年(写真:FCA)
アメリカン・バンタムは、生産能力の不安があるとして、ウィリス・オーバーランドが量産を担当。戦争終結までに約36万台を生産したほか、フォードでもジープと同じ仕様の「フォード・GPW」を約27万台生産しました。
その生産台数の多さから、戦中はアメリカ以外の連合国軍にも提供され、戦後には元敵対国などでも使用されます。中でもフィリピンは、特にこの時代のジープの印象が強かったようで、現在でも乗合自動車を「ジプニー」というジープを意識した名前で呼ぶほど。これは戦後直後にアメリカ軍から払い下げられたジープを改造して、乗合自動車を作ったのが始まりだからだそう。
日本では三菱がライセンス生産。トヨタは「ランドクルーザー」を開発
日本では戦後、三菱自動車が1953年2月から自衛隊向けにノックダウン生産(ライセンス生産は1956年7月から)を開始し、民間用のシビリアンジープを含めて1998年まで、実に45年間も生産することになります。
当時、ノックダウン生産権を獲れなかったトヨタ自動車は、独自に4WD車の研究を進めて、1951年に「BJ型」を開発。1953年にトヨタ「ジープ」として量産が始まりますが、商標の問題から1954年に当時の技術部長だった梅原半二氏により、「ランドクルーザー」と名付けられました。当時ジープのライバルとして頭角を現していた「ランドローバー」にあやかり、「陸を巡行する」という意味を持つ名称です。ご存知のとおり、このクルマは「ランクル」の愛称で親しまれ、オフロード4WDを代表する車種となります。
- トヨタ「ランドクルーザー 20系」1955年(写真:トヨタ自動車)
一方、オート三輪などで実績をあげていたホープ自動車は、独自路線として、1956年に4WDをより小型化した軽4WDの構想を立ち上げました。そして経営難の中、1967年には「ホープスター ON型4WD」という名前の軽4WDを完成させます。しかし、100台ほどを生産したところで、自動車業界からは撤退。その製造権を鈴木自動車(現:スズキ)が買い取り、改良を加えて1970年4月に本格軽4WDオフロード車として売り出したのが、現在でも根強い人気を博している「ジムニー」です。
乗用車に4WDを組み合わせたのはスバルが最初
戦後は日本だけではなく、欧州でもアルファ・ロメオやフィアットがジープに似た車両を開発。また、フランスではオチキスが1954年からジープのライセンス生産を行い、4WDは急速に一般的な存在になっていきました。1971年には、富士重工業(現:スバル)が、乗用車を4WD化した「ff-1 1300Gバン 4WD」を発表。「レオーネ」や「レガシィ」などに続く「シンメトリカルAWD」の礎となり、「AWD」はスバルの代名詞となります。
- スバル「レオーネ4WDエステートバン」1972年(写真:スバル)
また、同じ1970年代のアメリカではピックアップトラックの4WD化が進み、1980年代にはSUVも普及。この頃、日本では積雪地向け用途を中心に、セダンやステーションワゴンにも4WDのラインナップが増え、一般的になっていきました。
現在では走行安定性や安全性を高める仕組みとしても用いられる4WD。今では当たり前のように存在していますが、こんなにも長く深い歴史があったのですね。
(参考文献)
『図説・四輪駆動車―322点の図・写真で綴る4WDの技術と発展史』(山海堂) 影山夙著
『ジープ・太平洋の旅』(ホビージャパン) 大塚康生著
『国産ジープ(四輪駆動車)の誕生』(グランプリ出版) GP企画センター編
「ジープの歴史」(フィアット・クライスラー・オートモービルズジャパン公式HPより)
https://www.jeep-japan.com/history.html
(取材・文:斎藤雅道 編集:木谷宗義+ノオト)
[ガズー編集部]
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