「運転に夢中になる」GRヤリスプロトタイプ国内最速試乗!

ガズー編集部から連絡が来たのは、試乗予定日まであと何日もない、本当に直前のタイミングだった。デキる大人ならここで少しだけもったいぶって、ちょっと困った風にタイミングを推し量ってから応えるべきところだろう。

しかし私の本能が、少し恐縮したような編集担当氏が「無理ですよね…」なんて言い出す前に、即答しろと命令した。
「行かせてイタダキ、マス!」
こうして私は、溜まりに貯まった原稿と締め切りを押しのけて、富士スピードウェイへと向かったのである。

GRヤリスといえば、トヨタ・ガズーレーシング・フェスティバル2019(TGRF 2019)でフライングデビューした、噂のハイパーコンパクトだ。私にもその情報はいくつか漏れ聞こえており、特に信頼できる筋からは「かなりいいらしいぞ!」と言われていた。そして、最初は「ヤリスのターボ付き」くらいだった話が、「どうやら4WDになるらしい」となったあたりから、ピンと来た。それって完全に、WRCをイメージしたモデルじゃないか!

  • 今回試乗できたGRヤリス。まだ偽装状態だが、スタイリングはアグレッシブでカッコいい
    今回試乗できたGRヤリス。まだ偽装状態だが、スタイリングはアグレッシブでカッコいい
  • ルーフ後端がすぼまる3ドアボディは2本出しのエギゾーストと相まって走りを想起させる
    ルーフ後端がすぼまる3ドアボディは2本出しのエギゾーストと相まって走りを想起させる
  • 今回レビューを担当した山田弘樹氏も終始ニコニコ。「楽しい!」を連発していた
    今回レビューを担当した山田弘樹氏も終始ニコニコ。「楽しい!」を連発していた

最近のトヨタのハンドリング

GRヤリスがかなり気合いの入った一台になるだろうことは、最近のトヨタのクルマ造りからも想像できていた。たとえばカローラ・スポーツなどは、これまでのトヨタ車としてはもちろん、世界のスポーティハッチバックを見渡しても異例なほど、本物の味付けが施されている。端的に言えばそれは、荷重移動を積極的に受け入れるシャシーセッティングだ。

ブレーキングやアクセルオフでフロントタイヤに荷重が移動すると、リアタイヤのグリップが相対的にきちんと減って、ハンドルを切るとクルマが素直に向きを変える。本気で走りを詰めて行けば、ブレーキングドリフトで向きを変えられる領域まで、クルマが反応してくれるのである(専門的に言うと、「ヨー慣性モーメントが発生する」という表現)。

こうしたセッティグを実現するには、まず優れたボディ構造が必要であり、トヨタはTNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)という手法でこれに取り組んだ。ボディ剛性の向上みならず、制作段階からエンジンやトランスミッションの配置を適正化することで、低重心化をも実現している。
しかし何よりすごかったのは、作り手の強い意志だ。
乗り手を選ばない大衆車で、こうした高いハンドリング追従性を実現するのは、極めて勇気がいることなのだから。
そこでトヨタはカローラ・スポーツに、穏やかで懐深いサスペンションセッティングを与えた。だから普通に走らせれば誰もが気持ち良く曲がり、本気で走らせれば本格的な挙動で応える身のこなしを実現できたのだ。さらにVDC(車輌安定装置)で、オーバーステア時の挙動を安定化させたのである。

だから私はカローラ・スポーツをサーキットで試乗したとき、本当に驚いた。そしてこのハンドリングは、当然GRヤリスにも受け継がれていたのである。私はそれが、今回の試乗記でみなさんに一番伝えたいことだった。

力強いトラクションとニュートラルなステア

さていよいよ、GRヤリスを走らせよう!
まず最初に試乗したのは、初期に作られたプロトタイプだった。ベースとなるプラットフォームは市販されるモデルと共通ながら、ボディは旧型ヴィッツの5ドアがベース。よってリア・コンビネーションランプの“ちり”は合っていないし、インテリアではモードを切り替えるスイッチは別仕立て。メーターも新型の部品が無理矢理に詰め込まれている、試作車然とした状態だった。

GRヤリスはフロントに1.6リッターの直列3気筒ターボを搭載し、これを4輪駆動で走らせるホットハッチだ。まずスタートして感激したのは、その力強いトラクション性能。散水した路面にも関わらずタイヤは路面をしかとつかみ、ターボエンジンが重低音を響かせて加速する。トランスミッションは6速MTが搭載されていたが、そのシフトフィールもカッチリとしており、そのパワーを素早く次のギアへと伝えることができる。

開発陣に聞くとその最高出力は250PS以上で、最大トルクは350Nmを超えるという! 体感的にそこまでの高出力を感じなかったのは、4輪駆動だからだろう。試乗車が装着していた大経タイヤのグリップ力に、パワーを喰われてないのが素晴らしい。

その4WDシステムは3通りに可変する。通常モードは前後トルク配分が60:40と前輪寄りで、スポーツモードではこれが30:70に。そして速さにこだわるトラックモードでは50:50になる。
こうした駆動配分の可変は電磁クラッチを備える高応答カップリングが行っており、機構的には100:0の完全FWD状態から、0:100のFR状態まで変更が可能。ラリーを走るユーザーなどは、その設定をコースや路面に合わせて細かく変えることができるのだという。そう、GRヤリスはラリーを想定したモデルなのである!

さらに驚いたのは、60:40の通常モードでもターンインでニュートラルステアの挙動を示したことだった。ブレーキングを終えてからペダルをリリース。これとシンクロするようにステアリングを切って行く。すると、GRヤリスのリアはスーッと穏やかにスライドし、向きが変わって行くのである。
どうやら通常モードとスポーツモードでGRヤリスは、アクセルをオフにするとリアのクラッチを緩めるらしい。もともとのセッティングもニュートラルステア方向へ仕立てられているはずだが、さらにプッシュアンダーステアを抑制して、曲がりやすさを実現しているのだ。

  • 1.6リッター直列3気筒ターボ。最高出力250PS以上、最大トルクは350Nm超え!!
    1.6リッター直列3気筒ターボ。最高出力250PS以上、最大トルクは350Nm超え!!
  • 当日の試乗は低ミュー路で開催。水しぶきを上げながらコースを縦横無尽に疾走する
    当日の試乗は低ミュー路で開催。水しぶきを上げながらコースを縦横無尽に疾走する
  • 自由自在に向きを変えながらも、安定感も発揮。さすがの4輪駆動!
    自由自在に向きを変えながらも、安定感も発揮。さすがの4輪駆動!

夢中で運転できるクルマ!

より市販車に近い最新プロトタイプには、もっと驚かされた。
手の平に伝わる手応えが、先に走らせた初期プロトとはまるで違うのだ。

ステアリングを切った瞬間から、ドシッと立ち上がるタイヤのグリップ。コーナリング時における足回りの安心感は、とてもBセグメントのコンパクトカーだとは思えない。GRヤリスは重心から遠くなるルーフをカーボン化し、ボンネットとドアをアルミ化している。その車重は1200~1330kgの間で納められているというレクチャーを受けたが、軽さと低重心化がこれほどハンドリングに影響を与えるものなのか!? 初期プロトも同様の手法で軽量化を施していたというが、本番ボディで武装したGRヤリスは、圧倒的な“凄み”を持っていた。

トルク配分が後輪寄りとなるスポーツモードの運転は、ちょっとピリ辛で手強く、そして抜群に楽しかった。
ターンインで発生したアングルをアクセルで維持しようとすると、カウンターステアを切りながらも、軌跡がどんどん膨らんで行く。
少なからず前輪にも駆動力が掛かっているから、カウンターを切った方向にクルマが進んでしまうのだ。もっと大胆にアクセルを踏み込んでみれば良かったのか!? FRのドリフトとは、ちょっと違う。

前後均等となるトラックモードの走りは、そこに速さと安定感が加わった。コーナーの入り口でリアが流れ出したら、同じく狙った位置でアングルが定まるようにアクセルをグッと足す。すると車体は内側を向き、ハンドルは真っ直ぐなのに、GRヤリスは4つのタイヤを滑らせながらコーナーを駆け抜けて行く。一度だけきれいに決まった、ゼロカウンター! その無駄のない走りと、弾丸が飛んで行くような速さには、思わず興奮を覚えた。

足回りに硬さは感じられず、どちらかといえばしなやかだ。しかし高めの車高で適度に引き締められているため、グリップが回復するとちょっとオツリをもらうときもある。

どうやったら4輪の駆動力を、うまくコントロールすることができるのだろう?
どうやったらもっと速く、美しく走れるのだろう!?

夢中で走っていたら、あっという間に10分間が過ぎ去った。おかげで撮影していたVTRのコメントも「楽しい!」ばかりを連発して、ちょっとマヌケだ(汗。
しかし、GRヤリスはそういうクルマなのだ。頭を真っ白にして、夢中になって運転に没頭できるクルマなのである。

  • 動力配分を変更できる3つの走行モード。それぞれに乗り味が存在する
    動力配分を変更できる3つの走行モード。それぞれに乗り味が存在する
  • 運転中に思わず笑顔になってしまうほど「運転が楽しい」という
    運転中に思わず笑顔になってしまうほど「運転が楽しい」という
  • 安定していながらも、抜群に良く曲がるGRヤリス。そして速い!
    ダート路での走行も本当に短時間ながらも体験

ここまで本格的なコンパクトカーが、これまであっただろうか?
本当にこれ、売ってくれるの?

「4WDでスポーツ走行ができる市販車」といえば、それこそトヨタにはセリカGT-Fourがあった。日本では三菱ランサー・エボリューションとスバルWRXの両雄が一世を風靡したけれど、GRヤリスはその速さと刺激に加えて、誰もが等身大で楽しめる身近さを、私たちに与えてくれると思う。巷ではモータースポーツ用のベースモデルが400万円台前半、ハイエンドモデルは500万円を切るくらいとウワサされている。安くはないけれど、市販状態でこれだけ本格的なスポーツ4WDだと考えれば、決して高くはないと思う。

その昔、フォルクスワーゲンが現行WRC規定でポロGTIを走らせたとき、その小さいボディがカッ飛んで行く姿を見てシビれた。「こんなクルマが本当に売られていたらいいのになぁ…」と思った。しかしそうしたホモロゲーションモデルは、遂に発売されることはなかった。
それをトヨタは、やってくれたのである!

「ヤリス」はWRCなどラリーの世界で活躍するモデルであると同時に、“僕らのラリーカー”にもなったのである。

(文=山田弘樹)

[ガズー編集部]