デトロイトの思い出(後編)
今から考えても、1990年代はアメリカの自動車界にとって激動の時代だった。例えば、フォードは初めてクロスオーバーという言葉を使ってトラックを作り、SUVのクロスオーバー化という潮流の元となった。そのクロスオーバーSUVは、今も北米における自動車生産をリードしている。また、クライスラーは90年代初頭までいつ潰れてもおかしくない状況にありながら、急速な業績回復によりわずか数年で絶頂期を迎える。それが売り時と判断したかどうかは別として、ダイムラーとの合併が成立するのが98年。この年以降、燃料電池という新たな動力源を巡って自動車メーカーの合従連衡が始まった。
- 1995年に行われた北米国際自動車ショーのプレスカンファレンスで肩を並べる、クライスラーのボブ・イートンCEO(写真向かって右)とボブ・ラッツ氏(同左)。ともにクライスラーの復活に尽力した。
この時代、デトロイトショー(北米国際自動車ショー)は繁栄を極めていた。
荒廃していた街の雰囲気も変わった。初めてデトロイトを訪れた1989年からの2~3年は、そのすさまじさに外出もはばかられたほど。それが、僕自身が慣れたせいもあるが、クルマを使ってあちこちに行動範囲を広げられるようになったのも90年代半ばであった。
ただ、どうしても慣れなかったのがその寒さである。とにかく、ものの5分も外にいると耳が痛くなり、手が動かなくなる。正確な年は忘れたが、大寒波に見舞われてデトロイト川が完全凍結したこともあった。
- カナダとアメリカの境に位置するデトロイト。北米国際自動車ショーが開催される1月の冷え込みはすさまじいものとなる。
かの地では「ウインドチル」という言葉を使い、実際の温度だけでなく風速によって下がるいわゆる体感温度も示されるのだが、それが-50度近くにもなり、多くのホームレスが亡くなったという話も聞いたことがある。記憶している一番寒い時は、ウインドチルではない普通の温度計が-18度を指していた。クルマでショー会場に乗りつけ、駐車場からのわずかな距離を歩くのにも、コートは絶対不可欠であった。
それはともかくとして、デトロイトショーにプレスデーが3日間あることは前編に書いた。しかしこの3日間、会場内で設営の工事がやむことはない。他の国のショーでは考えられないことだが、デトロイトの場合、プレスデーのディスプレイと一般入場日のディスプレイはまるで異なるのだ。まずはプレスカンファレンス用のディスプレイを作り、それが終わるとすぐにディスプレイを取り壊し、一般開催日用に取り換える。われわれがまるで工事現場を縫うようにして取材を行っていたのが、90年代のデトロイトショーだった。
- プレスデーにおけるショー会場の様子。ディスプレイの取り壊しと設営が行われる会場は、まるで工事現場のようだった。
当時、このプレスカンファレンスに最も力を入れていたのは、何といってもクライスラー。ある時は正面玄関のガラスを突き破ってジープが自走で乱入したり、またある時は会場内に雨を降らせたり(偽物だが)、さらには新車発表の際にそのクルマがジャンプしてフロア中央に飛び込んできたりと、毎年、今年はどんな仕掛けで来るのか、それは楽しみであった。
ただ残念なことに、それらはほとんどの場合写真に収まらなかった。僕が下手だったせいもあるが、まったく突然にクルマが出現するから、タイミングが合わせられないのである。まあ、言い訳にすぎないが。唯一撮れた(といってもかなりぶれているが)のは、95年のミニバンの発表風景である。当時のCEOであるボブ・イートンと副社長だったボブ・ラッツの小芝居で始まったトークショーの最後に、ミニバンがカエルのようにジャンプして会場に姿を現した。それもとんでもない勢いで……。一体どのようにやっていたのかは謎である。乗りに乗っていたクライスラーは、93年にはプリマス・プロウラーのコンセプトを出す。まさか市販するとは思わなかったが、それを現実のものにしてしまうのが当時のクライスラーだった。
- 1993年の北米国際自動車ショーに出展された、プリマス・プロウラー。サイクルフェンダーを持つ斬新なスタイリングのオープンカーで、後に市販化された。
AMジェネラルがハマーの販売を始めたのもちょうどこの頃。取材ではまだ暗いうちからホテルを出て会場を目指すのだが、この頃は「今日は何が出てくるのだろう?」というわくわく感であふれていた。これまでで特に強く印象に残ったコンセプトカーの一台は93年のポルシェ・ボクスター コンセプト。第3世代の968などと違って、見事にポルシェを体現していた。こうして思い起こすと、やはり90年代の中盤がデトロイトショーの絶頂期であったような気がする。
- 1993年の北米国際自動車ショーで発表された、ポルシェ・ボクスター コンセプト。1996年に登場したミドシップのオープンスポーツカー、ポルシェ・ボクスターの原型である。
(文と写真=中村孝仁)
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[ガズー編集部]
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