日本車ならではの美学を未来のクルマ好きに見せたい。1973年式スズキ・ジムニー(LJ20V型)

「スズキ・ジムニー(以下、ジムニー)」といえば、数ある日本車の中でも、もはやひとつのカテゴリーとして存在が確立されている内の1台ではないだろうか?

ジムニー専門店や専門誌も存在するし、カスタムパーツも豊富だ。そして何より、ジムニーを深く愛する熱狂的なコレクターやマニアも少なくない。ここ最近、次期ジムニーの発売が噂されているが、関連する情報がインターネットに公開されると、そのアクセス数に驚かされることもしばしばだ。次期ジムニーを選ぶか、現行モデルの最終型を購入すべきか、日々、情報収集に余念がない人もいるだろう。それだけジムニーというクルマが、多くのファンやクルマ好きを「ざわつかせる」存在なのだと改めて実感する。

初代ジムニーが誕生したのは1970年のことだ。2017年の時点で47年が経過したことになるが、次期モデルでも「まだ」4代目だ。現行モデルにあたる3代目が発表されたのは1998年にまで遡る。つまり、ほぼ20年前だ。日本車において、これほどロングライフかつロングセラーなクルマが他に存在するだろうか?日本車史上、今後、2度と現行ジムニーのようなクルマは現れないかもしれない。

今回は、そんなジムニーのルーツを垣間見ることができる、貴重な個体を手に入れた幸運なオーナーをご紹介したい。

「このジムニーは、1973年式のLJ20V型というモデルです。初代第2期にあたり、パネルバン型のジムニーとしては最初のクルマとなります。半年ほど前に、旧車倶楽部の先輩から『身近な人にこのジムニーを持っていてもらいたい』というお話をいただき、ほぼオリジナルの状態を保った、まだ4万キロしか走っていないこの個体を譲っていただきました」。

このジムニーのオーナーは、「554分の1台を引き寄せたのは偶然か、それとも運命か?日産シルビア(CSP311型_初代)」でもご紹介したその人だ。クルマに深い愛情を注ぎ、自らを守ってくれるオーナーを、貴重なクルマたちが自ら選んでいるのだろうか。そんな錯覚すら感じられる。

「実は私、これまで3台のジムニーを乗り継いでいまして、この個体で4台目、ジムニー歴は25年になります。最初に手に入れたジムニーは、確か3万円で譲ってもらったんですよ」。

ジムニーフリークであれば言わずもがなだろうが、このクルマのルーツは、ホープ自動車が1952年に発売したクルマ「ホープスター」にある。ホープスターは「不整地用万能車」というキャッチコピーを掲げ、同社の技術の粋を結集したクルマであった。しかし、軽自動車としては高額な価格設定などが影響して思うように販売台数が伸びず、結果としてスズキ自動車がその製造権を買い取ることとなった。この決断を下したのが、現在も第一線で活躍している、鈴木修会長に他ならない。鈴木氏の慧眼がなければ、ホープスターがジムニーと名を変えて日の目を見ることも、21世紀の現代まで生き延びることもなかったかもしれない。

「LJって何の略だかご存知ですか?『Little Jeep』なんです。当時、軽自動車でオフロードが可能なクルマって、世界的にも画期的だったはずです」。

前オーナーから引き継いだのはジムニーの個体だけではない。当時の取扱説明書や新商品ニュース(セールスマン向けの販売マニュアルのようだ)カタログなど、クルマと同様に貴重な資料ばかりだ。これだけで、前オーナーのジムニーに対する愛情と几帳面さが伝わってくる。そして、ステッカー類も当時のものがそれほど経年劣化していない状態のまま残っていることに驚かされる。それだけ保管状態が良かったのだろう。

「前オーナーにあたる先輩は、当時4年落ちのワンオーナー車だったこの個体を手に入れ、ガレージで眠らせていたようです。ボディの日焼けした箇所を塗り直したり、天井を張り替えたり、運転席側のシートのクッションを交換したくらいで、それ以外はいまだにほぼオリジナルの状態を保っているのは奇跡に近いかもしれません。屋根付きのガレージで保管されていたので、ゴム類も思っていたよりもヘタっていません。専門店でメンテナンスしてもらったところ、車検整備くらいのレベルで済んでしまったんです。ジムニーの専門店の人が見ても『これは奇跡のコンディションだ!』と驚いていました」。

現行型でも採用しているラダーフレームを骨格に持つ、このジムニーのボディサイズは、全長×全幅×全高:2990x1290x1680mm。ジムニーとしては初採用となる「L50型」と呼ばれる排気量359ccの水冷直列2気筒、2ストロークエンジンの最大出力は28馬力。排気量2000ccエンジンクラスのクルマにひけをとらない「登坂力35度の実力」が当時のアピールポイントだったのだ。オーナーのご厚意で車検証を拝見したところ、乗車定員は2名(3)とあった。補助席のような簡易シートがリアに装備されており、どうにか3名乗車は可能なようだ。

「このクルマの最高速度は75km/hなので、高速道路を走れないんです。車両重量は670kgと軽量ですが、エンジンのパワーが非力なため、低速域でも非力だと言わざるを得ません」。

当時のカタログに「どんな悪路でも、人が手をついてでなければ登れないような急斜面でも。ゆうゆう走破する“ジムニーの威力”!!今すぐあなたのお仕事にお役立てください。」という文面があった。つまり、ジムニーが商用車としての役割を担っていたことが分かる。

「ジムニーはファーストオーナーが乗りつぶすまで所有していたり、商用車として扱われた個体も多いので、今回譲り受けた個体のような、フルオリジナルかつコンディションが良いものはとても貴重なんです」。

稀少性という点において、同世代の国産スポーツカー以上に貴重なジムニーを手に入れたオーナー、今後は、どのように接していきたいと考えているのだろうか?

「今となっては、博物館に展示されていてもおかしくないクルマです。それだけに、インターネットで検索して見つけるのは至難の業です。この種のクルマは縁がないと手に入らないように思います。できるだけ今のコンディションを保ち、次の世代の方にも乗り継いでいただきたい。それだけに、私としては『一時預かり品』という意識です。しばらくガレージで眠っていただけに、これからはイベントにも連れ出してあげたいですね」。

現代の感覚から見れば、ジムニーの造りは驚くほどシンプルでコンパクトだ。内装は鉄板剥き出し。ラジオの周波数もツマミで調整する仕組みだ。もちろん、カーナビなんて存在しない。

かつて、多くの家庭に置いてあった黒電話を見掛けることは少なくなったように思うが、丈夫さにおいては現代のコードレスフォンの比較ではないという。クルマも電話器も、構造がシンプルかつ「良い意味で」単純だからこそ、長きに渡り存在できるのではないだろうか?そんな気がしてならない。

日本というお国柄だからこそ誕生し、スズキだからこそ現在まで存在している「ラダーフレームを骨格に持つ、軽自動車規格の4WD車」。約50年前に生産されたこのジムニーは歴代のオーナーにより、次の世代のクルマ好きたちにも受け継がれていくだろう。間もなく登場するであろう4代目ジムニーも、この個体と同様の存在であり続けて欲しいと願うばかりだ。

554分の1台を引き寄せたのは偶然か、それとも運命か?日産シルビア(CSP311型_初代)
(http://gazoo.com/ilovecars/vehiclenavi/170826.html)

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]