【ラリージャパンを1000倍楽しもう!】13年ぶりに誕生した日本人WRCドライバー勝田貴元選手をもっと知りたい!(1/2)
トヨタの若手ラリードライバー育成プログラム、TOYOTA GAZOO Racing WRCチャレンジプログラムに参加し、日本人ドライバーとして13年ぶりにWRCのトップカテゴリに参戦している勝田貴元選手。現在は、TOYOTA GAZOO Racing WRTの車両開発などを行うトミ・マキネン・レーシング(TMR)の本拠地があるフィンランドで生活しています。そんな彼を子供の頃から見てきたモータースポーツジャーナリストの古賀敬介さんが、2020年シーズンここまでの戦いや、今後についてなどをオンラインでインタビューしました!
2020年はモリゾウ選手との共演デモランからスタート!
ーーWRCのシーズン開幕は他のモータースポーツよりも早く、毎年1月にラリー・モンテカルロで開幕します。今年は、それに先立ち千葉県の幕張メッセで開催された日本最大のカスタムカーショー「東京オートサロン」で、TOYOTA GAZOO Racingが日本で初めて体制発表会を行ない、勝田選手もトップドライバーと共にステージに立ちましたね。私は勝田選手を中学生の頃から見てきたので、とても感慨深かったですよ。
勝田:東京オートサロンに行くのは久しぶりだったんです。例年、1月の下旬にはラリー・モンテカルロが始まり、東京オートサロンの開催期間中はヨーロッパにいることが多かったので。今回ステージに立って、改めてクルマファンの多さと盛り上がりに驚きました。あのような場所で、まだワークスの選手ではないのに体制発表会に参加させてもらい、モチベーションがさらに高まりました。会場にはラリーや僕のことを知らないお客さんも多かったと思いますが、イベント後はTwitterのフォロワー数が急激に増え、そういう意味でも本当に良い経験をさせてもらいました。
ーー金曜から日曜までの3日間で来場者数33万人というビッグイベントに参加した影響は大きかったということですね。そんなステージの壇上では、元6年連続世界王者のセバスチャン・オジエ選手、今もっとも勢いがあるエルフィン・エバンス選手、期待の若手カッレ・ロバンペラ選手らと並び、大きな注目を集めました。
勝田:僕以上に、彼らはお客さんの多さと熱気にビックリしていました。僕も誰もが憧れるけど、なかなか到達できないWRCのトップカテゴリーに出場するチャンスをもらい、強い責任感と大きなプレッシャーを感じています。それに加えて、ワークスに準ずる参戦体制やレーシングスーツなども与えられ、今シーズンに対する決意を新たにしました。
ーー屋外会場ではヤリスWRCでデモランも行いましたよね。4WDのWRカーが走る姿を初めて見る人もいたでしょうし、観客は音や白煙にとても興奮していました。そして、勝田選手の走行後には「モリゾウ」ことトヨタ自動車の豊田章男社長が登場し、ヤリスWRCを走らせましたね。
勝田:控室でお会いした時、モリゾウさんは「今日、時間があったら行くから」とおっしゃっていました。でも、もしクルマに乗るとなったら事前にシート合わせをしておかなければならないのですが、デモランが始まった時点でいらっしゃらなかったので、時間的に無理だろうなと思っていたんです。ところが、僕が走り終えたタイミングでいきなり登場して「さあ、走ろうか」と。しかも、てっきり助手席に乗るのかと思っていたら、そうではなくて運転席に座った。「実は、貴元がいない間にシートを調整しておいたんだよ」と言われました。
ーー本当にサプライズ登場だったのですね。
勝田:そうなんです。タイヤも、今回デモランを行った駐車場のようなターマック(舗装路)をグラベル(土や砂利などの未舗装路)用のタイヤで走ると、1分間のデモランを3回するとバーストしてしまうくらい摩耗するんです。だから、最後の走行できっちり使い切って終われるようにマネージメントし、パンクさせて終了したんです。そこで社長が現れたので「え、大丈夫なのかな?」思っていたら、ちゃんと新しいタイヤが準備されていて、その場で交換が始まりました(笑)。これまで何度か一緒に走ったり練習をしたことがあったので、運転に関する不安はまったくなかったですが、あの日は1回もクルマを動かしていないということだったので「まずは普通に走って感覚を掴んでください、後はお任せします」とお伝えしました。モリゾウさんは笑顔で、とても嬉しそうに走っていましたし、僕も助手席でモリゾウさんのドライビングを楽しみました。
ーー豊田社長はラリーやレースに長年出場していますし、WRCではTOYOTA GAZOO Racingワールドラリーチームの総代表も務めていますよね。だからこそ、助手席でも安心して楽しめた、と?
勝田:世界中を見回しても、いきなりWRカーに乗って振り回してしまうような社長は他にいないですよね。また、ラリーやレースにもドライバーとして出場されているので、選手の気持ちをわかっていただけている。ラリーの前や僕がリタイアした時も、大企業の社長としてではなく、ドライバーの目線でエールを送っていただいたり、アドバイスをくださるんですよ。本当にモータースポーツが好きなんだなあと、僕だけでなく他のドライバーもみんな思っています。そういう方がチームや企業を牽引しているので、ドライバーとして全幅の信頼を寄せていますし、自分のためだけでなく、モリゾウさんのためにも頑張りたいと常々思っています。僕らにとっては、モリゾウさんというドライバーの存在が、大きな心の支えになっているんです。
ーー豊田社長はいとも簡単にヤリスWRCを乗りこなしているように見えましたが、あの狭いコースでも加速は本当に凄いですね。思わず「速っ!」と声をあげて驚いているお客さんもいましたよ。
勝田:半端ないです(笑)。僕はレーシングカートからキャリアを始め、フォーミュラなど基本的には後輪が駆動するレーシングカーに乗ってきましたが、全輪駆動であるヤリスWRCの加速感は比較にならないくらい強烈です。普通の人は、きっと首がついていかないと思いますよ。F3と比べても、ゼロスタートの最初の加速はヤリスWRCの方が上なのでは?
難易度の高い2戦を完走しポイントも獲得!その心境は?
勝田選手は、そのヤリスWRCで昨年初めてラリーを戦い、WRCは2戦に出場しいずれも完走しました。そして、今シーズンはWRC 8戦のトップカテゴリーに「ヤリスWRC」で参戦。新型コロナウイルス、COVID-19の影響によりモータースポーツイベントは現在全世界的に開催できない状況ですが、1月に開幕したWRCは既に3戦が終了し、勝田選手は第1戦ラリー・モンテカルロ、第2戦ラリー・スウェーデンに出場。2戦で8ポイントを獲得し、現在ランキング8位につけています。
ーー東京オートサロンを終えてすぐ、2020年シリーズがスタートしましたね。
勝田:素晴らしいチャンスを与えてもらい、本当に感謝しています。昨年はドイツとスペインで走りましたが、WRカーで初めて走る場所がほとんどなので、自分の中では経験を積むラリーと、結果を求めていくラリーに分けて考えています。第1戦のラリー・モンテカルロは、どのドライバーに聞いても、シリーズの中で1番難しいと言うイベントです。だから、とにかくキッチリと走りきって、来年以降に繋げたいと思っていました。
ーー第1戦は1911年から開催される歴史的イベント『ラリー・モンテカルロ』。ターマック(舗装路)ラリーではあるものの、アルプス山脈の険しい道のりで、乾いた路面、濡れた路面、そして場所によっては凍結路面や雪道もあるため、WRCの中でも最難関イベントとされています。そんなモンテカルロに初めてWRカーで挑み、結果は総合7位でした。
勝田:小さなミスはありましたが全てのステージを走りきりました。また、木曜日から日曜日にかけて、タイムとリザルトで成長を示すことができたので、非常にポジティブな週末だったと思いますし、良いフィーリングを感じることもできました。ただし、ドライバーとしての正直な気持ちとしては、どんな状況であろうとやはり勝てないラリーは悔しいですし、それはモンテカルロだろうと変わらない。自分に言い聞かせるために、あえてポジティブであろうとしている面もあります。
ーー公道をコースとして使用するラリーでは、1本のステージを1年に1、2回しか全開で走る機会がないので、いつでも練習走行に行けるサーキットよりも、経験が重要だといわれていますよね。
勝田:そうですね。きっちりと経験を積んでおかないと、後で痛い目に遭います。頑張り過ぎて初日にリタイアしたり、クルマを壊して走れなかったら、もし翌年そのラリーに出た時絶対に後悔します。「あの時、あんな無理をしなければ良かった」と。実際、僕もそのような経験を過去にしています。ラリーの場合は日ごとに走るステージが違うので、リタイアしてしまうと、そのステージを走るチャンスはなくなる。どんな形でも全てのステージを走っておいた方が、将来に向けて有利になります。だから、そういう点においては、ちゃんと完走できたモンテカルロでは良い戦いができたと思います。
ーー第2戦はスノーイベントのラリー・スウェーデンでした。勝田選手にとっては、2018年にサポートシリーズのWRC 2で初優勝を果たした相性の良いラリーですね。
勝田:雪道は個人的に得意だと思っていますし、スウェーデンはシーズン中もっとも結果を求めていたラリーでした。経験を積むために「大きなリスクを負い過ぎない」というのが、今シーズンを通してのテーマですが、スウェーデンは通常攻めても雪壁がコースアウトから守ってくれることが多く、リスクにあまり繋がらないのでトライするつもりでいました。しかし、今年のスウェーデンは暖冬で雪が少なかった。そのためいくつかのステージが中止になって走行距離も短くなり、いつもとまったく違うイベントになってしまった。初日は路面に雪がなく、グラベルの上をスタッド(スパイク)タイヤで走らなければならず「第2のモンテカルロ」といわれたくらい、特殊で難しいラリーになってしまいました。
ーータイヤの全周にスタッド(スパイク)が打ち込まれているスタッドタイヤは、雪道を走ることだけを考えて設計されていますよね。そのタイヤでグラベル(舗装路)を走るとどんなことが起こってしまうのでしょう?
勝田:スタッドタイヤで雪がないグラベルステージを走ると、あっという間にスタッドが抜けてしまうと、誰もが思っていました。だから、ステージの途中でかなりグリップが落ちた時は、スタッドが抜けたのだと考えたし、次に凍った路面に差しかかった時に、スタッドがないと非常に危険なので、スピードをかなり落さざるを得なかった。でも、ステージを走り終えると、実はスタッドはほとんど抜けていなかったんです。実際はタイヤの温度が上がって、ゴムがフニャフニャになっていただけだったのですが、経験がないのでそういったことが分からなかったんです。次の日はそれを理解して走ったのですが、初日に遅れたので出走順が悪くなってしまい、今度は滑りやすい新雪の上を、先陣を切って走らなければならず、タイム差をなかなか挽回できませんでした。
ーー実際にタイヤからスタッドが抜け落ちてしまうトラブルに見舞われたマシンも少なくなかったようです。それくらい、判断の難しいコース状況だったということですね。とはいえ終盤のステージでは5番手タイムを記録。総合9位で完走し貴重な経験を積むことができたのでは?
勝田:結果には全く満足していません。個人的に仲がいいロバンペラなど、ああいった難しい条件を味方につけて活躍した選手もいたので、自分に足りていない部分があることを実感しました。僕は27歳で、今トップを争っている選手の多くは30歳前後です。若手がどんどん出てきて、WRCは時代の変わり目にあり、自分の中ではあまり後がないと感じています。ここで足踏みをしてしまうと、自分が立てた具体的な計画がどんどん遅れていってしまうし、年齢的にも厳しくなります。でも、先ほども言いましたが、ラリーはレース以上に経験が重要な競技なので、もどかしく感じる時もあるけれど、焦ってはいけない。幸運にもワークスの3人のドライバーからいろいろなことを学べる環境にあるので、来年、再来年に活かせるように彼らから多くを吸収したいと思っています。
ーー外から見ていると、トヨタの3人のドライバーの人間関係はとても良さそうですね。
勝田:彼らとはまだ2戦しか一緒にラリーを戦っていませんが、トヨタ・チームの雰囲気はとても良いですね。全員が速いし、みんなで情報を隠すことなく共有しています。彼らは自分のことだけでなく、チームのことも考えて惜しみなく情報を提供しています。僕にもいろいろとアドバイスをくれますし、本当に恵まれた環境です。
ーーCOVID-19の影響で残念ながらシリーズは中断し、勝田選手が出場する予定だったラリーも延期や中止を余儀なくされています。シーズンの再開は早くても7、8月頃になりそうですが。
勝田:すごく変な気分ですが、悲観的にはなっていません。これは仕方がないことですし、みんなが同じ条件にあります。だから、今自分ができることをやるしかない。ポジティブに考えれば時間は山ほどあるので、普段できないようなことをしようとしています。誰もがラリーカーに乗れないわけだから、自分だけが不利になることはない。有意義にこの時間を使ったもの勝ちかなと思っています。フィジカルトレーニングはもちろん、ペースノートの作成を含めたレッキトレーニングなど、パーソナルトレーナーやコ・ドライバーと一緒になってメニューを考え、シーズンが再開した時に向けて、できる限りの準備をしています。最近はeモータースポーツにもチャレンジしていますよ。8月のラリー・フィンランドは、現在フィンランドに住んでいる自分にとっては第2のホームイベントなので、不完全燃焼に終わったラリー・スウェーデンの分も取り戻したいですね。
オススメのゲームタイトルやチームの裏話は続編で!?
最近はじめたeモータースポーツの走行動画をYouTubeなどにも公開している勝田選手。オススメのタイトルやプレー中に考えていることなども伺ったのですが、かなり長くなってしまったので、続きはまた次回。
WRCドライバーはどんな日常生活を送り、普段はどんなトレーニングをして、ラリー開催週はどのように過ごしているのか?また、チームクルーやドライバーの印象など、ラリージャパンの観戦時に役立ちそうな情報もお伝えしますので、続編をお楽しみに!
<インタビュー・文・写真:古賀敬介>
古賀敬介(こがけいすけ)モータースポーツジャーナリスト/フォトグラファー。1967年東京生まれ。幼少期のスーパーカーブームでクルマに興味を持ち、大学生時代の夏休みに訪れたラリー・フィンランド(1000湖ラリー)をキッカケにWRCを中心としたモータースポーツ記者として雑誌編集部などで執筆を行う。勝田貴元選手のことは、全日本ラリー選手権の王者である父・範彦選手の子供であることで昔から知っており、祖父の照夫氏が当時中学生だった貴元選手を連れてトミ・マキネン氏のファクトリーを訪れ、はじめてWRカーの同乗体験をした瞬間も見守っていたという。
[ガズー編集部]
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