視覚障害者のための信号機 歩行者を守るためにドライバーが知っておきたいこと

目が不自由な人にとって、道路の横断は簡単なことではありません。「カッコー、カッコー」「ピヨ、ピヨピヨ」と音の鳴る「音響式信号機」は、視覚障害者が横断歩道を安全に渡るための大事な手掛かりとなります。私たちにも身近な存在である音響式信号機について、事故を防ぐための道路交通管理のあり方などを研究する交通工学の専門家である中央大学研究開発機構准教授・稲垣具志(ともゆき)さんにお話を伺いました。

視覚障害者は、何を頼りに歩いているのか?

目の見えない人や目の見えにくい人が、どのような感覚で歩行しているのか想像したことはありますか? 視覚障害者の歩行の研究をしている稲垣さんは、視覚障害に対する理解と配慮を呼び掛けています。

「人間はいろいろな情報を手掛かりにして動いていますが、80%近くを視覚に頼っています。その感覚を失っている人たちが何を手掛かりにして、動くべき方向を定めたり、方向を維持したり、動き始めるタイミングを決めているのか。彼らの歩行の特性を理解することは、共生社会にとって大切です。全人口の中では割合が高くないにしろ、そういった人たちへの配慮があることでさまざまな危険が防げると思います」(稲垣さん)

視覚以外の感覚をフル活用して歩行し、街の環境音、空気や風の流れなども情報として拾いながら歩いているのだとか。そのような中でも音響式信号機や点字ブロックは、道筋を示すものとして重要な役割を果たしています。

横断歩道を安全に渡るための「音響式信号機」

  • 押しボタン式の音響式信号機

歩行誘導音を出す装置がついた音響式信号機は、全国で20,301基設置されています(2020年3月末時点、警察庁調べ)。「とおりゃんせ」といったメロディが流れるタイプはそのうちの2%で、ほとんどは「ピヨピヨ」「カッコー」の音を発する擬音式です。信号が青になると自動的に音が鳴るものや押しボタン式など設置場所によって種類はさまざま。視覚障害者の利用頻度が高い盲学校や福祉施設、利用者が多い鉄道の駅や公共施設の近くに設置されていることが多いです。

「全国で2万基以上という数だけで多い、少ないという結論は出せません。ニーズが多いのは人口の多い都心部ですが、地方都市に暮らす視覚障害のある当事者にとって身近なのは1基だけかもしれない。諸外国と比べても、設置や技術開発を努力していると思いますが地域格差は否めません」(稲垣さん)

音響式信号機の課題と現状とは

  • スピーカーが下に付いている音響式信号機

音響式信号機の音がずれて鳴っているのを疑問に思ったことはありませんか? 交差点のこちら側と反対側で音をずらして鳴らす信号機は「異種鳴き交わし方式」と呼ばれています。

これは、「ピヨ、ピヨピヨ」「カッコー、カカッコー」と音がずれるため、「音源定位(おんげんていい)」という身体機能から、視覚障害者にとっては歩く方向と進んだ距離を判断する目安になります。渡り始めは向かいのスピーカーから音を聞き、背中側からも音が鳴るため前後二つのスピーカーに挟まれた状態に。交互に鳴るので、自分がどちらに向かって歩くのか判断できます。

目が見えていない状態で歩き始めると、たいていの場合5~6mほどで横にずれてしまい、まっすぐ歩くこと自体が容易ではありません。安全にまっすぐ進むためには、横断歩道の幅に対して中央上部にスピーカーを設置する必要があります。しかし、これが守られていない音響式信号機が多いのだとか。

  • 横断歩道の中央位置にスピーカーが付いている音響式信号機

さらに、音響式信号機に加えて横断歩道の中央部分に敷かれた点字ブロックがあれば、視覚障害者にとって非常に安心できる交差点となります。

また、音響式信号機で自動的に音が鳴るタイプの場合、周辺住民への配慮から夜間(夜8時から朝8時までなど)は音が鳴らないものがほとんど。夜間だけ押しボタン式になる信号機も多く、その場合、視覚障害者がボタンの場所を探せないことも。

夜間は電波を送信し、周囲に設置された音響式信号機の音を鳴らす送信機「シグナルエイド」を活用する方法もありますが、それを持っていない障害者も多く、シグナルエイド対応の信号機ばかりでもないのも課題の一つです。

視覚障害者は、初めて歩く道は身内や知人、歩行訓練士などと一緒に歩き、「何を頼りにして進むのか」「危険なポイントはどこか」といった細かい情報を事前収集した上で歩行しています。視覚障害者にとって「横断歩道」は危険な場所の一つだということを、ドライバーもぜひ知っておいてほしいものです。

「クルマが来ているか、いちかばちか」横断ひとつも命がけ

では、ドライバーの視点で視覚障害者に対して気遣うべきことはあるのでしょうか。

「まず、交通量の多い交差点を渡るのが危ないと思われがちですが、視覚障害者にとっては中途半端な交通量の方が、環境音が少なく危険です。音響式信号機がなく、クルマの往来が少ない場合、いつ信号が青になったのか分からないため“いちかばちか”で歩き始めることもあります」(稲垣さん)

すべての交差点に音響式信号機が設置されているわけではないため、「クルマの音がしない」という判断で横断しているケースもあるのだとか。

「最近は走行音の静かなクルマが増えていますが、視覚障害者がクルマの存在にまったく気付いていないことが多々あります。ここまで接近していたら歩行者は気付くだろうと思っても、相手が実は視覚障害者だったというケースも」(稲垣さん)

電気自動車などに搭載されている車両の接近を知らせる「車両接近通報装置」も活用しつつ、歩行者に対して「クルマの存在に気付いていないのでは」とドライバー側がしっかりと予測する必要がありそうです。

また、視覚障害者は交差点の縁石に対して直角に歩くのがクセになっています。上の画像のように縁石が曲線状に並べられた交差点だと、横断歩道から外れて交差点の中心に向かって歩いてしまうことも日常茶飯事。見かけた人はびっくりする光景かもしれませんが、本人はまっすぐ歩いているつもりなのだとか。

このように視覚障害者の特性を知っていると、そういった状況を見掛けたときに適切な声掛けや対処方法が浮かぶのではないでしょうか。

視覚障害者の安全を守るために、知っておいてほしいこと

最後に、ドライバーに限らず私たち市民に知っておいてほしいことを稲垣さんに聞きました。

「彼らが交差点を横断する際、ここまで困っていることへの認識度は非常に低いのが現状です。最近では、駅のプラットホームで視覚障害者に声を掛けてくれる人が増えていますが、交差点で白杖を持って立っているときに、声を掛けられることはまだまだ少ない。視覚障害者に“信号、青ですよ”と声を掛けるだけで命を守る行動になりえることを、皆さんに知っておいてほしいです」(稲垣さん)

視覚障害者は、隣に人がいても黙っていたら居ることすら認識できません。もし、声を掛けるのを躊躇してしまう場合は、視覚障害者が安全に道路を横断できているのか、そっと近くで見守るだけでもサポートになります。

「音響式信号機などの道路整備で、視覚障害者をここまでサポートしているのは世界中でも日本だけ。その反面、海外は人の支援体制が整っています。バリアだらけの地下鉄であろうと、障害のある人を助ける光景は日常的に見られますね。そういった文化の違いはあると思いますが、共生社会を目指す上で、パブリック空間でのコミュニケーションや配慮がもう少しあるといいのではと思います」(稲垣さん)

視覚障害者の歩行感覚を知ると、突発的にイレギュラーな方向に歩く人や赤信号で渡ろうとしてしまう状況が起こりえることが理解できます。そういったエラー行動にいち早く気付けることが、互いの安全を守るきっかけとなるかもしれません。ドライバーにとって歩行者ファーストは当然ですが、身の回りの音響式信号機にも配慮しつつ、誰にとってもやさしい安全運転を目指しましょう。

(取材・文・写真:笹田理恵/編集:奥村みよ+ノオト)

[ガズー編集部]

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