生前に父親が買えなかった5代目クラウンとの出会いが、今の私の生き方を変えてくれた
5代目のトヨタ・クラウン(MS105)で息子さんとの週末ドライブを楽しんでいるという宮古さん。このクラウンを選んだ理由は、「大嫌いだった父親が生前に乗りたがっていたクルマだったから」とのこと。1冊のカタログを見つけたことからはじまったクラウンとのエピソードは、人生をも大きく変えるお話だった。
「僕が小さい頃、親父は建築関係の仕事をしていたんですけど、朝4時から夜中まで仕事をして家族は二の次という仕事人間でした。しかも僕と兄貴も早朝から叩き起こされて仕事場の掃除を手伝わされるんです。友達は週末に家族で遊園地に行ったとかそういう話をしているけど、僕は週末も仕事現場に連れて行かれて木屑や釘を拾っていました。休みは月に2回で、たまに連れて行ってくれるドライブでは、車内に充満する芳香剤の匂いで酔って気分が悪くなる(笑)。小学校の頃に『誕生日にファミコンを買ってほしい』とお願いしたんですけど、買う買わないどころか誕生日を忘れられていてね。それ以降、親におねだりすることも諦めちゃいました(笑)」
そう話しながら隣にいる息子さんに目をやり、なんとも言えない笑みを浮かべたのは、今回の取材対象者である宮古拓哉さん。
しかし、そんな宮古さんが現在の愛車である1979年式のトヨタ・クラウン スーパーサルーン(MS105)を愛車として迎え入れたのには、大嫌いだったというお父様が大きく関わっているのだという。
「親父は53才で亡くなったんですが、20年ほど経ったころにお袋から遺品整理を手伝って欲しいと言われて実家に行ったんです。そのときにふと目がとまったのが古いクラウンのカタログでした。なぜ気になったのかというと、父親もクラウンに乗っていましたが、そのカタログのクラウンは僕が知っている親父の愛車ではなかったんですよ。親父が乗っていたのは、もっとこう…角ばっている感じのクラウンだったよな、と」
芳香剤の匂いが充満していたあのクラウンのカタログではないことに疑問を覚え、お母様に聞いてみると、そのカタログに載っているクラウンは、お父様が本当に欲しかったMS 100系のクラウンだということが分かったそうだ。
「親父は中卒で直ぐに働き出して、叔父さんの家を間借りして資金を貯めて、建設会社を立ち上げたんです」
会社を立ち上げたタイミングで『ステータスのあるクルマだから箔がつく』とクラウンに乗りたがっていたものの、金銭的に余裕がなかったためその時は渋々諦めたという。
そして、仕事が軌道に乗りはじめてやっとクラウンを買えるようになったときには、すでに欲しかったクラウンはフルモデルチェンジをしてしまった後。それを知って悔しげにうつむき、フルモデルチェンジしたクラウンを即金で買ったのだと、お母様が教えてくれたそうだ。
「自分でも何故かは分からないんですけど、このクルマには“偶然”が多くて、僕の手元にきたのは“必然”だと感じているんです」
たまたまインターネットを見ていたら、車両価格が安く、乗りたかったマニュアルミッションの個体が販売されていたのだという。すぐに出品者とテレビ電話で状態を確認し、不具合がある箇所を細かくチェックしていったそうだ。
そして宮古さん曰く、乗りたかった個体に出会えただけではなく、納車時にも偶然と思えるできごとがあったという。
名古屋から陸送されてきた日に限って大雪が降ってしまい、冬タイヤなど用意していなかったため、どうしたものかと悩んでいると、奥様の乗っているヴォクシーに履かせるはずだった冬用タイヤが余っていることを思いだしたのだ。
「クラウンが来る3日前くらいに突然ヴォクシーが故障したので履き替えずに置いてあったんですけれど、もしかしてと履かせてみると、ピタッと合ったんです。ヴォクシーがこのために壊れたんじゃないか?って思えるくらい(笑)。まるで、クラウンが俺を早く連れて帰ってくれよと言っているようでした」
「今は普通のサラリーマンをやっているから週休2日制なんですけど、その前は料理人をやっていたし、親父が亡くなってからは兄貴と親父の建設会社で大工をしていたから、親父と同じように休みなく働いて、たまの休みも何をするわけでもなくという感じでした。だけど、クラウンが来てからは修理やらミーティングやら忙しくて、お酒を呑んでる暇もなくなっちゃって、気付いたら呑まなくなっちゃいました(笑)。友達と呑みに行ってもウーロン茶で、帰りに自慢のクルマで家まで送るのが楽しいんです。『どうだ俺のクルマ!カッコいいだろ!』みたいな感じ(笑)。週末は息子を連れて、しょっちゅうどこかに出掛けていますよ」
「もしかしたら、あのカタログは僕が手にとるように、親父が仕向けたんじゃないかなって思うんです。『お前は俺のようになるなよ、働き詰めじゃなくて好きなことをして家族のための長生きしろよ』って。だとしたら、まさに親父の思惑通りだ」
そう話しながら幸福そうな表情をしたあと、唇を噛みしめ「そっぽ向かないで、もっと親父と話してりゃ良かったなぁ…」とポツリと呟いた。
宮古さんが高校生の頃、お父様が怪我で入院し、病院にお見舞いに行ったことがあったそうだ。そのときに、高校卒業後は大学へは行かずに建設会社で働くと伝えたところ、快諾してくれるかと思いきや、お父様から『お前は俺のことを考えずに、やりてぇことがあったらやってみろ』と、ぶっきらぼうに言われたと笑顔で教えてくれた。
この一言を聞いて、宮古さんは池袋にある料理専門学校に行くことになるのだが、学校が忙しく、料理人になってからも休みがなかったため、お父様と2人で真剣に話したのはこのときが最後だったと天を仰いだ。
そんなお父様はクルマやATV(4輪バギー)、スノーモービルや船にいたるまで、ヤマハ製エンジンを搭載した乗り物を好んで購入していたという。しかし、どれも乗りたいからというよりは、購入するまでのプロセスを楽しんでいるように見えたそうだ。
「ここが親父の面白いところであり、好きだったところなんですよ。新しい乗り物を買ってある程度乗ったら、あとは従業員たちに休みの日に遊べよって渡しちゃうんです(笑)。買うために仕事を頑張るって感じだったのかな」
「ちなみに、僕だけが知っていたんですけど、親父は体調が悪くなり始めてから大型2輪の免許を取ったんです。ヤマハ党の親父がホンダのドリームCB750フォアに乗るって言い出してビックリしましたね。結局、体調が悪化して乗れず終いでしたけど。だから、クラウンと同様に僕が購入して現在乗っています。そんな親父だと知っていたから、生前に乗りたがっていたクルマに乗ろうと思ったのかもしれません」
宮古さんのガレージは車やバイクをはじめ、さまざまな趣味が詰まった空間となっている。そしてそこには、父親のクラウンと小さい頃の自分が映る写真と並んで、宮古さんのクラウンと息子さんの写真が飾られている。
クラウンが色々な出会いをもたらしてくれたこと、お父様の存在を近く感じられたこと、自分のやりたかったことを見つけられたなど『このクラウンは自分にとって良いスパイスになった』と話すようすが、とても印象的だった。
取材協力:旧弘前偕行社
(文:矢田部明子 / 撮影:平野 陽)
[GAZOO編集部]
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