私、怒っています。 …TBS安東弘樹アナウンサー連載コラム
皆さんも、御存知だと思いますが、先日、東名高速道路において、パーキングエリアでのトラブルが原因で、高速道路上で、無理矢理車を停めさせられた家族4人が乗ったワゴン車が後続のトラックに追突され、御夫婦2人が亡くなるという、痛ましいという言葉では言い表せない事故、いや事件が起きました。
この事件をきっかけに、今、後ろからの煽りや幅寄せ等、所謂、嫌がらせ運転による事件、事故のニュースが頻繁に報道されています。予て、私も、同様の運転をするドライバーに憤りを感じていましたが、正に最悪の事態が起こってしまったと言えるでしょう。
改めて、前走者を煽ったりするドライバーに訊きたいです。「自分をも危険に晒すのに、何故ですか?」
そして、また言わせて頂きます。車は、凶器にも棺桶にもなるのです。煽り運転や幅寄せ等、危険運転をした場合、クルマが凶器と棺桶、同時になる可能性が飛躍的に高まるのが分からないのでしょうか?自分のクルマも傷つける覚悟で行っているのでしょうから、クルマ好きではないでしょう。
だったら、運転はしないで頂きたい。
こう反論する人もいます。「前の車が遅すぎる場合、そうしたくなるのは理解できる」。しかし、煽った事で相手が速く走る様になるとは思えません。そういった行為は、自分と相手を危険に晒すだけで何も解決しません。しかも、煽られている車は法定速度を守って走っている車の場合が少なくありません。
以前の「制限速度」というタイトルのコラムにも書きましたが、こんなところでも、弊害が出ています。日本独特の“本音と建て前文化”とでも言えるでしょうか?制限速度と現実に多くの車が走行している速度の乖離が、この様な状況を生み出す原因にもなっています。
解り易いのは首都高速等の都市高速道路です。日本の場合、多くの路線で、60キロの制限速度が設定されています。私の実感では普通に走っている車の平均速度は80キロ~90キロ位でしょう。そこに、制限速度を守っている「善良なドライバー」が存在すると、多くの場合は、「迷惑なクルマ」扱いされ、煽られたり、異常に接近されたりする羽目になります。
まず、この制限速度を、ぜひ変えて頂きたい、という希望というより、懇願を伝えておきますが、今回の東名高速での事件は、社会的な問題以前に、危ない個人のドライバーの問題で有ると断言出来るのではないでしょうか?
しかし、この様なドライバーが一人や二人ではなく、少なからず存在するのも、また現実です。最近の危険運転に関する数々のニュースを見て、1年程前から、車の購入の相談に乗っていた、ある知人が、正に、つい先程、こう、ラインでメッセージを送って来ました。
「クルマ買うの、やめようと思います」
私の怒りは、正に、この瞬間に沸点に達しました。危険な運転をして他者に恐怖感を与え、事故を引き起こし、命まで奪う、一部の人たちの為に、クルマに乗ろうという人が減る、という状況…。その様な者の行動が、クルマ離れを加速させる強力な要因になる、というのを実感したからです。
その知人を、ここ1年程、様々なメーカー、ブランドのショールームに連れて行ったのですが、その度にピカピカのクルマを、キラキラした目で見ては、「これも良いな~!安東さんは、どう思います?」、と訊いてきたり、貰ったばかりのカタログを見ては、これは、どういう意味ですか?と細かく質問攻めにしてきた、その知人が、一言「買うのやめる」です。
この後、ゆっくり説得しようとは思いますが、でも、その様に思ったのは、恐らく私の、その知人だけではないでしょう。誠に腹立たしい限りです。
そんな中、この原稿を書いている今日、愛媛県は松山までCOTYの選考委員として、某フランスメーカーの新型車の試乗会に行ってきました。コースは松山から尾道までの所謂、「しまなみ街道」と呼ばれるルートで、時折小雨が降る曇り空の中でも、それはそれは気持ちの良いドライブでした。今回、試乗したのは2車種なのですが、両車共に、流石フランス車、という本当にデザイン性の有るクルマで、特にインテリアは、座っているだけで幸せになる造形に溢れていました。
マテリアルも凝っていて、1台は、内装に、クルマではおなじみのアルカンターラに近い、でも良く見て触ってみると、バックスキンというか起毛の何とも肌触りの良い素材が使われており、余りの気持ち良さに何度も撫でてしまいました(笑)。
その車はエンジンもトルクが豊かで静かなディーゼルエンジンが搭載されており、とにかくアクセル操作に対してのレスポンスも良く、お蔭で疲れず、瀬戸内海の島々の景観を楽しみながらの、正に至福の時間を過ごしたのです。改めて、クルマの、運転の楽しさを実感して帰って来た直後に、その知人からのメッセージ…。
やり場のない怒りに震えました。
どうか、クルマを凶器に変えないで下さい。クルマは正しく使えば、人を、何処にでも連れて行ってくれる“魔法の絨毯”なんです。時には相棒、いや、家族、という人もいるかもしれません。私にとっては、自分がコントロールはするが、あくまで何処にでも運んでくれる頼もしくも愛しい、パートナーです。
でも、そんな私の車も、悪意を持って運転する人にコントロールされれば、その瞬間に愛おしいパートナーが凶器に、すぐ変身してしまうのです。完全自動運転にならない限り、ドライバー次第で最高のパートナーにも、単なる他者を傷つける道具にもなるクルマ…。皆がそれぞれ愛すべきパートナーを大切にし、他者(車)に対しても愛を持って接すれば、素晴らしい道路環境になるでしょう。そうしたら、もっと沢山の人が車に興味や情熱を持ってくれるに違いありません。
その知人が「安東さん、やっぱりクルマ、買います」と言ってくれる様に、何処か素晴らしいドライブに誘おうと思っているのですが、時間的な制約もあるので悩んでいます。一人の人間を、クルマ好きに出来るかどうかの瀬戸際ですので、頑張ります。
そして、行政にも、お願いしたい。免許を交付する際、明らかに公共の道を運転するのに適さない人間を見極めて欲しいと思います。これは、制度的にも、人道的見地で考えても難しいのは理解出来ますが、ほんの少しの精神的負荷を掛けてみれば、その反応で、判別出来るのではないかと個人的には思えてしまいます。悲劇を繰り返さない為にも、ぜひ、考えて頂きたいです。
最後に…、今回の事件で、一瞬で命を奪われた御夫婦の御冥福を祈ると共に、両親を、やはり一瞬で失った娘さん二人の幸福を心から願ってやみません。
安東 弘樹
[ガズ―編集部]
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