探し続けて10年、人生初の愛車をもう1度所有する喜び。日産・チェリークーペ X-1R(KPE10型)
人生初となった愛車のことを覚えているだろうか?
自動車という1台の工業製品が自分名義のモノになる。人生初の愛車という経験は、一生に一度しか味わえない。納車日の前日はよく眠れなかったり、かつての若者であれば、来るべき初ドライブに備えて、せっせとオリジナルの選曲を収めたカセットテープを製作したり…と、人それぞれ思い出があるだろう。
気に入った音楽をBGMに、行く当てもなくドライブしたり、深夜のハイウェイを走ってみたり。時間や場所を気にせず、自分の気持ちの赴くままに移動できる。自身の愛車を所有することは、それまでの人生では成し得ることができなかった自由と、無限の可能性を手に入れることと同じなのかもしれない。それはまるで、自分自身が大人になるためのパスポートのようだ。
やがて大人になり、クルマを所有することが当たり前になってくると、憧れだった存在を現実のものにした人がいるかもしれない。中には、もういちど人生初の愛車と同じクルマを手に入れてみようと思う人がいても不思議ではない。今回、ご紹介するオーナーがまさにそんな思いを実現した人だ。
「このクルマは1974年式日産・チェリークーペ X-1Rです。所有して3年ほどになります。現在、私は50代ですが、人生初の愛車が1975年に中古車で購入した、モスグリーンの1973年式日産・チェリークーペ X-1だったんです。当時からX-1Rの存在を知っていましたが、高価で手に入れることができませんでした」。
日産では初となるFF車である日産・チェリーの誕生から1年後、「プレーンバックスタイル」と銘打つチェリークーペが追加されたのは1971年のことだ。オーナーが所有するX-1は、スポーツモデルとしての位置付けだったが、1973年に誕生したのが、チェリーのトップモデルであるX-1Rだ。日本一速い男の称号を持つ、星野一義が「マイナーツーリング」と呼ばれたツーリングレースに参戦したのも、このX-1Rがベースとなっているレースカーだ。
X-1Rのボディサイズは全長×全幅×全高:3690x1550x1310mm。「A12」と呼ばれる、排気量1171cc、SUツインキャブレターを搭載した、直列4気筒OHVエンジンの最大出力は80馬力を誇る。リベット留めのオーバーフェンダーを装着し、内装の一部を取り払われ、最高速度は160km/hをマークした。
オーナーにとって人生初の愛車となったチェリークーペ。しかもX-1Rを手に入れるまでの経緯を伺ってみた。
「人生初の愛車となったチェリークーペ X-1は、手に入れてから1年くらいで手放してしまったんです。当時は、信号待ちなどでトヨタ・セリカ リフトバックやケンメリ (日産・スカイライン)などが横に並ぶと、自分のクルマが安っぽく見えてきてしまって…。ある程度、年齢を重ねてきたとき、またいつか手に入れてみたいと思うようになったんです。売り物のお話も何度かいただきましたが、なかなか私の希望に合致する個体に巡り逢えませんでした。気がつけば10年近い年月が過ぎ、ようやく見つかったのがこの個体だったんです。探していたX-1Rであることはもちろん、過去のオーナーの履歴がハッキリしていましたし、しかも元日産の関係者が所有していた個体だったんです。ノンレストア車でオリジナル度が高く、今となっては、貴重な2ケタナンバーを引き継ぐことができたのも幸運でした」。
想い入れがあるとはいえ、10年近い年月を費やしてまで、この個体を探し続けたオーナーの情熱は並みではない。そんなオーナーのこれまでの愛車遍歴を伺ってみた。
「最初のチェリークーペを手に入れてから、これまで30台ほどのクルマを乗り継いできました。いったい、これまでいくら費やしてきたんでしょうか。考えただけでも恐ろしくなりますね(笑)。この個体が見つかる前は、1970年式トヨタ・クラウン ハードトップ(MS51型)や日産・ブルーバード(510型)にも乗っていた時期があるんです。歴代の愛車の中で、思い出深いクルマといえば、チェリーとジムニーですね。あとはアウトドアが趣味なので、キャンピングカーも好きです」。
人生初の愛車を再び手に入れる。さらに憧れだったX-1Rを手に入れてみて、気づいたことはあるだろうか?
「車重が650kgほどなので、とにかく車体の動きが軽いんですね。今の軽自動車の方がよほど重いくらいです。その軽さの恩恵なのか、エンジンが気持ちよく吹けあがり、胸のすく加速感とレスポンスが味わえるんです。2速で80km/hまで出ますし、専門店の方によると、キャブレターの調整がしっかり行われているエンジンであれば、7000回転まで回るそうです。フロントスクリーンの角度、ダッシュボードの縦幅の狭さ、ペダル類の配置、運転席から見える景色…など、このクルマに乗っていると、若かった当時のことを少しずつ思い出してきますね」。
このX-1Rを手に入れてからモディファイしたところはあるのだろうか?
「エンブレムが輸出用のものに交換されていたので、本来の姿に戻しました。X-1Rは国内専用車でしたし…。今、オリジナルのホイールを探しているところなんです。できるだけ本来の姿に戻してあげたいですね」。
古いクルマだけに、気になるのは部品の調達だが、どうしているのだろうか?
「パーツリストを入手してメーカーに問い合わせてみたのですが、他車との共有部品が残っているくらいで、ほとんどが欠品でした。そこで、フリーマーケットやインターネットオークションなどを駆使して調達しています。フロントグリル(新品)やテールランプなど、できるだけ手元に保管するように心掛けています。フロントグリルの外周を黒く塗りつぶしてしまったり、『X』のエンブレムを外してしまうオーナーが多かったため、残っているもの自体が貴重なんです」。
最後に、この愛車と今後どのように接していきたいか伺ってみた。
「X-1Rは、当時3000台くらい生産されたそうです。しかし、国内に現存しているのは35台前後だと聞いています。1年車検だった頃にかなりの個体が廃車になってしまったみたいですね…。斜め後方から見た『プレーンバックスタイル』という名のフォルムが本当に好きですね。あの頃とは時代や保安基準が違いますし、もうこんな形をしたクルマは創れないかもしれません。今後は、ホイールをオリジナルのものに戻した段階で車高を落とし、できる限りオリジナルの状態を保っていきたいです。人生初の愛車が手元にあるだけで気持ちが満たされますし、これほど人生が豊かになるとは、手に入れるまで気がつきませんでした」。
人生初の愛車を、それも当時憧れだったグレードを手に入れる。人生経験を積み、改めて青春の1ページと再会することで、若かりし頃には気がつかなかったこともあるだろう。こんな体験ができたオーナーの人生は、とても幸運ではないだろうか。人生に迷ったとき、欲しいクルマが見つからないと思い悩んだとき…。原点を振り返ることで見える世界があるかもしれない。オーナーが慈しむようにX-1Rを眺めている姿を見ていると、そんな気がしてならないのだ。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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