活かされない教訓 …TBS安東弘樹アナウンサー連載コラム

今月22日から23日にかけて、東京を含む首都圏に4年ぶりにまとまった雪が降りました。東京の積雪は23cm。関東首都圏に住む我々にとっては“大雪”ですが、恐らく北陸などの豪雪地域に住んでいる方にとっては、積雪のうちに入らないかもしれません。

ですが、またしても首都圏の都市高速を含む道路は至る所で寸断され、主要道路だけでも立ち往生が相次ぎました。雪国の方からしたら、高々23cmの積雪で、なんで、こんなに大事になるのか全く理解出来ないでしょう。それだけ都市部、そして都市部に住む者は雪に弱いのです。いえ、弱いと言うより、準備を怠ると言って良いでしょう。しかも数年おきに、毎回、酷い目に遭っているのに全く教訓を活かせないのは何故なのでしょうか…。

特に私が憤慨しているのは、降雪が予想されている日に、ノーマルタイヤのままクルマで出掛け、結果、立ち往生という状態になり、道路を塞ぎ渋滞を“作る”ドライバーが、必ず、しかもかなりの数、存在するという事です。

数十年に1回という頻度でしか積雪しないならまだしも、数年おきには必ず、“大雪”になり、その度にニュース等で、立ち往生状態の映像を含めた悲惨な状況を目の当たりにしているのに、何故積雪予報が出ている中のこのこ、ノーマルタイヤのクルマで出てくるのでしょうか…。

ニュース等で、ノーマルタイヤで動けなくなったドライバーのコメントが紹介されていましたが「こんなに早く、こんなに多くの雪が降るとは思わなかった」と毎回、デジャブの様に同じ内容で、何故、前回の大雪の時の教訓を活かさないのか全く理解出来ません。

特に今回は、あらゆるメディアで殆ど全員と言っていい気象予報士の方が、「今回は都心でも、かなりの積雪が見込まれる」と、あれ程言っていたにも関わらず、です。

ある気象予報士の方は、「明日、クルマを運転される方、ノーマルタイヤは、もってのほかです。」と、恐らく雪が降らなかった時に批判を受けるのを覚悟で警鐘をならしていました。その予報士の方は、翌日の立ち往生のニュースを見て徒労を感じたに違いありません。

確かに、これまで天気予報が外れて降雪が少なかった事も有りますが、逆に「粉雪が舞う程度」という予報に反して大雪になった年も有りました。そう、現代の科学をもってしても、100%の気象予報をする事は出来ません。そして、毎年、都心、首都圏に雪が積もる可能性は有るのです。そう思って私は毎年、12月の上旬に必ず、スタッドレスタイヤに履き替えます。

今回の降雪の報道の中で、首都圏在住のドライバーで冬季にスタッドレスタイヤに履き替える人の割合は3割という情報を耳にした時には、正直、驚愕しました。会話の中でタイヤについて言及する様な私の周囲の友人、知人にはクルマ好きが多いせいか、ほぼ100%の人がスタッドレスタイヤに替えているので、当然、殆どの方が同様だと思っていたからです。

そこで、今回、普段タイヤの話などしない知人、友人に話を訊いた所、やはり報道通り過半数のクルマ所有車が、タイヤは替えないとの返答でした。理由は、皆同じ。「何年に1度の降雪の為に数万円~20万円もするタイヤを買いたくない」

確かに一理あります。

私は、積雪路を走るのが大好きなので、都心部に雪が降らなくとも、スキーに行くだけでなく、わざわざ毎年、必ず豪雪地域に行ってスノードライビングを楽しみます。そんな変わった?(私にとっては、普通のレジャーの一つですが、必ず「変だ」と言われるので)趣味を持っていない人にとっては、無意味な出費と思えるのかもしれません。

ですが、考えて下さい。無意味な出費と思って、タイヤを替えずにノーマルタイヤのまま、ちょっと出掛けたその日に、交通を大混乱させ、都市機能の1部を麻痺させる事になるかもしれないのです。

何人かの人は「自分のクルマはノーマルタイヤだから、降雪の確率が1%でも有ったら、その日はクルマでは出掛けない」と言っていました。そういう判断をして、実際に降雪可能性が有る日には絶対クルマに乗らない方であれば、わざわざスタッドレスタイヤに替えなくても良いと思いますが、翌日、場合によっては数日後まで雪が残っている場合もあるので、注意はして欲しいと思います。今回も2、3日後まで雪の影響による混乱は続きましたから。

そして今回、特に酷かった混乱は、首都高速環状線の山手トンネルでの10時間に亘る立ち往生とレインボーブリッジ一般道に数十台が、やはり数時間に渡って、身動きが取れなくなった事例でしょうか。山手トンネルでは大型トレーラーが坂を登れず、立ち往生、その後続のクルマが巻き込まれる形で、10時間もの間トンネルに、正に閉じ込められる事になりました。

何も情報が入って来ない状況で10時間もクルマの中で動けない…。どれ程の恐怖や苛立ちと対峙したか、想像を絶する状況です。多くの同乗者は、クルマを降りて非常脱出口から外に出た様ですが、ドライバーはクルマを置いて出られないので、10時間、そこで待った方が殆どだった様です。報道によると大きく体調を崩した方はいなかった様ですが、むしろ奇跡と言るかもしれません。

そして、レインボーブリッジの方ですが、実は私、あわやその立ち往生に巻き込まれるところでした。

某メーカー主催の青森→岩手(安比)までの公道での雪上試乗会に参加した私は、その帰り、新幹線で盛岡から東京に戻り、東京駅に停めておいた自分のクルマで千葉の自宅に向かっている途中でした。東北の試乗会の舞台となった地域では当然、東京より遥かに多い積雪でしたが、勿論、混乱も無く通常通りで皆さん走行していました。

いつも都心からは節約の為、高速道路、有料道路を使わず一般道で帰るのですが、その日もレインボーブリッジを渡り、国道357号線に向かおうと、レインボーブリッジの入り口に差し掛かった所で、多くのクルマが並んでいるのを見ました。

普段はスムーズに流れている所なので驚きましたが、警察官の方が誘導していたので話を伺ったら、どうやら、この先で動けなくなったクルマが有って、詰まっているとの事、私が「通行止めですか?」と訊くと、「まだ、その指示は出ていない」との返事。

つくづく、日本の行政に於いては、現場では何も判断出来ないのだなと呆れつつ、「暫く動けなそうですね」と問うても「分かりません」との返事だったので、自分の判断で迂回をしたのですが、後でニュースを見て、本当に迂回して良かったと思いました。

実際、「通行止めではない」との情報で、わざわざ並んで止まっているクルマの後ろに続々とクルマが続いてしまい、その台数が増えていくのを横目で見ながら、今すぐ全てのクルマを迂回させるべきなのに…と、思いながらその場所を後にしました。

それにしても日本の縦割り組織による情報の決定、及び伝達の遅さ、そして現場での判断が出来ない(させない)組織形態を呪います。

雪の中、橋に閉じ込められているクルマや、傘もささずに雪にまみれながら誘導、説明をしている警察官の方が情報も指示も無くあたふたしている姿を見ると、何故、もっと早く的確な指示を現場に出せないのか、怒りを禁じ得ません。

恐らく日本に蔓延している、大きな組織の中での「自分は責任を取りたくないから、大きな決断は他の人に任せよう病」が出たのだと推測します。通行止め、もしくは、その解除は大きな影響が出るので、躊躇する気持ちは理解出来なくはないですが、その役割の人には、即決が何より求められます。

ある企業コンサルタントの方が言っていました。日本の組織では何かを決める時、様々な部署の様々な役職の人の「印章」が必要になる。これは、危機管理という表向きの役割は有るが、実は責任の所在を曖昧にする為のもので、いかにも日本的な儀式なのでグローバル化した現代では、このスピード感の欠如が致命的になり最近の日本企業の凋落は、これが大きな要因と言って良い、との分析をされていました。

そして、このスピードの欠如は、組織が国、自治体等、公的機関だと、直接人命に関わっていきます。

今回の山手トンネルでもレインボーブリッジでも、事象が起こってから、通行止めや迂回の指示が出るまで1時間~2時間以上、掛かったそうです。しかも一報はすぐに入ったという事ですので、ひとえに「判断の遅さ」が事を大きくしたと言っても過言ではありません。

今回、山手トンネルでもレインボーブリッジでも死者、重傷者こそ出ませんでしたが、もし、最初にスリップして動けなくなったクルマが危険物を積んでいるトラックで、そこにクルマが衝突し火災でも起きていたら、トンネルも橋も逃げ場が有りませんから、大惨事になっていたかもしれません。

報道を見ると、両方とも現場に居合わせたクルマの多くがノーマルタイヤだったようで、本当にやりきれない気持ちです。せっかく何割かのクルマが雪や凍結路に備えてタイヤを替えていても、たった1台がそうでない事で多くの犠牲や混乱を生じさせる可能性が高くなる事を、ドライバー全員に自覚して頂きたいと切に願います。

通常の路面で、事故が原因の立ち往生が発生し、その事故のきっかけがスピード違反だったとしたら、恐らく当該ドライバーが生きていけなくなる位、批判が殺到しそうですが、首都圏の冬季のスタッドレスタイヤ装着率が3割しかないせいか、意外にスタッドレスタイヤ非装着を責める論調にはなりません(一部ネット上では批判は有りましたが)。ですが、実は降雪時等に滑り止め対策をしないで公道に出るのはスピード違反等と同じ、道交法71条6号並びに各自治体の条例に違反する“違法行為”です。

経済的な状況等で、スタッドレスタイヤを断念する方がいらっしゃるのは理解出来ますが、自分の命、他人の命、そして、社会を混乱させ多くの人に迷惑を掛ける事と天秤に掛けたら、答えは自ずと出るのではないでしょうか。

それに路面温度が4℃を下回ると雨や雪が降っていなくても、ノーマルタイヤはグリップが悪くなるそうです。それを考えたら、その年に雪が降ろうが降るまいがドライバーの義務として安全の為にタイヤは替えましょう!

ちなみに私がYou Tubeで頻繁に観ている、車中泊の達人の方の動画では、食費や道具を購入される際にいつも極限の節約をされていますが、その方は中古のスタッドレスタイヤを1万円台で購入されていました。

走行距離が少なかったのか溝もたっぷり残っており、スタッドレスタイヤの中古を買われる方は多くはない事もあってか、実は良い物をかなりリーズナブルに購入出来る様です。ぜひ、インターネット等で確認してみて下さい。

クルマは棺桶にも凶器にもなる。

私が常に念頭に置いている言葉ですが、冬のノーマルタイヤ走行は、格段にその可能性を高めます。その事を、忘れないで頂きたいと切に願います。今回は、皆さんからの批判を覚悟で、強く訴えさせて頂きました。

安東 弘樹

[ガズ―編集部]