歴史好きオーナーの知識欲をくすぐる自動車産業の歴史が詰まった2代目『はまぐり』シルビア(S11)
高度経済成長期を経て、日本の自動車産業が大きな変化を遂げた昭和40~50年代。産業革新のスピードはすさまじく、その当時に製造された自動車や鉄道車両などの工業製品は、通常では考えられないほど劇的に進化を遂げた。
そんな時代背景を持つ昭和40~50年代の自動車や機関車に魅了され、当時造られた車両のヒストリーや設計の変化を研究テーマとしているのが、今回ご紹介する昭和53年式S11シルビアのオーナーである齊宮則仁さんだ。
「この時代の工業製品の進化って、本当におもしろいんです。僕は昭和44年(1969年)生まれで、おなじ年に生産されたフェアレディも所有していますが、当時のクルマは頻繁にリニューアルが行われて年式ごとにどんどん仕様が変わっているんですよ。たとえば初期はインチねじを使っていたのに、途中から設計が変更された部分にはJIS規格のねじが使われていたりとかね。『当時、なぜこんなことをしたのか?』と思うことがたくさんあるんです」
「僕は本業でも資材関係の仕事をしていて、貨物関係の修繕をしたり、トヨタの工場に出入りしたりもしていました。なので『本来の年式はこうだから、元々はこうだったんだよ』というのを次の世代に伝えながら、応急処置じゃなくて、ちゃんとした修理の仕方を伝授したりするのが仕事の一部でもあります」
そう話す齊宮さんは、当時の電気機関車の豆知識入りカレンダーの制作販売や、執筆活動なども行う電気機関車のエキスパートでもある。
そんな齊宮さんがこのS11シルビアを手に入れたのは約3年前。
「この車体はあるイベントで、旧車部品を取り扱っている埼玉県のバラクーダさんのブースに飾ってあったものです。別にクルマを探していたわけではなかったんですが、この個性溢れるクルマがとても気になってよく観察してみると、外装はノーマル然としていましたが、車内はダッシュボードの“チンチラ”(ダッシュマット)やルーフのトラ柄モケットなど『昭和末期のヤンキー仕様を目指したけど挫折した』ような中途半端なクルマでした。でも、自分の好きな昭和50年代の車両だし、車高もノーマルでミッションもグレードアップされたローバック5速が搭載されていたりと、なにかと気になったので、後日バラクーダさんのお店を訪ねてみたんです。そこで社長とお話をしているうちに、気づけば私が買い取って仕上げると宣言してしまいました(笑)」
納車後は、齊宮さん自ら整備要領書を確認しながらエンジン周りのオーバーホールや駆動系、フロントショックなど足まわりの交換などを実施し、1ヶ月後には無事に車検を取得。
その後もウォーターポンプなど不調なパーツをはじめ、シートや内装、電装品、そしてエアコン修理などまで行い、気がつけば普通に街乗りもこなせるようになったそうだ。
こうして齊宮さんの手によって蘇った後期型S11シルビア(前期はS10)。
初代シルビアがフェアレディをベースにしていたのに対し、この2代目シルビアからはサニーをベースにしたスペシャルティカーとして位置付けられ、アメ車のデザインを意識した独特のスタイリングから「ハマグリ」の愛称を持つ。
登録時の履歴を確認してわかったことだが、実はこの車両はもともとワンオーナー車で、内陸地に住む方の納屋保管だった個体という。そのため納車時から目立ったサビがなく、外装は当時のままの美しい状態を保っている。
高級車の雰囲気を纏う内装も、齊宮さんが「相当オシャレだと思う」というグリーンのシートは張り替えによってレストアされ、そのカラーリングに合わせた純正シートベルト、ステアリングなどもオリジナルで美しい状態に仕上げられている。
脱着可能なラメ入りのリヤスモークや、空気抵抗を抑えるワイパーブレードなど、手間ヒマかけて工夫も凝らした豪華な装備は時代を彷彿とさせるし、開放感たっぷりのピラーレスウィンドウも当時のクルマならではだ。
そして何よりも齊宮さんがこのシルビアに惹かれた理由は、どんどん変化する保安基準や排ガス規制に翻弄されながらも生き抜いてきた世代のクルマだから。
「この時代は進化と並行して排ガス規制や保安基準の改正なども相次いで行われたので、その前後で車両もいろいろな部分が変わっていきます。排ガス対策技術のNAPSをはじめ、当時の設計者がこの規制に合わせるよう苦肉の策で工夫した点がたくさん見えてくるんですよ」と齊宮さん。
それを考慮した上で、この車両についてじっくり確認していくと、確かにより興味深い対象となる。
たとえば、前期型の知り合いと並べて撮影したという写真を見ながら「当時の設計陣ががんばってアメ車を意識しただけあって造形美がありますよね。しかし、前期型ではメッキバンパーだったのに、後期型からはその上にあえてウレタンゴムが装着されているんです。デザイン的にはこれがないほうがスッキリしているけれど、安全基準が変わってしまったことに対応するための苦肉の策なんだろうなぁと。そして、バンパーの雰囲気に合わせてフロントグリルもデザイン変更したんじゃないかな?とか、そういうことを推測して調べたりするのが面白いんですよね」と齊宮さんならではの視点で、愛車の特徴を紹介してくれた。
続いてエンジンルームを覗いてみると、エンジンはオリジナルのL18型が搭載されているものの、純正のシングルキャブ仕様ではなく、ソレックス製キャブレターのツインキャブ仕様へと変更済み。
「ツインキャブ仕様への変換キットなども容易に手に入るのがL型エンジンのいいところです。その他の部品もほとんどが他車種との共通部品なので、修理やメンテナンスでも困ることはほとんどないです」と齊宮さん。
1速の位置にバックギヤを配置し、よく使う2速と3速をIパターンで操作できるように設計された『ローバック5速ミッション』に積み替えられていることで、気持ち良く走行できるのも魅力だという。
齊宮さんは、営業車として乗ることもあるというこのS11シルビアの魅力を改めてこう語る。
「2代目シルビアは、もともとロータリーエンジンを積もうと思って設計していたものが、オイルショックのせいでロータリーエンジンの開発が中止になってしまったと言われています。でもボディ関係の設計はある程度できていたので販売しようという話になり、最終的にはL型エンジンを積むことになったそうです。そして、後期のS11はさらに厳しい排ガス規制を乗り越えて販売されていくわけです。こういう時代の境目をくぐり抜けてきたクルマって、なんだか意気込みを感じるし、いろいろ無茶というか試行錯誤の苦労が垣間見える部分もあって、本当におもしろいと思うんですよ」
「このシルビアのどこが気に入っているとか、そういうのは特にないんですよね。それよりも僕はやっぱり、時代背景やその中で生まれたヒストリーとか、ひとつひとつの部品に対しての当時の設計者の考えだったりとか、車両自体をそういういろいろな観点から見るのが好きなんです。このシルビアも、そういった歴史を知るためのとてもいい研究材料なんです」
劇的な進化の時代のなかで設計者が苦労しながら生み出したこの愛車を眺めながら、キラキラした目で各部に関する歴史的背景を楽しそうに語る齊宮さんをみて、このシルビアは齊宮さんの手に渡るべくして渡った車両であり、そして、これもまた旧車を愛車とするひとつの楽しみ方なのだということを教わったのだった。
エンジン音を動画でチェック!
(文: 西本尚恵 / 撮影: 土屋勇人)
[ガズー編集部]
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