日本のモータースポーツ…TBS安東弘樹アナウンサー連載コラム

GAZOO.comをご覧の皆さん、モータースポーツはお好きですか?

このサイトをご覧になっている時点でクルマに興味が有る方だと思いますので、少なからず興味は有るのではないでしょうか?唯、私も皆さんも現在の日本に於いては残念ながら少数派かもしれません。

私が所属しているTBSのアナウンス部でも「スポーツ実況」アナウンサーも含めて、F1の昨年のワールドチャンピオンの名前「ルイス・ハミルトン」の名前を知っているのは、5人位でした。1986年まで(フジテレビさんに代わるまで)F1を放送(中継ではなく月に1回のダイジェスト)していたTBSでも、です。

ちなみに1987年、中嶋悟さんがフル参戦した事も有り、フジテレビさんの演出も功を奏し、数年間、日本は空前のF1ブームに沸きます。それが、現在までの日本に於けるモータースポーツへの注目度のピークかもしれません。

当時はバブル経済もあって、輸入車販売も絶頂、日本メーカーも「名車」を続々と誕生させ、モータースポーツだけではなく、「日本のクルマ業界」の絶頂期であったように思えます。唯、残念ながら、バブル経済の崩壊と共に、モータースポーツは、一挙に「マイナースポーツ」になっていきました。

そして、私が入社した1991年には、会社にはモータースポーツが好きな先輩も、更にクルマが好きな社員もほとんど見受けられない状況でした。入社の数年後には「F1? あー、前はクラブのお姉さんが好きだったから話を合わせる為に観てた」とか「クルマ? あー、ちょっと前までは女の子が、クルマに付いてきたけど、最近は、そんな事もなくなってきたから、今は別に興味ないな」等と、涼しい顔で言われる事が増えて来ました。

ほんの数年前まで、F1を観て「セナが好き」「いやプロストだ」「ベルガーだろ」と会話をし、高級スポーツカーに乗っていた者が、さっさと離れていった状況です。

純粋にクルマ、モータースポーツが好きな私にとって、衝撃でした…。
え?あの熱気は、その程度の動機によるものだったのか…。

皆、本当にF1が好きだった訳ではないのか、と正に膝から崩れ落ちる様なショックを受けたのを覚えています。

私が90年代後期以降に担当していた情報番組では「クルマネタは数字(視聴率)が取れないから禁止」とまで言われました。当時、確かにクルマそのものだけではなく、高速道路のS.A.や道の駅の特集でさえ、視聴率グラフが下がっていったのです。駅弁や、ご当地グルメだと数字が確保出来るのに、です。

何故、こんな風になっていったのでしょうか?

一時の盛り上がりが空前の好景気による単なるブームだとすると、もう、こう考えるしかありません。
「元来、日本人はスピード競争には興味が無い!!」
「いや、人間が走ったり、泳いだりする競技は盛り上がるじゃないか」
という方もいらっしゃると思いますが、そうではないかもしれません。

日本人が興味あるのは「日本人が世界で勝つ」という事の様です。

例えば、陸上、競泳、何でもそうです。我々日本人は「世界大会で日本人が活躍するかどうか」だけを興味に観ている様な気がします。

実際、オリンピック等で日本人が2位だった場合、1位の選手の映像すら写らない事がほとんどです。(ジャーナリズムから考えると実に恥ずかしい事だと思いますが、本当に日本人選手以外の情報の際には視聴率が落ちるのです)

その競技における超人的なスピードや技術を純粋に楽しむ人が残念ながら極めて少ないと言わざるを得ません。

その事は、私自身がアテネ五輪に会期を通して取材に行った時に痛感しました。

IBCというメディアセンターでは他の国の放送を観る事が出来るのですが、他の多くの国(特に先進国)は、勿論、自国の選手に対しての放送が中心ではありますが、競技の結果を重視したもので、必ず、金メダルを獲った選手の声を聴かせてくれるものでした。

また、ボート競技や、自転車競技等、とにかくスピードを競う競技に関しては自国の選手が参加していなくても大きく取り上げている事も特徴です。

この様な事から分かる様に、日本人にとってオリンピックというものは「世界で日本人が活躍する」のを観る舞台であって、素晴らしい競技(ましてやスピード)を堪能する場、ではないようです。

ちょっと話が逸れましたが、バブル経済期に日本人「中嶋悟さん」が参戦した事でのF1ブームは、当然だったのかもしれません。

その根源を考えてみました。勿論「島国」という地政学的な側面もあるでしょう。「狭いニッポン、そんなに急いでどこへ行く」という格言?が有るくらいですから。それは冗談としても古来、日本人は、あまり自分自身が高速で移動する事に執着が無い様です。

例えば、中世時代のヨーロッパ、当時の領主たちや貴族階級の人達は自ら馬を駆り、日頃から誰が速いかを競い、時には狩りの腕を競い合ったといいます。そこでの勝利者が尊敬されたり、時には妬まれもしたりで様々なトラブルも有ったとか。

ひるがえって日本では、領主は籠に乗り、「人に移動させて貰う」のがステイタス。

徳川吉宗も実際は海岸沿いを馬で疾走したりはしていなかったそうです(笑)

昔から、武士の力自慢や、大食いの武勇伝まで数多くありますが、「足が速かった」とか「馬の扱いに長けていて、常に速く戦地に到達した」、等という逸話はあまり聞いた事がありません(全く無い、という訳ではないと思いますが)。

ですから、馬より速く移動出来る「自動車」がヨーロッパで生まれたのは必然かもしれません。

しかも自動車が誕生した数年後には、もう、そこかしこで「レース」が行われ、十数年には、「ラリーモンテカルロ」「インディ500」(共に1911年~)をはじめとする、現在も続く格式の有る「自動車競技」が始まります。欧米人は、どこまでスピード競争が好きなんでしょうか(笑)。

そんな文化?民族性?の違いを超えて、日本の人にスピード競技の最たる「モータースポーツ」に興味を持ってもらうのは並大抵の事ではありません。F1、WRCには日本人のドライバーは居ませんので、前述の通り、日本で注目して貰うのは難しいです。

そこで期待しているのが、世界耐久選手権(WEC)です。

皆さんご存知、TOYOTAがフル参戦し、ドライバーの一人が、空前のF1ブームの立役者中嶋悟さんの御長男、中嶋一貴選手です。一昨年は世界3大モータースポーツの一つ「ル・マン24時間レース」でポールポジションを獲得しました(その時の日本の報道の小ささに唖然としましたが)。

更に、今年は小林可夢偉選手の参戦も発表され、個人的には非常に楽しみです。

唯、残念ながら、モータースポーツが好きな人には十分、大きなニュースですが、まだまだ一般の方には訴求出来ていません。一般の人への訴求、という意味では、私が言うのも何ですが「地上波テレビ露出」が少なすぎます。

勿論、最近はテレビの影響も少なくなってきてはいますが、まだ日本に於いては地上波テレビの影響は他の先進国と比べても大きいと言われます。残念ながら現状、地上波でモータースポーツの番組を作るのは、正直、難しいのでTOYOTAさんに特にお願いしたいのは、地上波にWEC絡みのCMを流して欲しいのです。

今のクルマ自体のCMの1割でも構いません。

世界選手権の中でも現状、最もマイナーなWECの存在を一般の方に知って貰わない事には、お話になりません。勿論、WEC自体の放送がCS専門チャンネルですので、地上波で流すには、色々な「事情」があるのは分かりますが、「モータースポーツ」への、特に子供の憧れが、将来のクルマ産業の繁栄には必要不可欠になります。

我々テレビ局側も数少ないモータースポーツ好きが集まって、何とか頑張ります!クルマが単なる道具になってしまって、家電の様に、限りなく安さと品質だけで選ばれる様になるかどうかは、今の活動に掛かっているのではないでしょうか?

WECの映像等が、どの程度、使えるのかは分かりませんがTOYOTAさんが最高益を更新している様な今だからこそ、モータースポーツの啓蒙に投資をしてほしいと思います。WECのCMが無理なら、そこに参戦している中嶋一貴選手や(以前のCMでは顔もハッキリ分からなかったので)、小林可夢偉選手をTOYOTAのCMでアピールし、地上波の番組に、ドンドン二人を露出させて「スター」にして欲しいと思います。

今のTOYOTAさんには、それ位の力はあると信じます(正直、私の様な内部の人間が言うよりTOYOTAさんからの要望の方が圧倒的に効果があります(笑))。

来年にはWRCにも参戦するとの事ですので、これも良いきっかけに、「技術の実験場」としてだけではなく、「TOYOTA」のアピールだけではなく「モータースポーツ」のメジャー化を最高の目標として、活動をして頂ければ、こんなに嬉しい事はありません。

今回は、コラム、というより、「お願い」になってしまいましたが、いつの日か、街の商店街で「昨日の一貴のテクニックには痺れたね」とか、「いや俺は可夢偉のアグレッシブなドライビングが好きだ」等という会話が交わされる日を、心待ちにしています。

安東 弘樹

[ガズ―編集部]