マン島TTレースを観てDNAに思いを馳せる …TBS安東弘樹アナウンサー連載コラム
皆さんは世界最古の公道二輪レース、マン島TTを御存知でしょうか?
ある程度モータースポーツに興味の有る方でしたら名前位は聞いた事があるかもしれません。私も、名前と開催されるマン島の位置と、とても危険な二輪レース、位の知識しかありませんでした。
でも、少し前、偶然、あるドキュメンタリー映画を観る機会に恵まれ、初めて詳しく、そのレースの事を知るに至りました。その映画のタイトルは「CLOSER TO THE EDGE マン島TTライダー」(邦題)というものです。
観た直後の感想は“圧倒された”、これに尽きます。
仕事の関係から、ここ数年、漸く生でモータースポーツ観戦が出来る様になり、本物のレースを間近で観て、その迫力に興奮していましたが、マン島TT(ツーリスト・トロフィー)は、映像で観ても、他の、どのレースとも、迫力という意味で桁が違っていました。
まず、歴史ですが、最初の開催は1907年。佐藤琢磨選手が念願の初優勝を果たした“インディ500”の初開催が1911年ですから、更に歴史は長く、そして、この公道レースのこれまでのレースによる死者は250人以上。
単純計算で、100年以上の歴史上、毎年2人のライダーが事故で亡くなっている事になります(その中には3人の日本人ライダーも含まれています)。
1周60キロちょっとの公道コースをトップライダーは平均速度211Km/h以上で走り、最高速度は330Km/hにも達します。公道ですから、エスケープゾーンも有りませんし、転倒した先には石の壁や、牧草地帯が待っており、ライダーが20メートルの高さまで、弾き飛ばされた事も有りました。
しかも、そのレースを観客は文字通り、目の前で観る事が出来るのです。場所によってはコースと観客の距離は1メートルもありません。事故に巻き込まれるどうかは完全に「自己責任」です。
危険すぎるという事で毎年、次の年の開催が危ぶまれていますが、結局100年以上、開催され続けています。
賞金も大した額では有りません。その危険性から世界選手権からも外されています。
純粋に、このレースに“憑りつかれた”命知らずのライダー達が毎年、5月の下旬から6月の上旬、イギリス、グレートブリテン島とアイルランド島の間に浮かぶ小さな島に集まるのです。
ざっと説明させて頂きましたが、少しだけ、このレースについて解って頂けたでしょうか。
そして私が観た、このドキュメンタリー映画は2010年のマン島TTレースを、あるライダーの密着取材を中心に、余すところなく伝えています。
あるライダーというのは、ガイ・マーティンというアマチュアライダーです。(映画が製作された2010年当時はトラックの整備士が彼の職業)
とにかく破天荒な性格で優勝経験は無いが、滅法速く、その野性的な外見も有って、マン島TTレースファンの間では大スターである彼の言葉が、このレースの事を如実に語っていました。
「危険で死ぬかもしれないからこそ楽しいんだ」「このレースに出場するライダーの頭のネジは緩んでる」「でも死にたい訳じゃない。勝ちたいんだ」
「誰よりも速く走りたい。それだけだ」
恐らく、このレースに出場しているライダーの殆どが同じ想いで走っているのだと分かります。
「死ぬかもしれないから楽しい」「誰よりも速く走りたい」特にこれらの言葉に、所謂西洋人、白人(表現が難しいですがコーカソイドとでも言えば良いでしょうか?)らしい考え方を感じました。
ガイは特に、そうですが、もう本能としか思えない、スピードへの飽くなき追求、欲望を感じるのです。
レースの出場者はイギリスで開催されているから当然かもしれませんが、白人の数が圧倒的です。
モータースポーツは、ヨーロッパやアメリカで、当時、誕生したばかりの自動車という物を購入出来た白人の富裕層から始まったという事実に異論をはさむ人はいないと思いますが、彼らのスピードに対する異常な執着というものを痛感させられる映画でした。
勿論、良い意味です。
モンゴロイド(アジア系が中心)やネグロイド(黒人)が産業革命を起こさなかったのは決して劣っていた訳では無く、この執着が、あまり無かったからではないか、と何か人類論?にまで考えが及んでしまいました(笑)。
それほど、彼らの考え方やレースに対する姿勢に圧倒されたのです。
そして更に驚かされたのは、そのライダー達の家族の考え方でした。
この映画の撮影中、2010年も死者は出たのですが、亡くなったライダーの妻は悲しみながらも「彼は、このマン島のレースで亡くなったのは本望だと思う。そして誇りに思う。」と語り、まだ幼い2人の息子にもバイクに乗せると言います。更に「私はマン島もレースも愛している」「死を愛する事は出来ないが、死が有る事を知らずに人生を愛する事は出来ない」「危険が無ければ楽しくない。だからレースが有るの」と話しました。
やはり我々日本人、いやアジア人には理解出来ない、という人の方が多いのではないでしょうか?
自分が観戦していたレースで、目の前でこそありませんが、夫が亡くなった後に、この様な言葉が出て来ることに私は、ひたすら驚愕しました。
しかも仕事の為に出場しなければならないレースではないのです。
完全に“趣味”で出場しているレースです。アマチュアもプロも同じ条件で、それぞれが仕事とは別の“道楽”として挑んでいるレースに命を懸けているのです。
もし私がこのレースに出場したいと妻に言ったら絶対に許してもらえないでしょうし、ましてや二人の子供を遺して命を落としたら「誇りに思う」などという言葉は絶対に出てこないと思います。
勿論、全ての西洋人が、この様な感覚を持っているとは思いませんが、やはり圧倒的な“違い”を感じました。
良い、悪い、ではなく、彼らと私たちは“違う”のだという圧倒的な事実を突きつけられた、という感覚です。
ちなみに、そんな命知らずのライダー達が乗っているマシンの殆どが日本製のバイクです。
HONDA、SUZUKI、KAWASAKI、勿論YAMAHAのバイクも走っています。
それは、とても誇らしいのですが、技術を、コツコツと高め、品質の高い道具を作る。これは日本人の特徴なのだと、こちらも納得しました。
それだけに、改めて、日本人、佐藤琢磨選手がインディ500で勝利した事の偉大さを感じたのですが、インディ500のオーバルのレースは単純に見えて実は細かい技術や駆け引きが必要な、ある意味日本人に向いているレースとも言えるかもしれません。
しかし、マン島TTレースは、勿論技術が無いと速くは走れませんが、どちらかと言えば、誰が1番、恐れずにスロットルを緩めないか、ブレーキを我慢出来るか、そして、死を恐れないか、というレースです。
だからこそ、アマチュアのガイ・マーティンが互角にプロライダーと闘えるのです。
そう考えるとマン島TTレースにおいてはDNAレベルで日本人が勝つ事は当分、無さそうです。
バイク好きで知らない人はいないと思いますが、モリワキエンジニアリングの創業者、森脇護さんは自分のチームの若い有望なライダーが「マン島TTレースに出場したい」と言った時、こう返したそうです。「日本で生まれて育った我々には無理だ」
バイクを知り尽くしている森脇さんが実際にマン島TTレースに参加した上で、返した言葉だけに深い説得力が有ります。
確かに4輪の世界でも、サーキットレースでは、頂点を極める所まで行かないまでも世界で闘っているドライバーは沢山、いらっしゃいますが、公道が舞台のWRCでは、これまで目覚ましい活躍をしている日本人ドライバーは存在していません。実際WRCの映像を観ると、「そんな無茶な」と思わず呟いてしまうほど、怖い映像ばかりです。
ちなみにWRCを初めて生放送で解説したサーキットドライバーの脇阪寿一さんが、「こんな道をこんなスピードで走ったらダメでしょう!」と唸っていたのが印象的でした。
勿論半分は冗談だと思いますが、何度も「こんなに迫力のあるレースだと思っていなかった」と仰っていたので、半分は本気で驚いていたのだと推察します。
我々は、何処か“無茶が出来ない”様なDNAを持っているのかもしれません。
とにかく自分自身が速く走り、時には無茶をしてでも獲物を仕留めなければならない上に、時には獲物を求めて住み家も移動しなければならない狩猟民族と自分の土地に腰を据えて、コツコツと技術を磨いて、出来るだけ多くの収穫を得なければならない農耕民族。
そんな違いでしょうか。
モータースポーツ(ドライバーやライダーとしての)においては非常に不利なDNAを持つ日本人かもしれませんが、いつかDNAを超えられる日が来るのでしょうか? いや、来なくても良いのか。それぞれ違うから人間は面白いのかもしれません。
そんな事を色々考えさせられる映画でした。
皆さん、1度、騙されたと思って、この映画を観て“圧倒”されてみて下さい。
モータースポーツの深さや原点を知るにも良いと思いますよ。
安東 弘樹
[ガズ―編集部]
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