水素エンジンのレーシングマシンに見るモータースポーツの新しい未来 ~富士24時間レースを終えて~

昨年「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを総理大臣が宣言してから、いや宣言をする前から、さまざまな業界で地球を守る活動が行われています。読者と私に非常に身近なクルマ、そしてモータースポーツについても考える人たちがいました。すでに水素をそのひとつの選択肢とする活動としてレースが行われ、大変話題になりましたよね。

テレビなどでも放映され興味深いものとなりましたが、ではレース後、実際どのように感じたのか、今後の展望は?のお話を実際クルマを走らせた方々に伺いました(ごめんなさい全員ではないのですが…)。今回のレポートは、フォトグラファーの折原弘之さんにお願いしました。それではどうぞ。

5月23日(土)~24日(日)富士スピードウェイで行われた、NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース。2021スーパー耐久シーリーズの、第3戦に位置づけられたこのレースに水素エンジンを搭載したカローラスポーツでチャレンジしたルーキーレーシング。レースを終えた今、水素を燃料とした全く新しいレーシングカーの未来について聞いてみた。

まず水素を燃料としたORC ROOKIE CorollaH2 Conceptを、簡単に紹介しよう。ベースとなった車両はカローラスポーツ。この車両にGR YARISの1,6リッターターボエンジンを搭載し、燃料に水素を使用したと言うもの。水素を使ったクルマ、従来の技術は水素を使用し発電させモーターを使って推進力を得る方法だった。だが今回の技術は、水素を直接内燃機関で爆発させ推進力に変えている。簡単に言えばガソリンやLPG(タクシーのエンジンが一般的)の代わりに、水素を使用したと言うことだ。水素を使うことで、排出されるのは水蒸気だけ。モーターを使う電気自動車同様、地球に優しいエコカーと言うことになる。

電気自動車に次ぐエコカーとして、モータースポ―ツシーンに登場した水素エンジンのレーシングカー。実際にレースに参戦した方々が感じたものとは…。

片岡龍也監督

「まず、水素エンジン搭載のカローラで 24時間耐久レースにチャレンジするにあたって、新しい技術での参戦だったので責任感を感じました。案の定といいますか、最初の12時間はいろいろなトラブルが出ました。でも今回は特別に計測機器をつけて走行できたので、事前にトラブルを察知することができ大きなトラブルは避けられました。大きなトラブルといえば、電気系でトラブルは起きたんですが、それ以降はなく走り切ることができました。

あえて最も厳しい24時間レースを選んで、完走できたことは大きな一歩だと思います。今回は30分に一度、水素を充填しましたが、今後はその辺も変わってくると思います。前半に関してはトラブル、水素充填、ピットインも多く不安もあったのですが、後半の12時間は十分に胸を晴れるレースができたと思います。何より24時間で358周、無事に走れたことで、色々な実績も残せたし、僕の考える目標はある程度達成できたと思っています」

片岡監督が考える水素カローラの将来

「24時間という長い時間を通して、水素の管理、航続距離の計算など水素エンジンを搭載したレーシングカーと僕の距離は縮まった気がしています。これをきっかけに、まだまだ先の話だと思っていた水素エンジンの開発が進むと思いますし、カーボンニュートラルが叫ばれる中、EVでのレースも良いのですが、我々モータースポーツに携わる人間にとって音のないレースは寂しいです。そんな状況の中、レースもEV一本ではなく、水素を燃焼させCO2排出を限りなく0に近い形で音を出せるレーシングカーを選択肢に加えることができたのではないでしょうか」

と水素エンジンのレース投入に自信を深めたようだった。

佐々木雅弘選手

「乗った感じは、水素カーだと言われなければ気付かない感じです。ただ燃焼スピードがガソリンより早いので、点火時期をより理想に近づけることができます。ですから、レスポンスはガソリン車より良いですね。ただしトルクはガソリン車に比べると細い感じです。その部分は過給機がカバーしてくれるので、この1,6リッターターボエンジンとは相性が良いですね。パワーにしても24時間を走りきることを目指していますから、まだ抑えています。今後パワーが上がれば次のステージも見えてきます。まだまだ始まったばかりのプロジェクトですから、もう伸びしろしかないですよ。レシプロエンジンを使用した水素マシンを、各メーカーが手がけたら今と同じ形でレースもできます。エキゾーストノートがサーキットに残るのは、クルマ好きにはたまらないんじゃないですか」

まさに“のびしろ”、期待しかない。きっとその将来のレースシーンを自身も牽引していく立場になっているのではないかと想像する。

石浦宏明選手

「水素燃料だからと言って、変な癖などは感じませんでした。最初に乗った時にはタンクを積んでることもあって、重さを感じました。そして、セットを煮詰めていくとそれは気にならなくなってきました。タンクの搭載位置が高いので重心は高いのですが、ある程度足を固めれば変な挙動などは出ません。

そして何より、音ですよね。個人的にもレースファンの皆さんも、電動のクルマのレースを見た時に何か足りないと感じていたと思うんです。この先、数年経った時にレースってどうなっちゃうんだろうという不安があると思うんです。ところが今回の水素エンジンのカローラが、他のクルマに混じって走ることができたのでもうレースができるんだ!という感じは得られました。ここから開発をさらに進めれば、今までのように迫力のあるレースが見られるという安心感はありますね。

レース後もSNSなどでものすごい反響があって、レースファンの皆さんにも音に対して同じ思いだったことが認識できました。やっぱりみなさんも内燃機関が好きなんだというのと、モーターには感じない浪漫みたいなものを感じるんですよね」

と自身がクルマ好き、レース好きならではのコメントをくれた。レース経験が豊富なトップドライバーゆえ、その経験値は必要であるし将来のこの流れを一緒に歩んでいくのではないかと思う。

松井孝充選手

「クルマのフィーリングについては今回は計測機器も搭載していたので、多少の重さは感じましたが、レーシングカーの範疇になっていると思います。それより24時間走って大きなトラブルが出なかったことが、いいスタートを切れたなと思っています。僕たちは五感を使って走らせているので、音も大きなファクターなんです。特にブレーキングでは音を聞きながらシフト操作をしますから、音があるのとないのでは大違いなんです」

とドライビングに関しても、音に重要性があることを教えてくれた。

レースに出る前は、当然すべてが手探りだったはずだが、24時間の過酷な耐久レースを完走することで自信もついて来た。水素エンジンに関わったドライバーや監督には、新しいモータースポーツの形が具体的に見えているように感じる。ドライバーや関係者に関わらず、音のあるモータースポーツは夢であり明るい未来に他ならない。今回のROOKIE RACINGのチャレンジは、近未来のモータースポーツに明るいニュースをもたらした出来事と言えるのではないだろうか。

(写真・テキスト:折原弘之/編集:大谷幸子)

折原弘之

F1からさまざまなカテゴリーのモータースポーツ、その他にもあらゆるジャンルで活躍中のフォトグラファー。
作品は、こちらのウェブで公開中。
http://www.hiroyukiorihara.com/

[ガズー編集部]

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