【名車を次の時代へ】海外メーカーにみる“直す”だけでなく“広める”ための取り組み

ボルボ・クラシックガレージがレストアを手がけた、1973年式ボルボP1800ES。ボディーなどすべてに手を加えたというだけに、すばらしいコンディションとなっている。
ボルボ・クラシックガレージがレストアを手がけた、1973年式ボルボP1800ES。ボディーなどすべてに手を加えたというだけに、すばらしいコンディションとなっている。

クラシックカーにまつわるサービスを積極的に提供している欧州の自動車ブランド。ただ“直す”だけでなく、良質なクルマの販売を通してクラシックカーの世界を広げようとする、彼らの取り組みを紹介しよう。

欧州ブランドのクラシックカー再生事情

近年、クラシックカーの価値がより高まっていることもあり、名だたる高級車メーカーが、自らレストアを手がけるクラシックカー専門拠点を設立するケースが増えてきた。これらはクルマの資産価値を高める顧客サービスという見方もできるが、その本質となっているのは、自分たちが送り出したクルマに、できるだけ長く元気に走っていてほしいという関係者の思いのようだ。古いクルマを見た目だけでなく、性能面でも新車に近い状態に仕上げるのは、決して容易なことではなく、関わる人々の情熱が問われる。日本でも海外メーカーの日本法人が中心となり、クラシックカー向けのレストアおよびメンテナンスへの取り組みが始まってきた。それらが、どのようなサービスを行っているのか。今回は、ボルボを中心に取材した。

2018年に開催されたクラシックカーショーより、ボルボ・クラシックガレージの展示ブースの様子。
2018年に開催されたクラシックカーショーより、ボルボ・クラシックガレージの展示ブースの様子。

鶴の一声で誕生した「ボルボ・クラシックガレージ」

「ボルボ・クラシックガレージ」は、ボルボの日本法人であるボルボ・カー・ジャパンによるレストアおよびメンテナンスの拠点だ。2016年8月に東京都町田市のボルボ・カー・ジャパン直営店である「ボルボ・カーズ東名横浜」内にオープンし、後輪駆動のボルボ車を中心にサービスを請け負っている。同施設の準備から関わるマネジャーの阿部昭男さんは、「アマゾン」に憧れ、1985年に新卒でボルボに入社したという生粋のボルボマンである。そんな阿部さんに、設立までの経緯と現在の活動をうかがった。

ボルボ・カー・ジャパンにてクラシックガレージのマネジャーを務める阿部昭男さん。1956年誕生のボルボ・アマゾンに憧れて新卒でボルボに入社したという人物だ。
ボルボ・カー・ジャパンにてクラシックガレージのマネジャーを務める阿部昭男さん。1956年誕生のボルボ・アマゾンに憧れて新卒でボルボに入社したという人物だ。

物語は、ボルボ・カー・ジャパンがボルボの優れた耐久性を示すべく、1995年式のボルボ850 T-5Rエステートのレストアに取り組んだことから始まる。この活動は、同社の木村隆之社長が所有するP1800のレストアへと続くのだが、同じボルボとはいえ、1995年式から1971年式へと一気に24年もさかのぼったのだから、事情は大きく異なった。そこで協力を求められたのが、旧車大好きでメカニックの経験を持つ阿部さんだった。この頃は「クラシックガレージ」構想もまだなく、部品の手配から修理まで苦労が重なったが、ボルボOBの協力なども得てP1800は新車同様によみがえった。

ボルボ・クラシックガレージ誕生のきっかけとなったP1800。1960年代から1970年代の前半にかけて生産された流麗なクーペで、クラシックボルボの中でも高い人気を誇る。(写真=荒川正幸)
ボルボ・クラシックガレージ誕生のきっかけとなったP1800。1960年代から1970年代の前半にかけて生産された流麗なクーペで、クラシックボルボの中でも高い人気を誇る。(写真=荒川正幸)

木村社長は愛車のP1800をきっかけに、アマゾンやP1800のオーナーズクラブとの交流を図り、その中で古いボルボユーザーが置かれる厳しい維持環境を知ることとなった。これまでメンテナンスを請け負っていた熟練のメカニックたちが高齢化により引退し、サービスの“受け皿”が失われつつあったのである。そこで木村社長と阿部さんは、「ボルボとしてできることはないか」と「ボルボ・クラシックガレージ」創設へと動き出した。さぞや準備に時間がかかっただろうと思ったら、決定からオープンまではおよそ半年というから、驚異的な速さである。これは直営店舗の空きスペースを利用できたことや、まずは最小限の規模で始めたことが大きいようだ。

施設のオープンが新聞で取り上げられたこともあり、足が遠のいていた古いボルボユーザーからの問い合わせが相次ぎ、すぐにガレージはフル稼働状態に。その後も、他のボルボディーラーからの紹介や、評判を聞きつけた遠方のユーザーからの依頼などで客足が絶えることはなく、今年のスケジュールもすでに6月まで入庫予約で埋まっているという。きっかけとなったアマゾンやP1800なども続々と入庫しており、特にP1800は、専門店として認識されるほどになっているそうだ。

たちまちのうちに、クラシックボルボのオーナーの間で知られる存在となったボルボ・クラシックガレージ。特にP1800のオーナーからは専門店として認識されるほどの存在となっているという。
たちまちのうちに、クラシックボルボのオーナーの間で知られる存在となったボルボ・クラシックガレージ。特にP1800のオーナーからは専門店として認識されるほどの存在となっているという。

実はディーラー整備はお得?

修理の要となる、部品の供給事情はどうなのだろうか。これが驚くべきことに、ほとんどの純正部品が今も入手可能だという。ボルボのクラシック純正パーツである「Genuine Classic Part(GCP)」の専用サイトが存在し、誰でも部品を検索でき、さらに直接購入できるのだ。しかも部品の価格は、ほぼ当時のままだというから驚かされる。また工賃が明瞭なところもボルボのディーラー整備の特徴だ。実はボルボでは、工賃の基準となる“作業時間”に全世界共通の基準が定められている。もしネジの固着などで実作業が伸びたとしても、価格は同一なのだ。その中でもクラシックモデルは、シンプルな構造を反映して短時間に設定されており、実際にちまたの専門店と修理費の総額を比較しても、「ほぼ変わらないレベル」なのだそうだ。なおかつ、純正部品によるディーラー整備なら1年保証まで付いてくる。アフター品のすべてを否定するわけではないが、部品の耐久性と保証の“二重の安心”は、オーナーにとって大きなアドバンテージとなるだろう。

特別な一台ばかりの認定中古車

クラシックガレージのもうひとつの魅力は、熟練のメカニックが仕上げた認定中古車の存在だ。どれもボルボディーラーの管理車両やワンオーナーで大切にされてきた個体など、素性のはっきりしたものばかり。そんなお宝が集まるのは、何もクラシックガレージの買い取り価格が良いからではない。商品化のコストを考えれば、高価買い取りなど不可能なのである。阿部さんも「買い取り価格に期待する人は、最初から買い取り店などに持ち込む」と話す。では、なぜクラシックガレージなのか? それは愛車を手放すユーザーが、大切にしてくれる次のオーナーへとバトンをつないでくれるように、同施設に託すからである。

取材当日、そんな一台に試乗する機会を得た。1996年式の940エステート ポーラSXである。

筆者が試乗した1996年式の940エステート ポーラSX。940は1990年に登場したボルボの基幹モデルであり、クラシックカーとしては「最後のFRボルボ」として人気を集めている。
筆者が試乗した1996年式の940エステート ポーラSX。940は1990年に登場したボルボの基幹モデルであり、クラシックカーとしては「最後のFRボルボ」として人気を集めている。

クラシックガレージの販売車両は、今後も定期メンテナンスさえ行えば、「この先20年愛用できるように」(阿部さん)と、きっちりとした整備が施されている。フルレストアのようにすべてをピカピカにするのではなく、問題のない部分は元のままだ。それだけに、このクルマが大切にされてきたことを肌で感じることができた。正直、性能面でみれば、特筆すべきところはない。しかし、過ごす時間とともに、性能だけでは語れない多くの魅力がみえてくる。温かみのあるインテリア、体を優しく支えてくれるシート、想像以上に切れるステアリングが生む取りまわしのしやすさ、操作性に優れるメカスイッチなど……。とにかく自然なフィット感があるのだ。慌ただしい日常を忘れて、ドライブに出掛けたくなる。まさに癒やし効果だ。

1996年式940エステート ポーラSXのエンジンルーム。ボルボ・クラシックガレージの販売車両は、いずれも定期的なメンテナンスを受けており、新しいユーザーが安心して付き合えるようコンディションが整えられている。
1996年式940エステート ポーラSXのエンジンルーム。ボルボ・クラシックガレージの販売車両は、いずれも定期的なメンテナンスを受けており、新しいユーザーが安心して付き合えるようコンディションが整えられている。

そんな夢見心地を味わわせてくれたのも、940が快調だからこそ。それはクラシックガレージの見事な仕事の成果にほかならない。値段は決して安くはないが、つぎ込まれた手間と修理代を考えたらバーゲンプライスだ。相場と内容のバランスをみた相応な値付け、ここもクラシックガレージのこだわりのひとつ。しかも、今後はより気軽にクラシックボルボの世界に足を踏み入れられるようにと、作業内容を吟味し、安価で提供できるクルマも用意してみたいとのことだった。

クラシックガレージは、昨年から阿部さんとメカニックの2人体制から、新たに1人のメカニックが加わり、3人体制となった。とはいえ忙しさは同様だ。ただ阿部さんは、この仕事が楽しくて仕方ないという。大好きなクラシックボルボと関われることが幸せなのだ。そんな阿部さんは、クラシックガレージとユーザーを結ぶ顔でもある。あふれだすボルボ知識と愛。それを支える技術。クラシックガレージに出向いたら、誰もがボルボファンになってしまうかもしれない。

既存のオーナーへ向けたメンテナンスやレストアのサービスに加え、良いコンディションのクルマを販売することで、新しいオーナーにもクラシックボルボの世界を広めていく。それがボルボ・クラシックガレージの役割なのだ。
既存のオーナーへ向けたメンテナンスやレストアのサービスに加え、良いコンディションのクルマを販売することで、新しいオーナーにもクラシックボルボの世界を広めていく。それがボルボ・クラシックガレージの役割なのだ。

長く愛してほしいから……メルセデス・ベンツ日本

ボルボ以外の輸入車でも、日本でクラシックモデルのメンテナンスや販売に積極的に取り組んでいるブランドがある。それがメルセデス・ベンツとポルシェだ。それぞれの概要を簡単に紹介しよう。

メルセデス・ベンツ日本は2015年11月、新車整備累計100 万台達成および同社設立30 周年を記念して「ヤング・クラシック・リフレッシュプログラム」を発表。2016年1月にサービスを開始した。このプログラムは、およそ20~30年前に販売された車両を「ヤングクラシック」と定義。メルセデス・ベンツ日本の新車整備センター設立当初から新車整備を担当している経験豊富なスタッフが、当時の故障診断機や技術資料を活用しながら、新車整備センターの最新設備で、オリジナルに近いコンディションに仕上げるというものだ。対象となるのは、190E、202型Cクラス、124型および210型Eクラス、126型および140型Sクラス、R129型SLなど14車種。もちろん全国の販売店でも修理やメンテナンスの相談を受け付けており、最適な対応を行っているとのことだ。ただ、近年のクラシックカー人気を受けて、部品供給やメンテナンス体制が需要に追いついているとはいえず、今後はそれらを強化していきたいとしている。

1980年代に活躍したメルセデス・ベンツ車。左から190E、124型Eクラス、126型Sクラス。輸入車の代名詞として長らく愛されてきたメルセデス・ベンツだけに、クラシックモデルのメンテナンスにまつわる需要は大きい。
1980年代に活躍したメルセデス・ベンツ車。左から190E、124型Eクラス、126型Sクラス。輸入車の代名詞として長らく愛されてきたメルセデス・ベンツだけに、クラシックモデルのメンテナンスにまつわる需要は大きい。

またオーナーだけでなく、新たにクラシックメルセデスを手にしたいというユーザーに向けたサービスもある。それがクラシックおよびネオクラシック専用の中古車情報サイト「ALL TIME STARS」だ。2016年10月にスタートしたこのサイトの特徴は、全国216拠点のディーラーが取り扱うクラシックカーの情報を、限定して提供していることだ。現在は1977年のクーペモデル230CEや、2008年のSLRマクラーレン ロードスターなどといった20台以上の車両を掲載。店舗展開も行われており、2017年11月には千葉県市川市に初の専門店「ALL TIMES STARS浦安」をオープンした。また静岡県浜松市の「メルセデス・ベンツ浜松和田 サーティファイドカーセンター」も、クラシックカーに力を入れている店舗のひとつ。販売は好調で、需要に供給が追いついていないほどとのことである。

2017年11月には専門店の「ALL TIMES STARS浦安」をオープンするなど、メルセデス・ベンツもクラシックカーの販売に本腰を入れている。
2017年11月には専門店の「ALL TIMES STARS浦安」をオープンするなど、メルセデス・ベンツもクラシックカーの販売に本腰を入れている。

世界共通のサポート体制……ポルシェ・ジャパン

これまでに生産してきた車両のうち、実に約7割が現存するというポルシェも、クラシックカーのフォローに力を入れているブランドだ。彼らがそのサービス拠点として全世界で展開しているのが、「ポルシェクラシックパートナー」である。日本では、2015年3月に初の拠点として東京都世田谷区の「ポルシェセンター青山 世田谷認定中古車センター」が認定された。現在は、愛知県名古屋市の「ポルシェセンター名古屋」、神奈川県横浜市の「ポルシェセンター横浜青葉認定中古車センター」、大阪府堺市の「ポルシェセンター堺」と、全国4拠点へと規模が拡大されている。対象となるクラシックモデルは、1948年の356から2003年のカレラGTまでと幅広い。もちろん、その中には歴代のFRポルシェや996型までの歴代911、初代ボクスター(986型)、さらにはホモロゲーション取得のために生産された名車959も含まれる。

過去に生産したクルマの実に7割が現存しているというだけに、ポルシェはクラシックカーに対するサービスも手厚い。写真は、グループBのホモロゲーションを取得するため、1987年末から限られた台数だけが販売されたポルシェ959。
過去に生産したクルマの実に7割が現存しているというだけに、ポルシェはクラシックカーに対するサービスも手厚い。写真は、グループBのホモロゲーションを取得するため、1987年末から限られた台数だけが販売されたポルシェ959。

各拠点には本国ドイツで専門のトレーニングを積んだメカニックが在籍し、車検および定期点検、一般整備、板金塗装などといった通常のメンテナンスはもちろん、フルレストアまで行う。もし日本では対応できないような状態の車両でも、本国に輸送すれば対応することが可能だ。古いクルマの維持に重要な部品の供給体制については、現在約5万3000点のクラシックカー向け部品を用意。生産中止となっている部品についても再生産リクエストの制度でフォローしており、毎年300点~400点の部品が再生産されているそうだ。これらの部品は全国の販売店で購入可能だが、さらにユーザー自らパーツの検索が可能なウェブサイト「Porsche Classic Parts Explorer」もあり、(英語とドイツ語にしか対応していないが)愛車に必要な部品の情報を気軽に検索できる。とはいえ、ポルシェクラシックパートナーでは、こうしたクラシック部品に精通した専門家のアドバイスを受けられるのが大きなメリット。クラシックモデルの中古車販売も手がけているので、これからクラシックポルシェでカーライフを満喫したいという人は、ぜひ店舗に出向いてみるといいだろう。

ポルシェのクラシックカー事業を統括するポルシェクラシックセンター。ポルシェは同拠点をハブに、世界中にメンテナンスサービスのネットワークを構築し、クラシックポルシェのオーナーをサポートしている。
ポルシェのクラシックカー事業を統括するポルシェクラシックセンター。ポルシェは同拠点をハブに、世界中にメンテナンスサービスのネットワークを構築し、クラシックポルシェのオーナーをサポートしている。

(文=大音安弘/写真=大音安弘、webCG、ダイムラー、ポルシェ、ボルボ・カーズ)

[ガズー編集部]

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