エンブレムは語る ―アウディ編―

4つのリングが物語る数奇なエピソード

アウディのエンブレムが、“フォーリングス”、あるいは“フォーシルバーリングス”と呼ばれているのはご存じだろう。アウディといえば“クワトロ”、すなわち、フルタイム4WDをブランドの中心に据えるメーカーだけに、そのシンボルがフォーリングスと思うかもしれない。しかし、クワトロの登場は1980年のことであり、一方、このフォーリングスはそれよりもはるか昔、1930年代にはすでに存在していた。

それでは、何を意味しているのか?実は、アウディ、DKW(デーカーヴェー)、ホルヒ、ヴァンダラーという4つのブランドを表している。4社は、いずれも1890年代から1900年代にかけてドイツ・ザクセン州に誕生。このうちホルヒとアウディは、アウグスト・ホルヒによって設立された会社である。なぜ、ふたつのブランドを立ちあげたのか?実はアウグストには苦い過去があった。自動車エンジニアだったアウグストがその経験を生かし、自前で自動車づくりを始めたのは1899年のこと。1901年には1号車のテストドライブにこぎ着け、その後、高級車メーカーとして歩むことになる。その一方でアウグストは技術開発やモータースポーツ活動に力を注ぐのだが、このやり方が当時の経営陣と相いれず、ホルヒを去ることになった。

そして、1909年、アウグストが新たに興したのがアウディだった。新会社は当初社名に「ホルヒ」の文字が入っていたが、ホルヒ社からの差し止めを受け、ホルヒ(ドイツ語で“聞く”の意)と同じ意味を持つラテン語の「アウディ」を社名に使うことにした。アウディは高級モデルを世に送り出すかたわら、モータースポーツでの活躍により、ブランド価値を高めていく。

DKWとヴァンダラーは、ともに二輪メーカーとして始まり、のちに四輪へと手を広げていったブランド。当時のドイツにはこうした自動車メーカーが数多く存在したが、第1次世界大戦での敗戦や世界恐慌により経営が行き詰まり、統合や倒産が相次いだ。アウディ、DKW、ホルヒ、ヴァンダラーも、生き残りをかけて統合。こうして1932年に生まれたのがアウトウニオンだったのだ。

その後、ドイツが第2次世界大戦に敗れ、本拠地であったザクセン州がソビエトの占領下となったことでアウトウニオンは消滅。代わりに旧西ドイツに新生アウトウニオンがつくられた。しばらくはDKWブランドのデリバリーバンなどをつくり体力をつけていた新生アウトウニオンは、1964年にフォルクスワーゲン傘下に収まったのを機に、アウディ・ブランドの新型車を発売。1969年には、ヴァンケルエンジンで知られるNSUを合併してアウディNSUアウトウニオンに。そして、1985年にはアウディとなり、現在にいたる。

アウディの歴史は、DKW、ホルヒ、ヴァンダラー(そしてNSU)なしには語れない。フォーリングスには、かつて輝いていたブランドが映し出されているのだ。

(文=生方 聡)

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[ガズ―編集部]

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