交通の方法に関する教則に表記がない? 「手上げ横断」の謎に迫る
「手を上げて道路を横断しましょう」と指導をされた記憶のある方は多いのではないでしょうか。しかし、国家公安委員会が正しい交通の方法をわかりやすくまとめている「交通の方法に関する教則」には、「手を上げて横断すること」という内容の記載はされていないのです。手上げ横断はどのようないきさつで指導されるようになり、交通安全指導は現在どのように行われているのかを紹介します。
「交通戦争」の犠牲者を出さないために
クルマの普及が急速に進み、交通事故の発生が大幅に増え始めたのは昭和30年代のこと。交通事故に巻き込まれて亡くなる方が特に多かったのが、子どもを中心とした歩行者だったそうです。この状況は「交通戦争」とも呼ばれていました。交通事故死者数が日清戦争での戦死者を上回る勢いで増加したため、これが一種の戦争状態であると考えられたことからです。
昭和30年代半ばからは、警察官や婦人交通指導員、学校関係者などによる交通安全教育が積極的に行われ始めます。昭和40年代にかけては全国交通安全運動において、「歩行者の安全な横断の確保」が重点的に指導されるようになっていきました。そのような流れの中で「横断の際には手を上げて合図する運動」がすすめられ、国家公安委員会が1971年(昭和46年)に定めることとした「交通の方法に関する教則」にも「車がくる道路を横断するときは、手をあげて合図をし、車が止まったのを確かめてから渡りましょう」と当初は書かれていたそうです。
手上げ横断の表記はなぜなくなった?
現在の「交通の方法に関する教則」を見てみましょう。
3 信号機のない場所で横断しようとするとき
(1) 近くに歩道橋や横断用地下道など安全に横断できる施設がないときは、道路がよく見渡せる場所を探しましよう。
(2) 歩道の縁や道路の端に立ち止まって、右左をよく見て、車が近づいて来ないかどうか確かめましよう。特に、左方向から進行してくる車は、遠くにあるように見えても、横断中に近づいて来ますので、注意しましよう。
(3) 車が近づいているときは、通り過ぎるまで待ちます。そして、もう一度右左をよく見て、車が近づいて来ないか確かめましよう。
(4) 車が近づいていないときは、速やかに横断を始めましよう。車が止まってくれたときは、ほかの車の動きに注意し、安全を確認してから横断を始めましよう。この場合、道路を斜めに横断したり走つたり〔ママ〕してはいけません。
(5) 横断中も車が近づいて来ないかどうか周りに気を付けましよう。止まっている車の陰から別の車が突然出てくることがありますから注意しましよう。
※交通の方法に関する教則 第2章第3節(平成30年12月14日現在)より引用(原文ママ)
手を上げて道路を横断するという表記は見当たりません。今から40年以上前、1978年の教則の改訂時に削除されたのだそうです。なぜ、手上げ横断についての表記はなくなってしまったのでしょう。一般財団法人全日本交通安全協会の担当者に伺いました。
「手上げ横断についての記載をなくした理由は実のところはっきりとはわからないのです。当時の資料もおそらく残っていません。
ただ、手を上げて道路を横断するというのは、『手を上げてドライバーに合図をしてクルマが止まったことを確認してから渡る』ということだと思いますが、手を上げさえすればクルマが止まってくれると思い込むと事故につながってしまう……といったことが考えられ、あえて文言をなくしたのではないかといわれています」(全日本交通安全協会担当者)
きちんと確認! 安全に道路を横断するために
「とはいえ、道路を横断する際に手を上げること自体には一定の効果があります。体の小さい子どもたちは、ドライバーからは見えにくいものです。手を上げることによって、子どもが道路を横断しようとしているというのがドライバーからわかりやすくなります。
ですから、現在も手上げ横断を指導している地域もあります。手を上げることと一緒に、ドライバーとしっかりアイコンタクトを取って確認することを教えているところもあれば、ハンドサインを出すことをすすめているところなどもありますね。
交通安全指導の内容は各都道府県の警察がそれぞれ工夫して行っています。手上げ横断に限らず、各地域で事故が起きないよう安全に道路を横断するにはどうしたらよいかを考え、指導が行われているわけです」(全日本交通安全協会担当者)
手上げ横断そのものが教則に記載されていないのは意外でしたが、方法がどのようなものであれ、「いかに安全に道路を横断し事故を防いでいくのか」ということが重要なのですね。クルマを運転する立場としても、歩行者の安全にさらに気をつけていきたいものです。
<取材協力>
一般財団法人全日本交通安全協会
http://www.jtsa.or.jp/
(取材・文:わたなべひろみ 編集:奥村みよ+ノオト)
[ガズー編集部]
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