【名車を次の時代へ】日産の名車GT-Rを支える復刻部品

NISMOヘリテージによって復刻された、R32型スカイラインGT-Rのリアエンブレム。
NISMOヘリテージによって復刻された、R32型スカイラインGT-Rのリアエンブレム。

レースで無類の強さを発揮し、ファンを熱狂させた第2世代スカイラインGT-R。日産とNISMOは、この平成の名車を後世に残すべく部品の復刻に乗り出している。プロジェクトに寄せる思いを担当者に聞いた。

レースシーンを席巻した平成の名車

1989年に、16年ぶりの復活を果たした日産スカイラインGT-R。レーシングエンジンをベースとした高性能パワーユニットと、最先端のハイテク制御システムによるフルタイム4WDの組み合わせはレースで無敵を誇り、伝説として語り継がれている。あの衝撃から30年を迎えた今も、その人気は衰えるところを知らない。

サーキットで圧倒的な強さを披露したR32型スカイラインGT-R。後継モデルのR33型、R34型GT-Rもレースで活躍した。
サーキットで圧倒的な強さを披露したR32型スカイラインGT-R。後継モデルのR33型、R34型GT-Rもレースで活躍した。

そんな第2世代の日産スカイラインGT-Rが直面しているのが、純正部品の欠品だ。最も新しいR34型でも、生産終了から17年が経過しているのだから当然だろう。ただ、R32型だけでも約2万台が現存しており、かつ最新のスポーツカーと同じように積極的なドライブを楽しむユーザーが多いGT-Rにとっては死活問題である。

その状況を改善すべく、2017年11月に日産は「NISMOヘリテージ」を立ち上げ、欠品部品の再生産および再供給に取り組むことを宣言。第1弾としてR32型スカイラインGT-Rの部品供給をスタートし、2018年11月には対象をR33型、R34型へと拡大した。NISMOヘリテージ誕生の舞台裏に迫るべく、担当者に取材を行った。

NISMOヘリテージは、日産自動車、ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル(NISMO)、オーテックジャパンの3社がサプライヤーの協力の下に実現した、日産製ハイパフォーマンスカーの顧客向けサポート活動だ。上述したように、現在は第2世代GT-Rのみが対象となっている。今回は、NISMOヘリテージにとって重要な拠点となっているNISMO本社にて、日産グローバルアフターセールス事業本部の室 幸一さん、オーテックジャパンNISMO CARS事業部の横山克成さん、NISMOの星 正人さんと碓氷公樹さんの、4人に話を伺った。

左から、NISMOの碓氷公樹さんと星 正人さん、オーテックジャパンNISMO CARS事業部の横山克成さん、日産自動車の室 幸一さん。
左から、NISMOの碓氷公樹さんと星 正人さん、オーテックジャパンNISMO CARS事業部の横山克成さん、日産自動車の室 幸一さん。

第2世代GT-Rに迫る危機

いつの時代も、旧車にとって部品の供給は大きな問題だ。走行や車検に必要となる部品が手に入らないことで、オーナーが廃車を決断するケースさえある。その危機は、日本を代表する名車GT-Rにも迫っていた。日産の室さんは、「日産自動車内でも欠品部品への対応の必要性を感じていましたが、ビジネスとして成立させることや、すべての部品をそろえることの難しさから、そこに踏み込めない現状がありました」と振り返る。

  • NISMOヘリテージによる部品復刻がスタートするまでの経緯を語る、日産の室 幸一さん。採算性や継続性の問題もあり、部品の再生産は私たちの想像以上に難しいことのようだ。
    NISMOヘリテージによる部品復刻がスタートするまでの経緯を語る、日産の室 幸一さん。採算性や継続性の問題もあり、部品の再生産は私たちの想像以上に難しいことのようだ。
  • 神奈川・鶴見に位置するNISMOの本社。日産のワークス活動に携わったメカニックを中心に構成された直営のプロショップ、NISMO大森ファクトリーなども併設されている。
    神奈川・鶴見に位置するNISMOの本社。日産のワークス活動に携わったメカニックを中心に構成された直営のプロショップ、NISMO大森ファクトリーなども併設されている。

一方、NISMOはGT-Rの聖地である「大森ファクトリー」で、第2世代GT-Rのメンテナンスからチューニングまでを請け負っており、年々純正部品が失われていく現実を切実に感じていた。そのため、NISMOから日産へ向けて、部品の継続生産を要望することもあったという。しかし、日産もやむを得ない理由からの廃番であるため、そのリクエストに応えられないという苦悩を抱えていた。そんな事態を一変させたのが、日産内で「NISMOブランドをビジネスとして活用する」という意思決定がなされたこと。その結果として、2017年4月にNISMOのハイパフォーマンスカーを送り出すNISMO CARSが誕生した。

そのころ、NISMOは独自にR32型でニーズのある部品を復刻させることを検討しており、日産の室さんのもとに相談を持ち掛けた。室さんたちはこのタイミングを好機と捉え、NISMO活用のひとつのアイデアとして、部品復刻を上層部に提案。これが好意的に受け止められたという。それが日産とNISMOによるプロジェクト「NISMOヘリテージ」の立ち上げへと発展していく。すべてが絶妙なタイミングで重なり、事態を動かしたのである。

困難の連続となった部品復刻への道

方針として、まずは第2世代のGT-R、それも特に要望の多いR32 GT-Rの部品供給から始めることが決定した。ただ、“現役”の個体が多いこともあって、R32型では車両を構成する部品の半分以上は供給が続けられており、また代替となるアフターマーケット品も存在する。そこでNISMOヘリテージでは、復刻の対象を代替するものがない廃番部品のみに絞り、中でも車検に必要、もしくは「これがなければ走ることが困難になる」というものから優先して復刻することにした。

1989年から1994年まで販売されたR32型スカイラインGT-R。部品の復刻は、第2世代GT-Rの中でも最も人気の高い、このモデルのものからスタートした。
1989年から1994年まで販売されたR32型スカイラインGT-R。部品の復刻は、第2世代GT-Rの中でも最も人気の高い、このモデルのものからスタートした。

最初の関門は、数ある廃番部品からどれを復刻させるかの判断であり、そこでNISMOの知見が生かされた。燃料ホースやハーネスなど、一見地味に見えるが、自動車メーカーでなくては供給できない部品から動き出したのである。

次の関門は、どのように再生産するかだ。当時のサプライヤーに話を持ち掛けたところ、問題なく製造できるものについてはスムーズに話が進んだものの、既に図面も、金型も、対応できる設備もないものは“お手上げ”とされてしまった。また「今までに前例がない」ということで難色を示すところもあったという。そこで、プロジェクトチームは購買部と協力し、50社ほどのサプライヤーを集めて説明会を実施。NISMO大森ファクトリーにも足を運んでもらい、多くのGT-Rが今なお活躍する現状を知ってもらうことで協力の輪を広めていった。

  • パワーステアリング機構のホース&チューブセット。部品の再生産は、クルマを動かすのに必須のもの、メーカーでなければ供給が難しいものから始められた。
    パワーステアリング機構のホース&チューブセット。部品の再生産は、クルマを動かすのに必須のもの、メーカーでなければ供給が難しいものから始められた。
  • エンジンの回転を補機類に伝えるクランクプーリー。純正部品に求められる安全性、信頼性を担保するうえでも、当時の素材や製法にこだわることは重要となる。
    エンジンの回転を補機類に伝えるクランクプーリー。純正部品に求められる安全性、信頼性を担保するうえでも、当時の素材や製法にこだわることは重要となる。

また、部品の再生産に際してはメーカー品質を保つことも課題となった。日産がこだわったのは、当時の素材と製法で部品を作ること。もちろん新しい素材や技術を使っても再生産は可能かもしれないが、そうすると、新たな部品の機能性、耐久性、安全性などのさまざまなチェックが必要となる。純正部品なので絶対的な信頼性が求められ、さらに保証もつけなくてはならないからだ。これもサプライヤーを悩ませる要因となった。NISMO CARSの横山さんは、あるサプライヤーの担当者にこう言われたそうだ。「日産は、今の時代にフロッピーディスクを作れというのですか」。それだけ時代の流れとともに、工業技術や素材も大きく進歩し、また変化していたのである。

90年代のハイテクが悩みの種に……

部品復刻に向けて動き出してみると、一番困ったのは電子部品だった。1989年に誕生したR32 GT-Rは、当時最新のハイテクカー。その中には最先端の電子技術が搭載されていた。しかし、そこには30年前のコンピューターと同様に、トランジスターやダイオードなどの電子部品が多く使われており、今となっては秋葉原でさえ入手できないものばかり。

NISMO CARSの横山さんは、「機械系はなんとかなるんですよ。ただ、電子機器はものすごい進化があり、当時のものは存在しない。これにはだいぶ苦労しました。問い合わせたサプライヤーから返事が返ってこないなんてこともしばしばでした」と回想する。GT-Rには、電子制御トルクスプリット4WDシステム「アテーサE-TS」や、電子制御4WS「ハイキャス」などが取り入れられているが、これらの電子部品は、なかなか対応が難しいのが現実のようだ。

電子部品の再生産の難しさについて語る、NISMO CARSの横山克成さん。フルタイム4WDや4輪操舵など、高度な機構が採用されていた第2世代GT-Rには、数多くの電子部品が用いられており、その復刻が悩みのタネなのだとか。
電子部品の再生産の難しさについて語る、NISMO CARSの横山克成さん。フルタイム4WDや4輪操舵など、高度な機構が採用されていた第2世代GT-Rには、数多くの電子部品が用いられており、その復刻が悩みのタネなのだとか。

最前線に立つNISMOの視点

ここで、メンテナンスサービスを請け負うNISMOのふたりにNISMOヘリテージの現状について伺ったところ、「理想には程遠い」と厳しい見解が……。それでも、部品の復刻が始められたことは大きな成果として捉えている。NISMOヘリテージが第1弾として復刻させた部品は、代用がきかないものを優先したからだ。

復刻部品のニーズをNISMOの星さんに聞くと、「クルマの状態によって壊れる箇所はそれぞれ異なります。常に補修部品が必要な訳ではないし、チューニングパーツと違って、ユーザーが積極的に選ぶものでもないんですよ」とのこと。また、補修部品にも壊れやすいものと壊れにくいものがあるのだが、欠品となっている部品については後者が多く、ニーズが限定されているというのだ。それに対し、第1弾の再生産部品は、燃料ホースやハーネスなどの、生き物で例えれば血管に相当するものばかり。地味で数が出るものではないが、GT-Rの命綱ともいえる部品が主だったのだ。

  • NISMOヘリテージのパーツの品ぞろえについて語るNISMOの星 正人さん。「理想の状態には遠い」としつつも、部品の再生産が始まったことを大きな成果と捉えていた。
    NISMOヘリテージのパーツの品ぞろえについて語るNISMOの星 正人さん。「理想の状態には遠い」としつつも、部品の再生産が始まったことを大きな成果と捉えていた。
  • 第2世代GT-Rの“トリ”を飾ったR34型も、販売終了から今年で17年。この世代のGT-Rは「基本的には丈夫なクルマ」とのことだが、「このタイミングでメンテナンスを……」と考えるオーナーは多いようだ。第2世代GT-Rの“トリ”を飾ったR34型も、販売終了から今年で17年。この世代のGT-Rは「基本的には丈夫なクルマ」とのことだが、「このタイミングでメンテナンスを……」と考えるオーナーは多いようだ。
    第2世代GT-Rの“トリ”を飾ったR34型も、販売終了から今年で17年。この世代のGT-Rは「基本的には丈夫なクルマ」とのことだが、「このタイミングでメンテナンスを……」と考えるオーナーは多いようだ。

なお、NISMOではレストアこそ行っていないものの、以前からGT-Rを良い状態に戻す幅広い領域のリフレッシュメニューを用意している。年数を重ねているだけでなく、走りを楽しむクルマでもあるため、その需要は多いのだとか。もちろん、ここもヘリテージパーツの活躍の場となる。

NISMOが大切にしているのは、今考えられ、提供できる一番良い状態にしてあげることだという。今のユーザー層は40代、50代が多く、かつてGT-Rに憧れた世代だ。それだけに「GT-Rに乗り続けたい」という思いは強い。R32型も生産から30年近い時間が経過し、今しかメンテナンスできないと考えている人も増えてきた。そこでNISMOでは、顧客の要望をしっかり受け止め、何ができるか、この先のメンテナンスの順番などについて、丁寧な説明を心がけているとのことだった。

NISMOヘリテージの今後は?

NISMOヘリテージの部品については、同じ素材と生産による復刻部品だけでなく、素材や製造方法が異なるリプレイス品、既存の部品を修復、再生するオーバーホールプログラムも組み合わせ、どんどん対象を増やしていくとのこと。まずは当時のままの復刻を優先するが、他にもあらゆる手が考えられているのだ。また、小ロットの部品生産にも対応できるよう、日産の総合研究所にも協力してもらい、新たな製法などの検討にも取り組んでいるという。

日産の星さんは、「GT-Rは、コレクションする人も増えていますが、まだまだ乗って楽しんでいる人も多いのが特徴です。そのためにも長くGT-Rを楽しんでもらえる環境を作らなくてはいけません」と同事業への意気込みを語る。また横山さんも、「始めた以上、部品供給を続けていかなくてはいけません。他の車種への展開は、正直言って未定です。まずはGT-Rでノウハウを蓄えて、次のステップを考えたい。今、日産で供給している部品でも、将来的にNISMOヘリテージ対応となるものが出てくるでしょうから」と、フレキシブルな対応の必要性を示唆した。

最後に、NISMOの碓氷さんがこう付け加えた。「あと2年遅かったら、復刻できない部品もたくさんあったと知り、なんとか土俵際で踏ん張れたかなという思いです。ただ、復刻したパーツが今後も供給し続けられるという保証はないということも、あらかじめ知っておいていただきたいと思います」。

ようやく動き出したNISMOヘリテージに対して厳しい意見にも思えるが、多くのGT-Rとオーナーと関わる立場だからこそのひと言なのだろう。そんな関係者たちの情熱に支えられて、NISMOヘリテージは成立しているのである。

NISMOヘリテージの事業について、「なんとか土俵際で踏ん張れたかなと思う」と語る、NISMOの碓氷公樹さん。このタイミングでなければ復刻が難しくなる部品も、少なくなかったようだ。
NISMOヘリテージの事業について、「なんとか土俵際で踏ん張れたかなと思う」と語る、NISMOの碓氷公樹さん。このタイミングでなければ復刻が難しくなる部品も、少なくなかったようだ。

(テキスト:大音安弘 / 写真:日産自動車、webCG)

[ガズー編集部]

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