スペインのクルマ事情~小説家 鈴木光司さんとヨットの旅 島編~

現在、全国で大ヒットの映画「貞子vs伽椰子」の貞子の原作者であり、「リング」「らせん」などJホラーという新たなジャンルを生み出した小説家の鈴木光司さん。その才能は世界を席捲し、アメリカでは日本人初となるシャリー・ジャクスン賞(長編部門)を受賞するなど日本が世界に誇る小説家だ。ホラー作品が目立つので、インドアな小説家を想像するかたも多いと思うが、実際は毎年ヨットで国内はもちろん、海外を航海するヨットマンである。鈴木さんは、ヨットや海を舞台にした作品も数多く執筆しているほど海が好きで、日本ボートオブザイヤーの選考委員を務めるほどだ。そんなセーリング好きの鈴木さんと今年はスペイン・マヨルカ島をベースに地中海をセーリングした。

旅はいろんなことが起こるから楽しい

小説は旅に似ている。執筆前から取材や調査をしながら頭の中に情報を入れ、書き出していく。途中思いもよらない展開になったら、また調査をし、その情報をもとに新たな展開を執筆していく。主に推理小説を書く作家は、執筆前に登場人物や展開、謎解きの方法そして結果を決めてから書くものと言われる。しかし鈴木さんは、今まで体験したことや学んだことをベースに登場人物を数人決めたら書き出す。だから今まで書き始めたが途中で行き詰まり、作品になっていないものが数百を超えると言う。
「書き出す前から、結末が決まっていたのではおもしろみがない。書いているうちに、次々自分の中から湧き出てくる展開がおもしろい。この文章のドライブ感を大切にしている」確かに鈴木さんと旅に出るとき、事前に情報収集はするが、旅程表に落とし込むことはしない。
「特にヨットは、風やうねりなど、気象条件によって大きく航行速度が変わるから、ある程度のスケジュールは決めておくが、柔軟性を持たせている」 このゆとりが、旅で新たな発見を生むと言う。

港から出航するときは必ず鈴木さんが操船する。GPSでチャートを見ながら浅瀬に気をつけて出航

「旅のおもしろさは、やはり予想もしていなかったことが起こり、そこからどうやってその難関をクリアするかだと思う。そもそも電車や飛行機などは、目的地に何時に着くかわかっている。ヨットは風速や海の状態、ヨットの状態を見ながら自分たちで到着時刻を予測する。それでも突然、ヨットに不具合が出たり、風向きが変わったりといろんなことが起こる。それをいかに自分たちで考え、行動することでよい方向へ導くかがおもしろい」

風を見ながら、進む方向を決める。風をうまく捉えて速度が上がったときの喜びは格別だ

ヨットは風まかせではなく、鈴木キャプテンのもとクルー全員で協力しあいながら、よい方法を見つけ動くことでよい結果を出すのが楽しい。今回のセーリングでも、オートパイロット(決めた方位へ舵を自動的に合わせる装置)が壊れたり、メインセールを張るロープが切れたりと不具合は出たが、鈴木さんは起きた不具合のことは言わず、どうやって困難から脱出するかをすぐ考え、行動している。
「不具合が出てからよい方向へ持ち直すことを考え行動することが、自分を成長させてくれる。だから旅は人を成長させてくれるすばらしいものだと思う。この体験の積み重ねが自分を強くしてくれる。そしてやはりこういった体験の繰り返しが、脳にさまざまな情報として残り、文章で何かを表現しようとしたときに活きてくる。実体験こそ人間を成長させてくれる糧だと思う」

島に暮らす子供たちのヨット教室がマリーナ近くで行われていた。これくらい小さいときからヨットを楽しんでいれば、その実体験が大人になってさらに日常的に役に立つ

鈴木さんの作品は、本人が体験したことがベースになっている文章がいくつもあると言う。単なる空想ではなく、実体験にもとづくものであると現実的で文章が光景として浮かびやすい。だから世界中で人気を博すのだろう。
「飛行機や電車の旅も、移動の手段としては乗るけど、やはりヨットやバイク、クルマのように自分が行きたい方向に自分で運転する乗り物こそ、旅の相棒としておもしろい。道中何が起こるかわくわくするし、何が起こってもそれも旅の醍醐味だから」

昼間はセーリングしているので、ランチはヨットで。なんとクルーの食事もすべて鈴木さん自ら腕を振るう。そして夕食は、陸に上がって海の見えるレストランでゆったりと

文壇の旅人、鈴木光司さん。今回地中海をセーリングしながら、早くも次回はどの海をセーリングしようか話し始めるほど、鈴木さんの旅への興味は尽きない。

夕陽に照らされ洋上に浮かぶヨット。幻想的な風景だ。こういった実体験をもとに、鈴木さんの執筆活動はさらに深みを増す。次回作が楽しみでならない

スペインの島々のクルマ事情

今回のセーリングは、マヨルカ島とイビザ島へ行った。マヨルカ島は沖縄本島の約3倍、人口約90万人の大きな島で、海はもちろん、トレッキングが楽しめる山もある。年間300日は晴天と言われるほど天候が安定しているため、特にドイツ、イギリスからの観光客が多いことで有名だ。行ってみると確かにレストランやバルでドイツ語と英語を耳にすることが多い。逆にアジアからの観光客はとても少ない。古代より歴史を持つこの島の街には、さまざまな歴史的建造物も多く、のんびり散策するのも楽しい。

1601年に完成したパルマ大聖堂。荘厳な雰囲気に心が落ち着く

旧市街に入ると、大陸側のヨーロッパと同様に細い道がいくつもあり、必然的に小型車の比率が多い。

こうした細い路地ではトヨタ・ヤリス(日本名:ヴィッツ)をよく見かけた
ホンダ・CR-Vの時代から徐々にコンパクトSUV人気が上昇している
コンパクトカーに混じり、SUVが人気。日産・デュアリスから派生したキャッシュカイをよく見かけた
ヨーロッパは島でもこのように主要道路から一本入った道には縦列駐車が当たり前
歴史的建造物のすぐそばまでクルマで行けるのはうれしい。ただし地元の人でないと、ここまでたどり着けないほど道は迷路のように入り組んでいるが

そして幹線道路は車道、歩道そして自転車道がしっかり区分されている。

歩行者、自動車、自転車それぞれが心地よく安全に移動できるよう、調和した道作りがなされている

そしてマリーナとクルマとの親和性が高い作りになっているのが、日本ではなかなか見られない光景だ。クルマで自分のヨットのすぐそばまで行ける。クルマの文化がある国では、クルマでより快適に過ごせる環境が整っている。

ボートのすぐそばに停めたトヨタ・ランドクルーザープラド。船まで食料品やミネラルウォーターなど重い荷物を運ぶのにとても便利だ
マヨルカ島はドイツの観光客が多いからか、ドイツのコンパクトカーもよく見かけた

イビザ島でもコンパクトカーやSUVが人気だ。またこの小さな島に夏だけで300万人の観光客が押し寄せるので、レンタカーも充実している。ただひとつだけ大きく違うのは、ナイトシーン。夜のクラブへ乗りつけるクルマがすごい。

マリーナにある大人向けのクラブには、メルセデスGLやハマーなど威圧感のある高級車が続々と詰め掛ける

島に暮らす人々にとってクルマはライフラインのひとつと言っていいほど大切なもの。クルマ好きにとっては、とてもうれしくなる光景がいたるところで見られて幸せな旅だった。次回はスペインの大陸へ渡り、バルセロナの今をお届けします。お楽しみに。

(写真・テキスト:寺田昌弘)

[ガズー編集部]