関谷正徳 レジェンドコラム 第2回 レーシングドライバーの身体能力

今回は、レーシングドライバーの身体能力についてお伝えしたいと思います。
モータースポーツ番組をTVで見ていると、レーシングドライバーが凄い運動をしているようには全く見えませんよね。自分たち関係者にすらそのようには映らないのですから、TVで見ている皆様には尚更のこと。皆さんに“レーシングドライバーの仕事”を理解してもらう事は困難なことだと感じています。

現状では、モータースポーツは「スポーツ」としては正しく伝わっていないわけですから、日本のモータースポーツ文化という部分においても、せめてこのコラムを読んでいただける方だけには理解してもらえるように説明してみます。

決勝レースのスタート前には、グリッドに着くとほぼ100%のドライバーがトイレに行きます。全員が緊張しているということなのです。

スタートし、フォーメ-ションラップが終わり、レッドランプが点灯する前になると、心拍数は上昇して170~190回/分の状態になり、そこからスタートが切られます。(この心拍数は、必ずしも全員同じではないので、文中に出て来る数字は、おおよその目安としてください)

そして、そこからドライバーはチェッカーに向けて走り出すと、やはり心拍数は170~190の状態で一時間から二時間速度150キロから300キロの走行を続けることになります。
この高い心拍数の状態で車の限界で走行をしますが、この限界走行をしている状態でドライバーは、タイヤと路面の状況を理解していなければなりません。

290~300キロの速度の世界から60~70~80kmに落として行く時はブレーキを使って行うのですが、どの場所でどのくらいの踏力で踏むかというのはグリップを感じ取って決めて行きます。何メートルというのは、ドライバーによっても違いが出てきますが、ドライバーは常に攻め続けた走りをしていなければ他のドライバーに抜かれてしまう事になるので、この時、感覚を研ぎ澄ましていなければ甘いブレーキになってしまいタイムロスに繋がってしまいます。

170~190の心拍数というのは、少し手抜きをするだけで150~160になってしまいます。前の車に離されてしまい諦めが入った時にも心拍数は下がってきます。逆に前の車に追いついて行く時とか、後ろの車が追いついてくる状況とか、ガチの競り合いになった時は心拍数が上昇して行きます。この様な状況の中、ドライバーは頭に酸素を送り正しい判断が出来る身体能力を保たなければ、レース中に接触、スピン、クラッシュ、ルール違反によるペナルティを受け、せっかくのレースを台無しにしてしまい、応援してくれているファンや関係者を落胆させることになってしまいます。

また、レースでは、ブレーキ、ハンドル操作、アクセル操作が車の限界を決める大事な要素になるので、繊細なハンドル操作、アクセル操作が必要になります。もう少し補足すると、このブレーキ、ハンドル、アクセル操作が車の性能を変えてしまうことになるので、速く走るためには操作がいかに重要か、ということになります。

総合しますと、心拍数が170~190の状態で頭に酸素を送る身体能力を持ち、高速で他の車と戦う闘争心をもって、高い技術と感覚を持っている。他のスポーツに例えると、マラソンをしながら格闘技をして、ライフル射撃ができて、ゴルフの打感を感じ取って対応して行く。少し大げさかもしれませんがこのようにマルチの能力を持った人がレーシングドライバーになることができます。

ドライバーには、まだ仕事があります。車の性能を上げるための作業があるのです。ドライバーは車を限界で走行している中で必ず問題を抱えています。その問題定義を正しくチームに伝えることにより、エンジニア、メカニックが細かなセットアップを行いその車の限界性能を引き上げてタイムアップを計るのです。

ドライバーが問題定義をする上で大事なことは、車の構造を理解しているか、いないかです。この違いは勝負に大きく影響してくるので、ドライバーは知識も学んでおかなければなりません。車を整備するメカニック、エンジニアがいなければレーシングカーを走らせることは出来ません。この関わっている人達の力を借りなければ速く走ることは出来ないのですから、この人達を味方につける「人間力」も必要となってくるのです。

ここでちょっとメカニックの作業について話をします。例えば、キャンバー角一つをとってみても、タイヤの接地面積は0.5センチ平方メートルの違いをドライバーは感じ取っているので、キャンバー角15分、車高1mmの作業になります。

今まで、あまりドライバーの仕事が、具体的には話されてはきませんでしたが、今回お伝えできたのは、この機会を提案してくれたレポーターおねえさんのおかげです。ありがとうございます。

何処かでドライバーの身体能力を科学的に分析してもらえると、ドライバーのアスリートとしての証明が出来るのではないでしょうか。いつの日かチャレンジしてみたいと思っています。それでは、また!

関谷正徳

[ガズー編集部]