手に入れて39年、オーナーの人生を見つめ続けてきた日産・スカイライン GT-R(KPGC10型)

ふと、考えることがある。「人生におけるアガリの1台を選ぶとしたら何だろう?」と。このクルマさえ手元にあれば、他にはもう何もいらない。まるで歌詞のワンフレーズのようだが、この願いを実現できる(あるいはできた)人は少ないのではないだろうか。

仮に、億万長者になったとしても、この欲求が満たされるわけではないはずだ。確かに、欲しいと思った瞬間に手に入れることだってできる。もしかしたら、手に入れたいクルマほど、ちょっと手が届かないくらいがちょうどいいのかもしれない。その分、自分の愛車となったときの喜びは、生涯忘れることのできないクルマとしていつまでも覚えているに違いないからだ。

良く晴れた休日のパーキングエリアに人だかりができていた。近づいてみると、そこには日産・スカイライン GT-R(KPGC10型)が佇んでいた。いわゆる「ハコスカGT-R(以下、GT-R)」だ。このクルマに関して、今さら語るまでもないだろう。富士GC(グランドチャンピオンレース/通称「グラチャン」)をはじめとする幾多のレースで勝ち続け、50勝という記録を打ち立てた。後継モデルにあたるGT-R(R32型)ですら29勝(ただし、こちらは「29連勝」だ)なのだ。いずれも、当時の日本の若者に「GT-R」というキーワードを強烈に印象づけたモデルであることは間違いない。これらのエピソードは、ファンにとって神話や伝説として、これからも語り継がれていくことだろう。

プライバシー保護の関係で、お見せできないのが残念だが、このGT-Rは2ケタの「55」ナンバーだ。これは、同じエリアで乗り継がれているか、1人のオーナーが長年に亘り所有していることの証。頃合いを見て、ギャラリーと談笑していたオーナーに話し掛けてみることにした。

「このクルマを手に入れたのは今から39年前。1978年になります。同級生がハコスカのGT-Rを所有していましてね。あるとき助手席に乗せてもらったんです。それはもう刺激的でしたよ。このときの体験が脳裏に焼き付いてしまって。いつか俺もこのGT-Rを買おうと心に決めました」。それまで、トヨタ・セリカ リフトバックや日産・グロリア(230型)など、数々のクルマを乗り継いできたオーナーのGT-R探しがスタートすることになった。

「関東近郊を中心にずいぶん探しましたよ。1年半くらい掛けたけれど、納得のいく個体が見つからなかったんです。あきらめかけていたあるとき、雑誌の広告に売り物のGT-Rが載っていたんです。その広告には白とシルバー、それぞれの個体が掲載されていて、すぐにショップへ問い合わせてみました。本命は白だったんですが、こちらのGT-Rは連絡した時点で既に売約済み。せっかくだからシルバーの個体を見てみようと考え、実際に訪ねてみました。そうしたらワンオーナー車だというではありませんか!!当時の彼女(現在の奥様)が日産関係の企業に勤めていたこともあり、素性を確認してもらったところ、間違いなくワンオーナー車だということが判明。購入を決めました」。まもなく還暦を迎えるオーナーの当時の年齢は21歳。同級生のGT-Rに乗せてもらった衝撃体験から3年近くが経過していた。

こうして念願だったGT-Rのオーナーとなり、それから40年近く経った今でもこの個体を所有している。さすがにGT-Rで近所へ買い物に行くのは憚れるので、家族用の乗用車をもう1台所有しているという。こちらは乗り替えても、GT-Rはずっと手元に置いてある。これだけ長く所有しているのだから、飽きてしまったり、もう手放してもいいかなと思うことはなかったのだろうか?

「信じてもらえないかもしれませんが、これまで手放そうと思ったことは1度もないんです。もちろん、飽きることもありませんでした。家族もこのGT-Rを可愛がってくれています。これはありがたいですね。また近年、懸念されている純正部品の確保ですが、私はかなり前に購入しておいたことがよかったのかもしれません。13年前、このクルマにオールペンをしたのですが、このときにも20数年前に購入し、ストックしていた部品を投入してリフレッシュさせました」。

13年前といっても、保管状態の悪いクルマなら、色々と痛んでくる時期だ。雑に扱われた個体なら、既に廃車となっているクルマも少なくないだろう。しかし、このGT-Rは見事なまでの輝きを放っている。どれほど保管状態が良い環境であっても、このコンディションを維持するのは並大抵のことではない。オーナーがこのGT-Rに対して、相当な愛情を注いでいることは容易に想像ができる。

「40年近く所有してきただけに、それなりに手を加えてきましたよ。エンジンのオーバーホールは2度行いましたし、足まわりや配線類もリフレッシュさせました。自宅近くにこのクルマの主治医がいるのですが、この方に指南してもらいつつ、できる限り自分でメンテナンスするようにしていますし、車検も自分で通します。この個体の状態をしっかりと把握しておきたいですからね」。

オーナーの愛情とメンテナンスが行き届いている証拠に、当時のレースカー「R380」に搭載されていたエンジンの血統を受け継いだ名機「S20型エンジン」をはじめ、エンジンルーム内もコンクールコンディションといわんばかりの美しさだ。「既にお気づきかもしれませんが、ボディと同色にペイントされたオーバーフェンダーやリアスポイラー、ワタナベ製のホイール、レカロ製のセミバケットシート、4点式シートベルトなど、この個体には、クルマの雰囲気を崩さないように配慮しながら少しだけモディファイを施してあります。自分好みに手を加えることも楽しみのひとつですね」。

GT-Rの雰囲気を損なうことなく、それでいてより存在感を高めるチョイスは、長年に亘り1台のクルマと向き合ってきたオーナーだからこそ成し得ることができた、絶妙なバランスとセンスを両立させているといえるだろう。

「現行モデルのGT-R(R35型)の存在も気になりますよ。でも、このクルマを手放してまで欲しいとは思わないですね。若い人にとっては、エアコンもなく乗りにくいこのクルマよりも最新モデルの方が魅力的かもしれませんが、この年代のクルマでしか味わえない世界があるんです。これからも、今までと変わりなく乗り続けたいですね。孫が欲しいといったら譲ってもいいかなあ(笑)」。

取材の合間に茶目っ気たっぷりな笑顔を見せてくれたオーナー。その表情はまるで少年時代を思い起こさせるようだった。KPGC10型の日産・スカイラインGT-R、通称「ハコスカGT-R」。トヨタ・2000GTなどと同様に、日本に留まらず、海外でも知られた存在となりつつある。このクルマも、世界において、日本車の価値を高めた1台といって間違いないだろう。

40年近くも1人のオーナーを魅了するほどの魅力を備えたGT-R。これからも「直列6気筒エンジン」ならではの澄んだ音を轟かせながらオーナーに寄り添い続けるに違いない。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

 

[ガズー編集部]