紅白幕に包まれた「嫁入りトラック」とは? 消滅した名古屋独自の婚姻文化
結婚にまつわる風習から「娘三人持てば身代(しんだい)潰す」といわれる名古屋。中でも珍しいのが「嫁入りトラック」と「嫁入りタクシー」と呼ばれるクルマの存在です。名古屋の婚礼風習から生まれた特別なクルマについて、婚礼研究家の名古屋文化短期大学准教授の道前美佐緒(どうまえみさお)さんにお話を伺いました。
徳川家のお膝元ならではの婚礼風習
従来、名古屋は「派手婚」文化を主流としていた地域で、特に重要視されていたのが嫁入り道具でした。三面鏡ドレッサーや桐タンスなどの婚礼家具や着物一式を持たせて嫁に出すのが一般的。手塩に掛け育ててきた娘に、いかに豪華な嫁入り道具を用意できるかどうかで家柄を格付けされたり、新婦側の家の権威がかかっていたり……と複雑な心情も背景にあるのだとか。
これらは「荷入れ」という徳川家の婚礼行列が由来となっている風習です。江戸時代、尾張徳川家のお膝元であった名古屋において、嫁ぐときに娘に惨めな思いをさせないために一生分の荷物を持たせていたといいます。長持(ながもち)にたくさんの荷物を詰めて嫁入りするという習わしが昭和の婚姻文化につながりました。長持を運ぶ「棹」が「トラック」に変わったということですね。
「昔から名古屋は、普段は節約をして、特別な行事を派手にする傾向があります。その上、お嫁さんが財布を握れなかった時代は、嫁いで間もなく調味料などの買い物をすると“やりくりが下手な嫁”とお姑さんから思われてしまう。そのため、昭和の時代でも、最低1年は娘が困らないように、肌着や下着類、味噌や醤油といった調味料など嫁ぎ先で不自由がないようにあらゆる物を持たせて嫁がせたそうです」(道前先生)
この話だけでも、今の時代からすると馴染みのない感覚ですが、これらの嫁入り道具をご近所にお披露目するのも定番中の定番。そのときに活躍するのが「嫁入りトラック」でした。
いかに豪華な嫁入り道具を持たせてあげられるか
嫁入りトラックは、紅白幕を掲げていたり、リボンでラッピングしたり、とにかく見た目がド派手! フロント部分に水引の飾りが付けられていたり、スケルトンのガラス張りで中が丸見えの車種もあったりと、その存在感は走っているだけで注目の的でした。
婚礼家具を購入した家具店で手配される嫁入りトラック。荷物は、部屋へ運び込む前、嫁ぎ先の縁側に並べます。これが新郎家族や親戚、ご近所さんに嫁入り道具を披露する、通称「衣裳見せ」。婚礼家具、電化製品や食器、布団、座布団などをずらりと並べ、桐タンス全ての引き出しには黒の留袖、訪問着、喪服などの着物一式を入れていたそうです。
「こういった風習は見栄っ張りと称されることもありますが、それよりも婚礼家具を揃えるのは娘の親の役目であり、愛情の証でもありました。親戚やご近所、そして嫁ぎ先に向けて“こんなに大事に育てた娘だから”というアピールの意味も込められていたはずです」(同)
「バック厳禁」の嫁入りトラック。道を譲るとご祝儀?!
婚礼家具を荷台に積み、紅白の帯で飾り付けられた嫁入りトラックは、何台も連なることが良いとされ、1970年、80年代になると、最後尾のボンネットに大きなリボンをかけられた新車が続くのもお決まりでした。そのクルマの車種についても注目されるのだとか。
嫁入りトラックには、「バック禁止」という独特なルールがありました。なぜなら「バック」=「出戻り」、つまり離婚を想起させるので縁起が悪いとされていたからです。
どこから見ても嫁入りトラックだと分かる見た目をしているので、道幅の狭い所で出くわしてもバックさせないよう周りのクルマが迂回して譲るのが暗黙のルール。その際、新婦の家族が3,000円ほどのご祝儀を渡すというしきたりもあったそうです。
文金高島田で乗り込む「嫁入りタクシー」
名古屋には、結婚式当日は新婦の自宅で花嫁衣裳を着付けて出発するという風習もありました。花嫁姿を見るためにお世話になったご近所さんや子どもたちが集まるため、「菓子まき」という自宅2階や屋根の上からお菓子をバラ撒く行事も行われていたそうです。バブル期には、総額30万円以上のお菓子をバラ撒いていたという羽ぶりの良さ。これらは、ご近所への挨拶回りという意味を持っていました。
そこで生まれたのが「嫁入りタクシー」。菓子まきを終えて式場へ向かう際、着付けをしたままクルマに乗り込むには、文金高島田のカツラが邪魔になってしまう弊害があったため、1984年に名古屋のつばめタクシーで登場した車体です。
後部座席の上部がパックリと開口するよう改造されたタクシーで、文金高島田の花嫁衣装のまま式場に向かうことができるようになりました。ちなみに、この嫁入りタクシーもバックは禁止です。
結婚式の移り変わりとともに消滅した嫁入りトラックたち
これらの派手な婚礼文化。裕福な家庭だけの風習ではなく、尾張地方を中心に一般家庭でも当たり前に行われていたほど根付いた文化でした。しかし、時代は変わりました。今はもう「嫁入りトラック」「嫁入りタクシー」を目にすることはありません。すっかり忘れ去られたのは、ここ20年ほどなのだとか。
「1980年代までチャペルの式場はほとんどなく、神前式が約80%を超えていました。独立型チャペルの式場が一気に浸透したのが2000年前後。その上、花嫁衣装がウエディングドレスに変化し、自宅から着付けをして出発する必要がなくなったので、新婦は式場でお支度するのが一般的に。嫁入りタクシーは2010年頃まで稀に目撃されていましたね」(同)
時代とともに消滅してしまったクルマたち。ちなみに、嫁入りタクシーに使われていた車体は介護タクシーに改造されて使われているそうです。少し寂しくもありますが、日々トレンドが移り変わる婚礼業界では当然の流れかもしれません。
「今の時代だったら、花嫁の自宅でウエディングドレスを着て、オープンカーのリムジンで式場に向かうなんていうのもいいですよね。こういった記事をきっかけに昔の文化を思い出してもらって、新たな婚礼文化が生まれたらうれしいですね」(同)
時代とともに、文化や風習に寄り添ってきたクルマの存在。今後も婚礼にまつわる新しいクルマが誕生するかもしれませんね。
(取材・文・写真:笹田理恵/写真提供:道前美佐緒/編集:奥村みよ+ノオト)
[ガズー編集部]
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