わたしの自動車史(前編) ― 津々見友彦 ―
生まれて初めての自動車との出会いは「外地」でのことだった。私が4歳ぐらいで、満州の大同市に住んでいた頃だ。敗戦したのに、なぜか日本軍が存在していて(一度は武装解除されたものの、中国の内戦により一部の日本軍は再度武装され、蒋介石の軍隊の指揮下に入っていた)その将校の人たちがわが家にクルマで遊びに来ていたのだ。
今思うと、トヨタAB型フェートンだったと思われる。ソフトトップのオープンカーで、私たち家族は「ほろ自動車」と呼んでいた。ラジエーターグリルのマスコット部分に「トヨタ」の文字がカタカナで描かれていたので、子供心に“トヨタ”というクルマなんだと思っていた。若くて美しい叔母を目当てに、将校さんがドライブに誘いに来る。無粋にも私は、叔母のボディーガードとしてピクニックに便乗し、その日からすっかり自動車に夢中になった。
どうしても自分の自動車が欲しい。そこで私は父にせがみ、ついにクルマを手に入れた!……といっても、それは子供が乗れるサイズの、ロープで引っ張る遊具のクルマだった。日本国内のように出来合いのものはない。父が大工に頼み込み、タイヤもボディーもハンドル(形だけだが)も、全て木作りでこさえてもらったのだ。これが私の最初の自家用車となる。
日本に帰国後、初めてクルマを手にしたのは18歳ぐらいのこと。13歳で原付きに乗れる許可書がもらえ、16歳で四輪と大型二輪の免許がもらえる良き時代だった。
当時はカッコイイスポーツカーが欲しかったが、はなたれ小僧に買えるわけがない。で、次にカッコイイと思えたのはジープだ。フロントウィンドウを倒し、フルオープンで走る姿がたまらない。F型ヘッドのサイドバルブ仕様なので、エンジンハイトが低く、従ってボンネットがすこぶる低い。あの“ガイコツ”と呼ばれる独特の顔もスパルタンだ。で、このクルマは東京・三軒茶屋付近でいつも見かけた。ウィリス製のやつで、いつ見ても大きな家の前に止まったまま。当時は交通量もそれほど多くはなく、路上駐車はほとんど黙認されていたのだ。
勇気を出して門をたたき、譲ってもらえないかと話すと、優しい社長さん風の紳士が「マッカーサー元帥が乗っていたクルマです」とニコニコしながら譲ってくださった。それも驚くほどの格安で。おそらく1941年製だろうそのジープは、受け取ってよく見るとナンバーは切れているし、フロアは腐って穴があいている。バッテリーも弱っていて、押しがけでないとエンジンがかからない。が、とにかくカッコイイ!有頂天になって渋谷の街から多摩川の土手などを走り回った。今は禁止されているので走ることはできないが、当時だって土手を上り下りするようなばかものはいない。また4WD車自体があまり普及していない時代、それは四駆で軽量なウイリスジープならではの遊びだった。ただし、バッテリーが弱いので、駐車は必ず坂道。始動は坂を下りながら再スタートさせる特殊な技が必要だった。
これが私の手にした初の自家用車で、箱根マラソンではある大学の伴走車にもなった。
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[ガズ―編集部]
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