わたしの自動車史(後編) ― 藤島知子 ―
20代後半に差しかかる頃、まわりの女友達がメルセデス・ベンツSLKやポルシェ・ボクスターなどをこぞって購入していた中で、マツダRX-7(セブン)という超硬派なクルマを手にしていた私は、今思えばちょっと浮いた女子に見えたのかも知れません。セブンに乗っていることがキッカケでレース関係者と知り合い、スーパー耐久に参戦するチームのレースクイーンを経験することになりました。スカートが短い衣装は苦手でしたが、各地を転戦するレースの現場を見られる環境は、私にとって衝撃の連続。プロたちが勝負する世界の張り詰めた空気は、私を非日常の世界へ連れ出してくれました。
単にスポーツカーを転がしていただけの私は、サーキットを自分で走ることなど想像もしていませんでしたが、その翌年に軽自動車の公認レースが始まるということで、雑誌のリポーターを兼ねて参戦する流れに。執筆活動を始めるキッカケまでいただいたものの、スポーツドライビングなんてまるで知らなかった私。「こりゃ大変だ!」ということで、夜な夜な箱根の峠でヒール・アンド・トウの特訓に励み、起伏が激しいコースで知られるスポーツランドSUGOでレースデビューしました。ワケも分からないうちにスピンして恐怖を感じつつも、走らなければ記事にならず、必死にもがいてどうにか完走。シーズンを終える頃には自分の弱さと頑張りに少しずつやりがいを見いだし、レースの魅力に取りつかれていました。
周囲のフォローを受けながら翌年以降も活動を継続し、マーチカップやフォーミュラ スズキKei Sport、フォーミュラ スズキ隼といったカテゴリーに参戦。お世話になっていた筑波のガレージでは、タイヤを外してマシンの手入れをしたり、レースに挑む心構えや速く走るためのテクニックを学ばせてもらったりと、貴重な時間を過ごしました。活動を始めて5年目のこと。レース前日にミッションのトラブルが起こって、私の唯一の財産であるセブンと引き替えにエンジンを購入。泣く泣く愛車を手放し、しばらくはマイカー無しの生活を送りました。
その翌年、「ロードスターのレースに一緒に参戦しませんか?」というありがたいお誘いをいただいて、1台のマシンで違うクラスに同時エントリーが可能なパーティーレースに参戦することに。公道も走れるレースカーはロールが大きくてフォーミュラカーとは違ったテクニックが要求されましたが、筑波で行われた開幕戦では奇跡的に人生初のポール・トゥ・ウィンを体験させていただきました。
そして、時は2008年。クルマ雑誌の写真を見て、ひと目ぼれして購入したのがフィアット500。昔のモチーフを現代によみがえらせた姿はあまりに愛らしく、素朴ながらイタリアらしいデザインの力が込められた傑作だと思いました。そのころは自動車ライターとしての仕事も軌道に乗り、レース参戦はひと呼吸おいていた時期でしたが、500のミーティングに参加した時、偶然にも主催者がマツダ・ロードスターの世界で有名なショップだったこともあり、背中を押されてもう一度、運転テクニックを磨くためにロードスターのレースに挑むことに。今度は自分で新車を購入し、レース仕様に仕立てて参戦しました。ちょっと派手なカラーリングでしたが、ナンバー付きレースカーの醍醐味(だいごみ)を生かしてオフ会やツーリングにも参加しました。
その後はフランス車がもつ独創性に心を打たれて、シトロエンDS3 Ultra Prestigeを購入。丸みを帯びたフォルムに加え、腕時計のバンドをモチーフとした本革シートはグラデーションに染め上げられたもので、とにかく卓越したセンスが光るすてきなクルマでした。
レース参戦に区切りをつけてロードスターを手放した後、筑波サーキットでドラマチックな出会いを体験することに。コース2000を貸し切りにして撮影をしたモデルはアウディS1。アウディで最も小さなA1をベースとしながらも、車両の構造まで見直して丹念に作り込み、2リッター直噴ターボと6MT、クワトロシステムを搭載したベビーモンスターです。その走りはドライバーの意図を細やかにくみ取り、ダイナミックなパワーを丁寧に路面に伝えていく感覚で、私は走りだした瞬間に鳥肌が立ってしまったほど。その場で購入を決意し、後日、ディーラーへ駆け込みました。今では、スポーツドライビングにかけた思いを呼び戻させてくれたS1と、愛らしい500を手元に置いて、オンとオフの気分を切り替えながら最高のカーライフを満喫しています。
クルマ選びは恋愛と一緒で、自分の直感を信じて選びたいもの。私にとって、クルマはいつでも自分の可能性を広げるキッカケを与えてくれるものであり、心を豊かにしてくれる相棒なのです。
【編集協力・素材提供】
(株)webCG http://www.webcg.net/
[ガズ―編集部]
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