【名車を次の時代へ】名車NSXを“不死鳥”たらしめる関係者の情熱
- 1993年に開始されたホンダのNSXリフレッシュプラン。性能が低下したメカニカルな部分の交換修理はもちろんだが、塗装や板金などに加え、フレーム修正まで対応する本格的な作業内容が特徴。フルメニューでオーダーすれば、愛車を、文字通り新車同然の状態によみがえらせることができる。
ホンダNSXのスポーツ性を保つべく、1993年にスタートしたNSXリフレッシュプラン。長年にわたり続けられているサービスの内容と、“リフレッシュ”という言葉に込められた関係者の思いを紹介する。
欧州車と伍して戦える和製スーパーカー
1980年代後半から1990年代前半までの日本車は、バブル景気の影響を受け、高級化と高性能化が加速度的に進んだ。その中でも象徴的な存在といえるのが、1990年に発売された日本初の量産スーパーカー、ホンダNSXだろう。
- 1990年9月に発売された初代ホンダNSX。量産車では初となる軽量・強靭(きょうじん)なオールアルミモノコックボディーや、ターボなしで280psの高出力を発生する3リッター(のちに3.2リッター)のV6 DOHCエンジンなど、ホンダが技術の粋を尽くして開発したミドシップのスーパースポーツだった。
当時のホンダが持てる技術を結集して完成させたNSXは、欧州製スポーツカーと競える本物のスポーツカーとして送り出されており、メカニズムも世界初の量産アルミモノコックボディーや、国内最高出力の280psを誇る自然吸気エンジンなど見どころ満載だった。さらに、開発には中嶋 悟やアイルトン・セナなど、ホンダ第2期のF1ドライバーが多数参加するなど、まさに夢の日本車だったのだ。あれから29年の歳月が流れたが、第2世代となるハイテクNSXが登場した今も、その存在が色あせることはない。
そんな初代NSXを新車同様によみがえらせている施設が、栃木県芳賀町の本田技研工業施設内にあるリフレッシュセンターである。同施設の宮地和久所長とメカニックである山下 剛さんに、リフレッシュセンターの活動について伺った。
- サービスの内容について説明する、リフレッシュセンターの宮地和久所長(右)と、メカニックの山下 剛さん(左)。
長い歴史を持つリフレッシュセンター
意外なことに、NSXのリフレッシュプランは昨日今日に始まったものではない。その歴史は、今から26年前となる1993年(平成5年)に始まる。つまり発売の3年後、ちょうど初年度の販売車が初回車検を迎えるタイミングである。
そもそも、このリフレッシュプランは、ホンダの「スポーツカーとして売った以上、そのスポーツ性を維持できなくてはならない」というポリシーから生まれ、ユーザーの愛車を新車同様に仕上げることを目的としている。「新車同様に仕上げる」とはすなわち、もう一度新車の完成検査と走行テストをクリアできる状態までにすることを意味する。新車と同じ検査をするなら、当然スタッフは新車の製造および検査メンバーが担い、走行テストも同じテストコースで行うべきとし、新車の製造ラインと同じ高根沢工場(栃木県)がサービスの拠点となった。
- NSXのリフレッシュセンターは、かつて高根沢工場があった栃木県芳賀町の本田技研工業施設内に位置している。1993年というサービスの開始時期からも分かるとおり、NSXリフレッシュプランは古くなったNSXのレストアではなく、同車のスポーツ性を保ち、新車時と変わらぬ状態とすることを目的としていた。
2004年、NSXの生産拠点が三重県の鈴鹿工場に移管されるとともに、リフレッシュセンターも鈴鹿工場に移転。その翌年、2005年12月末に新車の製造が終了した後も、しばらくは鈴鹿を拠点としていたが、2010年4月に再び高根沢に復帰した。
まるで再び新車を買うようなもの
現在のリフレッシュプランは2016年に見直されたもので、基本料金と各種リフレッシュメニューで構成されている。その内容は、「基本」「パワートレイン」「足まわり」「外装」「内装」の大きく5つに分かれており、さらに21項目に細分化されている。
基本リフレッシュだけでも、ドアまわり関連部品の交換・調整をする「推奨1」、ドアを除く開口部まわりの部品交換をする「推奨2」、灯火類一式を交換する「灯火装置」、エアコン関連部品を一式交換する「エアコン」の4つを用意する。例えば、推奨1の内容を行うと、新車時のドアの開閉感覚がよみがえるのだそうだ。すべてに手を入れてほしいと依頼すれば、車両をホワイトボディーの状態まで戻し、塗装、機能部品の交換とオーバーホール、内装の新調などを通して、まさに新車同様に仕上げることができるのである。
- リフレッシュセンターにて作業中の、NSXのホワイトボディー。アルミ製のモノコックは丈夫でサビも出ず、経年による劣化が少ないという。
人気のあるメニューは、スポーツカーらしく足まわりとエンジン関連のもの。また全塗装も要望が多いという。この塗装は外装のみを塗るのではなく、ホワイトボディー状態に戻して作業するので、耐久性に優れ、抜群の仕上がりを誇る。さらに同色に塗るだけでなく、純正設定の34色の中から、好きな色を選べるのもポイントだ。
仮にフルメニューだと一体どのくらいの費用になるのかと尋ねたところ、例として今後入庫予定の初期型NSX-R(92R)の内容を紹介された。エンジン以外はフルメニューの予定で、見積全額は約1300万円。これは過去最高の費用だという。ただ、2018年度に完成納車したNSXをみると、人気の足まわりとエンジン関係の両方、もしくはその片方に追加整備を加えたものが多く、330万~550万円くらいの費用だったそうだ。最終NSXの価格が1000万~1300万円程度だったことを考えると、半額をつぎ込めば走りがよみがえり、1台分つぎ込めば、愛車を新車同様にすることができるというわけだ。
- リフレッシュプランではボディーカラーの塗り替えもオーダー可能。モデルライフを通じてNSXに設定された、全34色の中から好きな色を選択できる。
入庫の前からリフレッシュの作業は始まっている
リフレッシュプランの受付は、全国のホンダカーズが窓口だ。入庫したNSXを、リフレッシュセンターの車両点検票に照らし合わせて不具合などをピックアップ。その内容と注文書がリフレッシュセンターに送られ、ここからリフレッシュセンターが動き出すことになる。
まずは依頼を受けた販売店にリフレッシュセンターのスタッフが出向き、入庫前車両診断を行う。山下さんも、販売店での事前確認のために全国を飛び回るスタッフのひとりだ。
「2~3時間かけて車両の確認とユーザーさんからのヒアリングを行い、その場で判明したリフレッシュプランに必要となる修理箇所やおススメしたいメニューなどの説明も行います。センターに戻ると見積書を作成し、ディーラーに送付する。その見積書の内容をディーラーが説明し、ユーザーが納得すれば契約となります」
- 成約や入庫までの流れを説明する山下さん。入庫前車両診断のため、遠方の販売店まで足を運ぶことも多いのだとか。
現在、成約から入庫までは約1年の待ち時間が必要となるが、この間にもリフレッシュセンターの仕事は始まっている。最初に手を付けるのは、必要部品のオーダーだ。NSXの部品については一部受注生産となっているものもあるが、基本的にはほぼすべてが手に入る。在庫がなくとも再生産されるので、早めにオーダーしておくことが重要なのだ。そうすることで、該当のNSXが入庫した際には必要なすべての部品がそろっている状態となるわけだ。入庫から納車までの期間は、整備が中心の場合で2~3カ月程度。塗装まで含めても3~4カ月あれば仕上げられるという。ただ入庫後、板金スタッフによるチェックやクルマを分解していく過程で板金塗装や追加整備が必要となるケースもあり、その場合は、ユーザーとの打ち合わせや部品の追加オーダーなどを行うため、納期が延びることになる。
- 工場内の、板金塗装の作業エリア。入庫から納車までの期間は、塗装まで含めても3~4カ月程度だが、板金塗装や追加整備が必要となる場合は納期が延びることもあるという。
さまざまなクルマを受け入れられる懐の深さ
リフレッシュセンターの工場では、整備や板金塗装に加え、フレーム修正まで対応する。修復歴があるNSXでも受け入れは可能だ。これは、アルミモノコックボディーの修復が難しく、街の修理工場では手に負えなかったために、販売当初からフレーム修正が必要な板金修理も高根沢工場で請け負っていた実績があるからだ。現在は事故車の修理を行うことはないが、過去の修復歴の修正を含めたリフレッシュを依頼されることや、入庫後にわずかな修復歴が発覚するケースもあるという。なお、これまで入庫してフレーム修正できなかった車両は存在しないそうだ。
- リフレッシュセンターの工場内の様子。施設には板金塗装はもちろん、フレームの修正やアライメント調整のための環境が整えられており、さまざまな状態のクルマの受け入れが可能となっている。
では、どのような車両がNGなのか。それは保安基準に適合していない改造が施された車両である。ただ、中古で入手したNSXのリフレッシュを依頼してくるユーザーも増えているので、改造されていても車検対応のアフターパーツが装着された車両については、基本的にはすべて純正に戻すことを条件に受け付けているという。もっとも、依頼者のほとんどは「新車の頃の味をよみがえらせたい、体験したい」という思いが強いので、二つ返事で承諾してくれるそうだ。
NSXの現状について伺うと、アルミモノコックボディーとエンジンについてはやはり耐久性が高く、良い状態を保っているものが多いとのこと。エンジンにいたっては、以前のオーナーのオイル管理が悪かったものでも、その後のケアをしっかり行えば快調さを取り戻すことがあるというタフさだ。ただ、その他の部品についてはボディーやエンジンと比べて車齢相応の劣化を感じる部分が多いとのこと。外装仕上げの場合、樹脂製パーツは基本的にすべて交換となる。
- 車体から下ろされたNSXのエンジン。同時期の高性能スポーツカーのエンジンとしては頑丈で、整備はやはり消耗品の交換が主となるという。
パーツの供給事情については、リフレッシュセンターでもほとんどの部品をホンダの部品センターから入手している。
現在、“平成の名車”のメンテナンスは電装部品が鬼門となっているが、NSXの場合は初期のA.L.B.(アンチロックブレーキ)システムのユニットさえも入手可能というから驚く。これも、発売当初から走りに関わる部品はいずれ消耗すると考え、供給体制を整えていたからこそ。需要の多いパワーステアリングも、サプライヤーの事業撤退で一時欠品となっていたが、その後セカンドサプライヤーを見つけることができ、現在は供給されている。
- 工場の片隅に不思議な機械を発見。スタッフに聞いたところ、エンジンルームに備わるリフレッシュ車両の証明プレートに、シリアルナンバーを打刻する装置とのこと。スタッフは「いまどき手作業なんですよ」と謙遜していたが、ユーザーにとってはむしろその方がうれしいと思う。
職人により丁寧に仕上げられるNSX
今回の取材では、実際に作業が行われる工場も見学させてもらった。現在のスタッフは6人。技術伝承もあり、幅広い年齢層のスタッフが関わっている。その中には高根沢工場時代にNSXの生産に携わっていたエキスパートも含まれる。
工場は最大4台の入庫が可能で、年間平均10~12台のNSXを仕上げている。2018年度は15台と多かったそうだが、これが過去最高の取り扱い台数とのこと。工場には、ちょうどホワイトボディー状態にされたNSXのモノコックボディーが収まっていた。水洗いされたアルミボディーは、まるで組み上げられたばかりの新品のよう。内部を見てみると、元の色はシルバーだったことが分かる。その隣には、塗装下地処理が進んだボンネットやフェンダーなどの外装パーツが並ぶ。その片隅に、美しい赤のドアミラーが置かれていたことに気が付いた。それを尋ねると、宮地所長は、「この車両は、今度、赤に生まれ変わるんですよ」と笑った。単なる色替えではなく、もう一度新車として組み立てる。そんなリフレッシュプランの神髄を見たような気がした。
- NSXリフレッシュプランでは、ボディーに再塗装を施す際、純正部品のドアミラーを元に色を調整するという。
施設内部にあるテストコースも案内してくれた。かつて新車のNSXが実走テストを行っていた場所で、このコースは現在もリフレッシュ後のテストコースとして使用されている。コースには凹凸や石畳などの試験路もあるが、もちろん新車同様に、ここを走らせ、仕上がり具合がチェックされる。検査だけでなく、テストドライバーとして認定されたスタッフの実走で完成を判断するのは、今も同じなのだ。
- リフレッシュされたNSXは、新車の製造時にも使われていた施設内のテストコースで仕上がり具合がチェックされる。
リフレッシュに関わるということ
最後にNSXのリフレッシュという仕事について宮地所長に尋ねたところ、「リフレッシュセンターは、オーナーがNSXに寄せる思いを受け止める極めてまれな場所です。これは幸せなことです」と笑う。山下さんも「あまり状態が良くないクルマをきれいに仕上げ、納車日にオーナーさんが引き取りに来られると、感動してくれる。手を握って、『ありがとう』とおっしゃっていただける。遠方にお住まいで直接取りに来られない方だと、『ありがとう、大切に乗ります』と感謝の手紙を送ってくれることもあります。そんな手紙が来ると、部内で回覧しています。ものすごくやりがいのある仕事ですよ」と話してくれた。
- NSXリフレッシュプランの事業に携われることについて、「幸せなことです」と語る宮地和久所長。サービス名に用いられる「リフレッシュ」という言葉に込められた思いも教えてくれた。
ホンダが行っているのは、レストアではなくリフレッシュだ。この言葉に込められた意味は、単にきれいにするだけでなく、30年近い車齢を迎えたNSXであっても、もう一度、新車の性能をよみがえらせることができるという自負だ。その現場は、NSXに憧れて志願してくる若者から、もう一度NSXに携わりたいというベテランまで幅広い世代によって支えられており、NSXならではの技術の伝承も行われている。その裏には、多くのホンダマンとサプライヤーの情熱があることも忘れてはならない。何より、新車時から長く愛してもらえるように取り組んだ先人たちに、ファンは感謝すべきだろう。彼らの踏み出した一歩があったからこそ、初代NSXは今も過去のものとならないのだ。
実は、今回の取材で発見した楽しみがある。それは工場の片隅で眠る一台のNSX-Rの存在だ。かつてホンダ所縁の地で活躍した、このチャンピオンシップホワイトの92Rは、いつの日かリフレッシュセンターのデモカーとなる予定だ。ただその目覚めは、まだまだ先の話である。山下さんは、「多くのお客さんをお待たせしているので、なかなかデモカーまで手が回りません」と苦笑する。このリフレッシュセンターでは、これまでに318台のNSXが再び生まれた。NSXは現代の不死鳥といえるかもしれない。
- 施設内のテストコースを走るNSX。撮影車のように、リフレッシュ作業を受けたすべての車両が、二度目のテストコースを体験するのだ。
(文=大音安弘/写真=webCG)
[ガズー編集部]
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