世界ツーリングカー選手権 WTCC 日本ラウンド現場レポート ~道上龍選手を追う~
道上 龍
1973年3月1日奈良県生まれ。1986年からカートを始め、シビックインターカップなどを経て1994年からF3にフル参戦。翌95年から、現在のスーパーGTに参戦し、2000年にNSX-GTに初タイトルをもたらす。以降2013年までスーパーGT500クラスに参戦し続け、2017年にWTCCにフル参戦。日本では、名うてのFF使いとして名を馳せた時期もある。
10月28 日(土)、29日(日)に、WTCC(世界ツーリングカー選手権)第8戦がツインリンクもてぎ(栃木県芳賀郡)にて開催された。今般の日本ラウンドは、全10戦のシリーズの8戦目に当たる。世界選手権とはいえ、日本ではあまり馴染みのないレースなので、簡単にレギュレーションを説明しておこう。
使用できるベース車両は、継続する12ヶ月で2500台以上生産されており4座席以上のシートがある車両に限られる。全長4.2m以上で2輪駆動に限られ、エンジンは1.6リッターターボでレブリミットは8500rpm定められている。このレギュレーションを満たしていれば、4輪駆動以外は、出走が認められる。
レース形式は、オープニングレースとメインレースの2レース開催。1レースあたり12〜13ラップで行われるスーパースプリント。そして最大の特徴は、多少の接触は許容されているということ。そのため、格闘技レースと呼ばれている。現在は、ボルボとホンダがワークスとして参戦、シトロエン、ラダ、シボレーは、インディペンデントとしてエントリーしている。そのシリーズに、今シーズンから道上龍選手がホンダシビックで参戦している。
予選は3回に分かれており、予選1回目で17台から12台絞られる。オープニングレースのグリッドに反映される予選2回目は、12台でのタイムアタック。ただしトップ10は、リバースグリッドとなる。予選3回目には、トップ5しか進出できないため、オープニングレースのトップ5台は、メインレースでは自動的に6~10番グリッドとなる。トップ5は単独走行のスーパーラップで、メインレースのグリッドを競うことになる。
フリープラクティス
台風の影響でスケジュールが短縮された土曜日、フリープラクティスに臨む道上選手に話が聞けた。ここまでの成績は7レースを消化した時点で、20人中15番目、獲得したポイントはわずかに5ポイント。ランキングトップのビョークが200.5ポイント稼いでいることを考慮すると、どれほど苦戦を強いられているか推して知るべしといったところだ。自身初挑戦となった海外シリーズ戦の印象を聞いてみると、「レース自体は多くのレースに参戦してきたのですが、海外レースに挑戦するのは別物ですね。言葉や環境の違いはもちろん、常に初めてのサーキットを走ることになるんです。当然ですが、最初のセッションなんかコースを覚えるので手一杯で(最速のラインを探すという意味)、セッティングまで辿り着かないんです。勿論データの共有はしていますが、参考にするためには同じようなタイムで走らないといけませんし、乗り方自体もドライバーによって違うので、そこも踏まえた上で参考にしなければなりません。同じようなタイムを出していても、アプローチの仕方が全くが違うんです。しかもまた彼らが速いんで、追いつくのが大変なんです」と語ってくれた。
ドライビングの話になると、「FFの車に乗るのは久しぶりなので、アジャストさせるのまでに時間がかかりました。ずっとSUPER GT GT500クラスやスーパーフォーミュラに乗っていたので、旋回スピードを上げてタイムを削っていくドライビングが身にしみていたんです。でもこのシビックは、良くも悪くもFFの特性が色濃く残ったマシンなので、旋回スピードを落としてクルッと回って、ステアリングを切らない状態で加速しなければタイムが出ないんです。しかもターボ車なので、パワーがあります。400ps近く出ているので、ラフに開けていくと強烈にアンダーステアが出てしまうんです。でも、FRよりFFの方が、アンダーでも踏んでいけるんです。そこが曲者で、開けている分、自分では乗れてる感じがするんですが、実はタイムは出ていないんです。逆に、例えば90km/hが最適なコーナーに対して少し下回るスピードで進入して、早めに出口に向けて丁寧に開けて行った方がタイムが出るんです。しかし、そこに気づくまでに5レースくらいかかってしまいました。今はだいぶ慣れてきているので、状態としては悪くないです」と語ってくれた。
自身の状況も良い方向に向かっている中、思わぬ事態に見舞われ逆境に立たされてしまう。前週の中国ラウンドを済ませ、全てのマシンが日本に向けて船便に乗せられた。この船が折からの台風21号の影響で遅延してしまう。しかも遅延が決定した時点で、道上選手のマシンは空輸を試みたが飛行機が欠航。結果、彼のマシンだけレーススケジュールに間に合わなくなってしまったのだ。その報告を受けたホンダは、急遽、日本にあるモノコックを用意。遅延した船便に積んであった予備のパーツを組むことで対応することになる。とは言えサラのモノコックに全てのパーツを取り付けるのだから、丸々一台組み上げるような物。しかも、イコールコンディションにするため、(コンテナが2便に分かれているため遅い方に合わせた)金曜日の27時つまり土曜日未明からしか作業に入れないことになっていた。さらに前戦で使用したエンジンが間に合わないため、エンジンを載せ替えざるを得ない。この時点でグリッド最後尾のペナルティが課せられることが決まっている。
道上選手からすれば不運でしかないこの状況。「とりあえずFIAに救済措置を申し入れたのですが、受け入れてもらえませんでした。今の状況を受け入れるしかないので、予選、オープニングレースでできるだけ前に出てメインレースにつなげるしかないですね」との事だった。そんな状況の中、土曜日に行われたフリープラクティスで、3位のタイムを記録する。その結果を受け「さっき組み上がったばかりのマシンにしては悪くないですね。でも計測機器が動いてなかったので、自分が何秒で走っているのかもわからなかったんです。完全な状態なら細かくタイムが見られるので、そのラップが良かったのか悪かったのかすぐわかるんですがピットに入るまでわからなかったんです。明日には改善されると思うので、タイムアップが期待できると思います」と前向きなコメントを聞くことができた。
公式予選
明けて日曜日は、予想通りの荒れた天候となった。そんな中、行われたセカンドプラクティスで2番手のタイムを叩き出す。そのままの勢いで予選1回目、2回目と突破し、自身初の予選3回目に進出する。そのセッションでは振るわずの5番手となるが、メインレースに向けて上々の予選であったにも関わらず、なぜか記者会見には浮かない表情で現れた。理由を聞くと、「FFのこのマシンは、意外とタイヤの内圧が効いてくるんですよ。1ラップ勝負の予選3回目はちょっと内圧を上げておかないと、上がりきらないうちに予選が終わってしまうんです。そこに気を遣っていれば、もっと行けたはずなんです」とのことだった。
オープニングレース
強まる雨の中スタートしたオープニングレースでは、絶妙なスタートで16番グリッドから一気に4台を抜き去り12番手へ。その後も10位まで順位を上げるもののニッキー・キャッツバーグ選手に押される形で大きく順位を下げてしまう。しかし再度追い上げ10位まで戻したところでチェッカー。11周のスーパースプリントだけに、たった1度のアクシデントが致命傷となった。優勝は、リバースグリッドの優位性を生かした、シトロエンのトム・チルトンが奪った。
約10分のリペアタイムで、道上選手の34号車は接触で破損したパーツを付け替えなければならない。メカニックの達は慌ただしく、しかし迅速に破損したパーツを交換していく。そしてピットロードクローズギリギリに道上選手がコースインした。
メインレース
メインレースのスタートは、この週末で一番強い雨の中、切って落とされた。前走車の描き上げるウオータースクリーンで、ほとんど視界は確保できない中、道上選手は2周目にコースアウトし、そのままリタイアとなってしまう。レース自体はあまりの雨量に危険と判断され、4周目にセーフティカーが導入。9周目には赤旗で、レース終了となり、ホンダのノルベルト・ミケリスが優勝を飾った。
道上選手にリタイアの原因を聞いてみると、「ブレーキがスティックしてしまって、どうすることもできませんでした。オープニングレースでのキャッツバーグには、腹が立ちますけどレースですから仕方ないです。それより、予選のことの方が悔いが残りますね」と言う。もしかしたら、ポールポジションを狙えるくらいの感触があったのでは無いだろうか。トラブル続きのホームタウンレースで、予選だけが速さを証明する方法だったのだろう。ホームコースで速さを証明したい。道上選手のシンプルな欲求に、レーサーの原点を見た気がした。
(写真、テキスト/折原弘之)
レポーター(お)ねえさん・大谷幸子
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[ガズー編集部]
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