南極観測用雪上車って何? 種類と特徴を知りたい
探検家・白瀬矗(しらせのぶ)率いる南極探検隊が日本人として初めて南極大陸に上陸してから110年。現在も南極・昭和基地(以下、昭和基地)を起点として南極観測は続けられています。南極観測での重要な移動手段が南極観測用雪上車です。南極観測用雪上車には、どのような種類があり、それぞれどんな特徴があるのでしょうか。昭和から南極観測用雪上車を造り続ける株式会社大原鉄工所 製造管理部 鈴木正人さんに、製造のきっかけから現在・未来のことまで伺いました。
新潟の大雪が南極の地へと繋がる
――大原鉄工所で南極観測用雪上車を造るようになったきっかけは?
もとはというと、新潟県から依頼された雪上車の開発から始まっているのです。新潟県では大雪により交通網が寸断されるなどの影響が深刻だったため、1951年に当時の岡田正平知事より雪上車の開発依頼がありました。そして、同年12月には国産初の雪上専用全装軌式雪上自動車「吹雪号試作車(1号車)」を完成させました。続いて、1953年には、保安庁(現在の防衛省)からの依頼で、「53式雪上車」の開発を始め、以降、現在まで60年以上に渡り、防衛用雪上車を製造するなどさまざまな雪上車を造り続けています。そのような経緯から、南極観測隊の関係者から依頼があり、南極観測用雪上車に関わるようになったそうです。
南極観測が始まった当初から極点旅行……昭和基地から南極点へと向かう調査旅行を行うのが一つの目標だったそうですが、第1次隊や第2次隊の派遣の頃はタロとジロで有名な犬ぞりが主要な動力であったわけです。しかし、「やはり極点旅行を決行するためには雪上車の開発が必要」ということで、1964年から開発・設計されたのが、「KD60大型雪上車」でした。そして、1965年1月には「KD60 1号車」が完成しています。この時のプライムメーカーは小松製作所でしたが、大原鉄工所はKD60 のベースとなっている61式大型雪上車の足回りの製造を担当していたことから、KD60 に関しても足回りの開発・製造に携わることとなったようです。南極用ということでしっかりと耐寒試験などを行ったと伝え聞いています。
その後、1966年からは「SM10」 「SM15」の2種類の小型雪上車の独自開発に着手。1968年の第9次南極観測隊が昭和基地に持ち込み、運用が開始されました。以降、プライムメーカーとしてさまざまなタイプの南極用雪上車を開発・製造しています。
状況や用途によって多種多様な南極観測用雪上車
――南極観測用雪上車にはどのような種類があるのですか?
用途や使用のタイミングなどによりさまざまな機種があります。海外のものも含むと膨大な種類になりますので、当社製品のみご紹介します。
まずは、大きくわけて2つに分類されます。一つは観測・人員輸送用でもう一つは作業用です。
観測・人員輸送用は、観測を行いつつ、必要な人員や物資の輸送を行うもの。これにも、週単位・月単位での長期旅行や極低温地域に赴くための内陸地域用と、日帰りや1週間以内の短期旅行で使用される沿岸地域用とがあります。
<内陸地域用>
・SM100S型(車重11t)
内陸地域の拠点への人員や大量の物資輸送も兼ねるため、大きなけん引力がある。標準仕様(観測、人員輸送)・クレーン仕様(物資積卸・建設)・高所作業車仕様(建設)の3種あり。
・SM50S型(車重6t)
標準仕様(観測、人員輸送)・クレーン仕様(物資積卸、建設)の2種。
<沿岸地域用>
沿岸、昭和基地周辺での観測活動に使用するもので、日常の足として使う。
・SM40S型(車重4t)
手頃なサイズで、使用頻度が高い。
・SM30S型(車重3t)
船のように水の中で浮上できる性能を持ち、海氷の不安定な場所で使用することが多い。水中で自力航行はできないが、万一、氷が割れて海に落ちても沈むことはなく、人員の脱出、救援までの待機などができる。
作業用は、除雪・物資輸送などに使用されます。大型・中型・小型とありますが、大原鉄工所では中型のみを製造しています。大型のものですと、海外隊では大型の農業用トラクターが使用されることが多く、小型のものは通常の仕様の建設機械が持ち込まれていることが多いです。
<中型>
・SM65S型(車重8.6t)
排土板が装備され、観測場所の造成や除雪などもできる。クレーン仕様(物資積卸、建設)・トラック仕様の2種。
人命優先のため、あえてのローテク仕様
――昭和の時代から南極観測用雪上車を造り続けていますが、技術的な変化などはいかがですか?
基本的には大きな変化というのはありません。というのも、観測に出ている際にもし故障してしまった場合、その場にいる人間が修理して基地に帰ってこなければならないのです。もちろん設備が整っているわけではないので、極力シンプルな構造のままである必要があります。生きて戻ってくるのが最優先ですから。そのため、どちらかというとローテクな方向で造り続けていますが、主に弊社の越冬隊員からの情報を元に改良を重ねています。
時代とともに、操作系統もデジタル化されてきており、針式のメーターがデジタルに置き換わったり、手旗信号が無線機になったりと使いやすく便利になっている部分もあるのです。
――その他に南極観測用雪上車を開発・製造するにあたって気をつけていることはありますか?
日本の観測隊では、補給物資は年1回しか持ち込むことができません。また、悪天候下では救助隊が遭難する危険があるため救助自体できないことさえあります。ですから、雪上車には信頼性の高さが求められます。開発時の製品の検証は十二分に行いますが、それでも洗い出しきれない不具合を防ぐため、新技術を用いるよりも、市場でしっかりとした実績のある技術・部品を使用しています。
例えば、液晶パネルは平成前半の製品だとマイナス10℃くらいになると正常に作動しませんでしたが、近年ではマイナス40℃まで使える製品も出てきています。そして、何よりマイナス90℃近くにまでなる極低温地域で使用されるわけですから、外での作業で危険に暴露されるリスクを最少にするために雪の吹き込みなどを防ぐ工夫をしています。
未来の南極観測用雪上車は無人化? 電動化?
――将来的に南極観測用雪上車はどのようになっていくのでしょうか?
理想としては、無人化や電動化ということになるのでしょうが、なかなか難しいものもあります。雪上車は地球温暖化の原因を探るための研究などのために活躍しています。内陸の奥地に行って地下の深いところの氷を採取し大気成分を調べ、過去の温度や環境を探るといった研究です。そのために、南極の奥地まで研究者を運ぶのが役割なわけですから、まったくの無人化というのはないかもしれません。どちらかといえば省人化といいますか。例えば、1台目だけ人間が乗って、2台目、3台目はロボットが運転するなどですね。小惑星探査機「はやぶさ」のように無人で行って、無人で帰ってこられれば一番よいのでしょうけれども。
また、電動化についてですが、排気ガスやエンジンの熱などが起こす大気の揺らぎが観測活動に影響を及ぼすため、現在は、重要な観測の際にはエンジン停止や一定範囲への立ち入り制限などが実施されています。フルタイムでの電動化が望まれてはいますが、マイナス50℃、90℃と極寒の中にあっては大きな車輛を動かすためにバッテリーをもたせるのは至難の業です。そこで、ある程度近くまではディーゼルエンジンで行き、観測場所までは電動に切り替えるといった方向性で考えられていますが、まだまだ研究の余地がありますね。
近未来的に大きな変化はないですが、観測する研究者などへの利便性が増すような開発は進めています。
取材当日の1月14日は奇しくも62年前、南極大陸で樺太犬のタロとジロが発見された日でした。犬ぞりから南極観測用雪上車へ。そして、将来的には電動化・無人化を目指して……極寒の大地で研究を重ねる人たちの移動手段は緩やかながらも変化していきます。研究者の命を守り、支える技術にこれからも注目していきたいものです。
<取材協力>
株式会社大原鉄工所
https://www.oharacorp.co.jp/
(取材・文:わたなべひろみ/写真:株式会社大原鉄工所/編集:奥村みよ+ノオト)
[ガズー編集部]
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