スバルのヒストリックカー試乗体験記(前編)

スバルが水平対向エンジン搭載車を世に送り出してから50周年となる今年、その歴史を振り返る「スバル歴史講座」が栃木県のスバル研究実験センターで行われ、自動車史に残る名車たちに試乗する機会が設けられた。その貴重な試乗体験をリポートする。

今回のイベントで試乗したスバル360(手前)とスバル1000(奥)。前者は初の量販車、後者は初の水平対向エンジン搭載車と、ともにスバルの歴史を語る上で欠かせない存在だ。

スバルの市販車の歴史はスバル360に始まる。富士重工業の技術者だった百瀬晋六が小型車並みの性能を持った軽自動車を目指し、開発。1958年の発売以来、日本初の国民車として50万台以上が販売され、多くの人々に愛された。特徴的な丸みを帯びたフォルムは、今見てもとても愛らしい。そのボディーサイズは全長3m、車幅1.3mにすぎない。今の軽自動車の中にすっぽりと収まってしまう。しかも、そのサイズで大人4人の乗車を実現したというのだから驚く。

ドアは逆ヒンジの2枚ということもあり、開口部が割と広く、乗降性は思ったよりずっと楽チンだ。足元に目を向けると、ペダル脇にホイールアーチが顔をのぞかせる。しかし、それが足元に窮屈さを与えることはなく、ペダルレイアウトも自然だ。視界の良さと幅広のベンチシートの効果もあり、ボディーの小ささなどすっかり忘れさせてくれる。まさに完璧に計算しつくされたレイアウトなのだ。もちろん、助手席の同乗者と肩がぶつかるなんてこともなかった。

前開きのドアを開け、スバル360に乗車。外から見た印象より、中がはるかに広かったのに驚いた。

フロアシフトなので、運転の仕方も現代のMT車と同じ。クラッチをつなぎ、アクセルを開けるとスバル360はスムーズに動きだした。RR方式なので、キャビン内部は割と静かでステアリングも軽やか。ボディーが軽量なこともあり、ノンサーボのブレーキも十分な制動力を持つ。あまりにも普通に運転できるため、クラシックカーであることさえ忘れてしまいそうだった。開発陣がこだわった乗り心地の良さは今も健在。それでありながら、軽快な走りで、クルマを操る楽しさを味わわせてくれる。聞けば現在、富士重工の社員に360が好きで通勤の足としている方が何人かいるという。デビューから58年を経た今でも毎日楽しめるのは、優れた基本性能を備えた証しといえるだろう。

運転の仕方は現代のクルマとさほど変わらない。軽やかなハンドリングと、十分な制動力を持つブレーキ、そして乗り心地の良さに驚かされた。

360の成功後、スバルはいよいよ本格的に普通乗用車の開発に乗り出す。それが同社初の小型乗用車のスバル1000だ。ここでもスバルは、常識にとらわれず、先進的な手法を取り入れて車両を開発していく。そのひとつがFFレイアウトの採用だ。FF方式のメリットは、高速走行安定性に優れること。それを最大限引き出せるエンジンとして選ばれたのが、水平対向エンジンだった。使い勝手や機械の合理性などトータルバランスを追求した結果こそが、その後のスバル車の基礎となったのである。

今からさかのぼること50年の、1966年に誕生したスバル1000。水平対向エンジンにインボードディスクブレーキ、ゼロスクラブのフロントサスペンションと、技術者のこだわりが詰まった乗用車だった。

試乗に用意されたのは、スタイリッシュな2ドアセダンで、なんとシフトは今では絶滅してしまった4段MTコラムだ。スバル1000はマイナーチェンジによりff-1へと進化するが、スタイルは初期のものの方が洗練されており、美しい。当時から受け継がれる「郡5」のナンバーが、当時の雰囲気を伝えるとともに、このクルマが大切に扱われてきた歴史を物語る。この世代は、ダッシュボードパネルもまだシンプル。運転席の前には大径のステアリングと視認性の良い大型スピードメーターを備える。ちなみに、ダッシュボード中央に鎮座するのはタコメーターではなく、時計だ。

スバル1000のインテリア。細い大径のステアリングホイールと、ステアリングコラムから伸びるシフトセレクターに、今のクルマにはない趣を感じる。

アクセルを踏み込むと、ボクサーサウンドが心地よく響く。この音色は現代のスバルでは体感できないものだ。マニュアルのコラムシフトと頼りないブレーキには少々手こずったものの、走りは楽しいのひとことに尽きる。コーナーではきれいなトレースをみせ、しっかりとした走行性能を備えていることをうかがわせる。最近のクルマのような高い安全性や快適装備とは無縁ではあるものの、まだ生まれたばかりであった国産FF車とは思えない見事な走りを体験させてくれた。当時の技術者たちが、妥協なく理想を追求して新車開発に取り組んだことが、走りのスバルを生み出したことを肌で感じることができた。

スバル1000はその後、排気量の拡大や装備の強化などが図られたff-1やff-1 1300Gへと発展。スバルといえば水平対向エンジンというイメージが確立されていった。

後編では、実直に独自の理想を追求し続けたスバルのもうひとつの歴史である“走りのスバル”の系譜を取り上げ、初代レオーネクーペ、アルシオーネ、アルシオーネSVXといったスペシャルティーカーの試乗インプレッションをお送りする。

(文=大音安弘)

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[ガズ―編集部]