漫画「頭文字D」の作者 “しげの秀一” に聞いたクルマの魅力
峠の走り屋たちを描いて大ヒットとなった漫画『頭文字D』。主人公・藤原拓海が、通称「ハチロク」こと4代目カローラレビン/スプリンタートレノ(AE86)に乗っていたことでも有名。その作者、しげの秀一先生にお話をお伺いしました!
プロフィール
漫画家 しげの秀一(しげのしゅういち)
1958年3月8日生まれ。新潟県十日町市松之山出身。1981年『増刊少年マガジン』に掲載された『おれたち絶好調』でデビュー。代表作の『バリバリ伝説』(全38巻、累計2600万部発行)はバイクブームの先駆けに。『頭文字D』(全48巻、累計4800万部発行)は走り屋ブームの金字塔的作品。現在は週刊ヤングマガジンで『セーラーエース』を連載中。
伝説となったクルマ「ハチロク」と出逢ったきっかけ
- しげの先生が実際に所有している『ハチロク』ことスプリンタートレノ(AE86)
―子供の頃はどんな少年でしたか?
漫画どっぷり系ではなかったですよ。高校の時はオートバイにハマっていたし。僕、新潟出身で、大学進学のために親を説得して上京したんですけど。特別オタクっぽい感じではなかったです。
―『バリバリ伝説』の印税で買ったのがハチロクだったとか?
他にもいろいろ書いたんですけど、当たらなかったんです(笑)。成功したのは2作品だけなんですよね。漫画家やる前は貧乏学生だったし『バリバリ伝説』がある程度売れて、初版の印税でまとまったお金が入った時に、クルマが欲しくて後先考えずに買っちゃったんですよね。当時は狭いアパート暮らしでした。僕、住むところはなんでもいいんですよ。僕の知り合いには高級住宅街に豪邸を建てたがる人もいますけど、今も自宅はマンション暮らしです。
―ハチロクを最初のクルマとして選んだ理由はあるのですか?
その当時はあんまり考えてなかったんです。クルマに関する知識もなかったし、オートバイと違って雨でも平気だし、当時付き合っていた彼女とドライブするのに会話もできるし、要は何でもよかったんですよ。そういうナンパな理由で(笑)。ただ、どうせ乗るならオヤジ臭いセダンとかよりスタイリッシュなクルマがいいかな、と。
いろいろ物色していた時に、いつもバイクで走っている目黒通り沿いにトヨタオート店があって、ちょうど新型のスプリンタートレノがモデルチェンジしたってノボリが出てたんです。そんなに高級車じゃなければ買えそうという目途が立っていたのでフラっと店に入ったんですよ。その時のスプリンタートレノAE86がスタイリッシュでカッコ良かったんですよね。そんなに特別高くないし、いいかなって。
―普通に実用的な足として購入したのですか?
そうですね。スリリングなことはオートバイで充分だったし。今はそうは思ってないですけど、オートバイに乗っている時は、クルマってのはもっさりして遅いし、コーナー攻めて楽しいものだと思ってなかった。仕事が終わると気分転換に走りに出るのは好きだったけど、2年位は実用的にしか使ってなかったんです。
大ヒット作漫画『頭文字D』の誕生秘話
- 『頭文字D』は日本だけでなく、中国、台湾、韓国、ヨーロッパなど世界各国でも発売。アニメ化され、香港では実写版映画も制作された
―しげの先生が『頭文字D』を執筆するに至ったきっかけは?
描き始めたのは『バリバリ伝説』の連載が終わって、そんなにすぐではないんですよ。その間に2~3本くらい短い連載があったけど、人気が出て売れるほどではなくて。かつてヒット作を出した人間として、何を描いても読者から共感を得られなかった時期にいろいろ悩んでいたんです。
その当時仲のよかった担当者が「クルマが好きなんだし、書いてみれば」って。実は、内心抵抗していた部分もあるんですよ。「オートバイ漫画書いて、次はクルマ」って安直な感じがして。けっこう背水の陣で、これでダメだったら廃業しようと思いつめてました。
―ご自分でも峠の走りを試されていたんですか?
そうですね。仕事の合間に群馬の山まで出かけて行って、夜明け前くらいに現地に着いて、一般車がいなくなる1時間半くらいの間走っていました。それを毎週やっていましたね。
―結果、『頭文字D』は大ヒット作品になりましたね。
とりあえずポピュラーになって、セールスもよかったんです。初めて買ったクルマにこんなに助けられるとは思いませんでしたね(笑)。
- 普段は見ることができない、貴重な先生の仕事場風景
- 事務所にパソコンは1台もなく、紙とペンだけで製作される
改めて感じる「ハチロク」の魅力
- 運転席の様子。ハンドルはMOMO社製に変更
- 30年近く乗り続けた愛車「ハチロク」のボンネットはカーボン素材に変更
―後に「トヨタ 86」も発売されましたが、『頭文字D』がなければ出なかったかもしれませんね。
アハハ。ハチロク自体は僕が乗っている当時爆発的にヒットして、タマが本当に多かったんですよ。ドライブに出かければ「ハチロクと何台すれ違うんだよ」って感じでした。レビンも含めて、色も3種類あったし。でもハチロクとすれ違うのは嬉しかったです。レビンならレビンで、同志というか、どういう型なのかチェックしたりして。人のクルマをチェックするのも好きでしたね。
―その後に乗ったクルマと、現在の所有車は?
1台を長く乗る方なのですが、トヨタ車が結構多いですね。うちの親父もずっとトヨタ車だったんで。ハチロクの後にコレの先代はどんなものかって知りたくなって、71のレビンも買ったんですが、エンジンも全然パワーないし、ボディなんかもヨレてて意外とよくなかった。
あとは「かっ跳び」スターレット1300も乗りました。あとは、2代目のソアラも。ラグジュアリーカーでデカいわりには2ドアクーペで、ハチロクとの棲み分けがうまくいかなくて、そんなに長く乗らずに手放しましたね。
トヨタ車以外だと、スバルのインプレッサもよかった。ハチロクに近いくらいリニアな感覚的スポーツカーだったんですよ。それを手放すときにハチロクを手放しちゃおうかな、って一瞬迷いましたが、手放さなくって良かった(笑)。今はベンツのEクラスと、最初に買ったハチロクの2台です。セカンドカーを乗り換えている感じですね。
―いまでもハチロクに乗っているんですか!!
そうですね。旧車好きってわけじゃないんですけど、ハチロクだけは別ですね。買ってから一度も手放してないです。たまにあれでゴルフ行ったりしていますよ。やっぱり走ってあげないとね。ときには一瞬だけ無茶もしましたし(笑)。なんていうのか、僕のハチロクはフィーリングが凄く早いんですよ。タコメーターをフルまで回してローからセカンドに繋いだ瞬間、怖いんです。サスが悪いのかもしれないけど、前に進もうとするパワーに足が負けている気がして、緊張するんですよ。思わぬ方向に飛んでいってしまいそうで。そんなことは絶対に起こらないんですけど、恐れを感じるほど凄い加速感なんです。もう1台のベンツのほうがきっと速いんでしょうけど、気分的にはハチロクに置いていかれるな、って。
エアコンも効かないし、あんまり悪目立ちもしたくないけど、たまに夜中にハチロクに乗っています。10分ぐらいでもいいんですよ。前後にクルマがいないところで、たまに目一杯アクセルを踏んでみる。そういうのが漫画家としての原動力というか、言葉では言い表せないんですが、あれを感じていないと漫画なんか書けないかもしれません。
- 後ろの本棚には、野球関係の資料。現在は新作を描くため、クルマ関係の資料はほとんど処分してしまったとか
漫画家の仕事はけっこう肉体的にハードなんですよ。1週間のうち5日は机に座りっぱなしなんで。スタッフが来る日なんかは、朝起きたら机に座って、アシスタントが帰った後も12時くらいまでは机に座っている。で、フラフラになったら寝て、起きたらまた同じ、って生活なんでいつまでこんなことが続けられるのかな、って思いますけど、ハチロクを夜中にかっ飛ばす元気があるうちは大丈夫かな、って。
これからのクルマに求めること
- とても気さくにお話を聞かせてくれたしげの先生。「『頭文字D』関連の取材は、たぶんこれで最後でしょうね」とのこと。貴重なインタビューになりました
―もう最近のクルマには興味がなさそうですね(笑)
そうですね。でも、そういえばプリウスに乗ってたこともあったんです。意外によかったですよ。けっこう早くて、よく走ってくれました。伊豆にしょっちゅう行っていたので、熱海から伊豆の間のワインディングロードはけっこう楽しかったな。仕事に行き詰まると伊東で2泊ぐらいしたり。自分の中では伊東はパワースポットで、アイディアに詰まっていても不思議と打開できたり。今は忙しすぎて行けないのが悩みなんですが。
―今後のクルマに求めることとは?
これからのクルマはどんどんつまらなくなると思いますよ。「自動運転」なんて、ある意味最悪です(笑)。そうなったら、ラグジュアリー性と、安全性とエコ性だけになっていくじゃないですか。個性もないし、外車もそうなるでしょうね。逆に古いクルマの方が存在感が光ってて、懐古する方向になっていくでしょうね。
まだギリギリ、エンジン回ってますけど、エンジン回ってないクルマばっかりになったら世も末だと思いますよ。機械として味わいを残さないとダメだと思いますね。ガソリン燃やして、排気ガスを出すのがクルマだと思います(笑)。
―しげの先生、貴重なお話ありがとうございました!
(写真:梶山真人 テキスト:渡邊智昭)
(取材協力:しげの秀一)
[ガズー編集部]
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