【モータースポーツ大百科】グランプリレース(後編)
フランス勢ではブガッティがレースで健闘していた。史上最も美しいレーシングカーと評されるタイプ35(1924年登場)を筆頭とするグランプリモデル・シリーズだ。それらはライバルより強力なパワーを発揮したわけではないが、扱いやすいことが美点で、さまざまなカテゴリーに対応するモデルが市販され、好成績を望むアマチュアドライバーの手にわたった。
アルファ・ロメオ、マセラティ、ブガッティが鎬(しのぎ)を削るグランプリレースだったが、1934年から規定が最大車重750kg、最小ボディー幅850mmに変わると様相は激変した。
最高峰のグランプリレースを国威発揚の場と考えたドイツ帝国のアドルフ・ヒトラーが、ダイムラー・ベンツとアウトウニオンに勝利を命じたからだ。当初はグランプリへの復帰を計画していたダイムラーを対象にしたものだったが、1932年にホルヒやアウディなど4社が合同して誕生したアウトウニオンもポルシェ博士設計のマシンで参戦を決め、ドイツ政府は2社に資金援助を行った。もともとレースを国威発揚の場と捉えたのはイタリア王国首相のムッソリーニで、ヒトラーはこれに倣っただけだが、熱の入れかたは自動車好きであったヒトラーがはるかに勝っていた。
豊富な予算と進歩的な設計理念、高度な工作技術を投入したドイツ勢は、軽量で高出力の大排気量エンジンを完成させた。これに対して、常勝を誇っていたアルファ・ロメオは経営難から新車が間に合わず、当面は3リッター級の旧式マシンを転用しての参戦となり、シルバーアロー(ダイムラー・ベンツ)とシルバーフィッシュ(アウトウニオン)にはまったく歯が立たない事態に陥った。
アウトウニオンはマシンのレイアウトにミドシップを採用し、1934〜1937年には6リッターのV型16気筒過給器付きエンジンを搭載。最終的には545bhpを発生した。また、1937年シーズン用のメルセデス・ベンツW125のフロントに搭載された5.7リッター直列8気筒の最高出力は575bhpに達した。これに対して、1936年シーズンからアルファ・ロメオが投入した期待の新車、ティーポC12Cは4リッターV12から435bhpを発生したにすぎなかった。
あまりに高速になりすぎた750kgフォーミュラは1937年に終わり、1938年からは排気量が3000cc以下となるが、ドイツ勢の優位は揺るがなかった。
シルバー勢の猛威の前にして万策尽きたアルファ・ロメオは、1939年にイタリア国内で開催するグランプリレースを1500cc以下とすると、1938年に一方的に発表した。アルファはすでに1500ccのマシンを持っていたが、ドイツ勢は手持ちがないために勝利は間違いないと考えての狡猾(こうかつ)な策だった。だが、ダイムラーは規定発表から8カ月でまったく新しい1.5リッターマシンを開発し、イタリアの色濃いリビアで行われたトリポリGPに投入。1位、2位を占めるという好成績を収め、アルファとそれを後押しするムッソリーニ政権は顔色を失った。
だが、間もなく欧州では軍靴の足音が高まり、グランプリレースはしばらくの中断となった。戦後の混乱期を挟み、1950年には過給器付き1.5リッターまたは無過給4.5リッターのグランプリ・レギュレーションに沿ったレースによる年間タイトル戦、すなわちF1世界選手権が開幕する。当初こそ戦前型のマシンを改良した過給器付き1.5リッターのアルファが2年連続してドライバーズ・タイトルを獲得したが、アルファから独立したエンツォ・フェラーリが率いるフェラーリの無過給車が1951年に勝利をおさめると、時代は無過給マシンの時代に移っていった。グランプリエンジンに限定すれば、1977年にルノーF1がターボチャージャーを採用し、1979年に優勝を果たすまで、過給器はしばらく途絶えることになる。
(文=伊東和彦/Mobi-curators Labo.)
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[ガズ―編集部]
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