「街の遊撃手」は、21世紀も健在だ!1989年式いすゞ ジェミニ イルムシャー(JT190型)

「クルマのCMで印象に残っているものは何ですか?」

こう問われたとき、真っ先に思い浮かべた映像は何だろうか?その人の世代、趣味趣向によって回答はさまざまだろう。その時代を彩る数々のクルマのCMがある中で、人々に強烈な印象を与えた「名CM」が存在することは間違いない。

故黒沢明監督は「映像と音楽は足し算ではない、掛け算だ」という主旨の言葉を残しているが、これに「名コピー」が加わればもはや無敵だ。

「かっとびスターレット」、「愛のスカイライン」、「カッコ インテグラ」、いまだに語られる「いつかはクラウン」もそのひとつだろう。このように、挙げたらキリがないほどだ。その中でも「街の遊撃手」とくれば、即座にいすゞ・ジェミニを連想できる人も少なくないはずだ。わずか5文字のキャッチコピーでジェミニのCMが連想できるほど「名コピー」であることは間違いない。

パリの街中などで2台、あるいはそれ以上の台数のいすゞ・ジェミニが、まるでダンスをするかのように、一糸乱れぬ隊列を組んで駆け抜けるCMを鮮明に憶えているだろうか?ジェミニの新作のCMがテレビでオンエアされるたびに釘付けになったものだ。今にしてみれば、TVCMの域を超え、ショートムービーといえる大作だったように思う。

そんな「街の遊撃手」であるいすゞ・ジェミニを、街中で見掛ける機会が少なくなってきたと思っていた矢先に、純白の美しい個体と遭遇することができた。さっそくオーナーに話し掛けてみることにした。

「この個体は1989年式いすゞ・ジェミニ イルムシャー(JT190型)です。半年くらい探し続けて、あるとき、専門店のストックリスト上に公開されたのを見つけてすぐに連絡。即決してようやく手に入れることができたんです」。

いすゞ・ジェミニ(以下、ジェミニ)は、同社とアメリカのGM社によるパートナーシップがあったからこそ誕生したモデルといっていいかもしれない。車名に採用された「双子座」を意味するジェミニは、両社の共同開発によって誕生したことに由来している。初代モデルは1974年に誕生し、1988年まで生産された。初代モデルと併売という形で、1985年に2代目となるジェミニが誕生している(そのため、当時のカタログに「FF ジェミニ」と表記されていた時代もある)。「街の遊撃手」は、まさにこの2代目にあたるジェミニのキャッチコピーだ。

駆動方式は初代のFRからFFへと改められ、丸みを帯びたフォルムは角張ったボクシーなデザインへと生まれ変わった。このクルマのデザインは、同社の117クーペも手掛けたジョルジェット・ジウジアーロが手掛けたとされている。その後、ジェミニは1990年に3代目へとモデルチェンジを果たした。純粋なジェミニとして生産されたのは、この3代目までといっていいだろう。4代目および5代目のジェミニは、1993年をもっていすゞが小型乗用車の自社開発・製造を中止した経緯もあり、ホンダ車をベースにしたOEMとなった。その結果、ジェミニならではの個性は失われてしまったと言わざるを得ない。結果として2000年まで販売されたジェミニは、四半世紀にわたる歴史に幕を下ろすこととなった。

オーナーの個体は、ジェミニがもっとも輝いていた時代ともいえる1989年式とのことだが、どのような愛車遍歴を重ねた後に手に入れたのだろうか。

「実は、手に入れてからまだ1年半くらいなんです。運転免許を取得後は、マツダ・ファミリアなどに乗っていました。現在、私は49歳なのですが、23、4歳の頃、旧車の面白さに目覚めてしまい、いすゞ・ベレット1800GTを手に入れたんです。このクルマは3年くらい所有して、足まわりなどもモディファイしましたね。その後、縁あってダットサン・フェアレディ2000 (SR311 前期型)に乗り替えました。この個体を手に入れたあたりから、オリジナルを重視する考え方に変わっていったんです。私は元々4ドアセダンが好きで、同時期に日産・スカイラインGTS-T type-M(R32)のMT車を所有していました。その後、結婚して子どもを授かったこともあり、一旦旧車の趣味からは離れていたんです」。

結婚・出産を機にクルマ趣味から距離を置く人は多い。中には、家族のことを優先してやむを得ず「封印して」いるケースもあると聞く。オーナーはどれくらいの時間、距離を置いていたのだろうか。

「私の場合は10年でした。現在、長男が18歳、長女が15歳になりまして、子どもたちもようやく手が掛からなくなってきたのを機に復活することにしたんです。そのとき、狙いを定めたのが今回のジェミニというわけでして・・・。ジェミニ(2代目)のスポーツモデルといえば、私が所有する旧西ドイツ・イルムシャー社が手掛けた『イルムシャー』と、イギリスのロータス社が手掛けた『ZZハンドリング バイ ロータス』が人気を二分していました。その中で、私は『イルムシャー』派だったんですね。しかし、何しろ30年前の個体ですから、いざ探してみると本当に売り物が見つからないんです。どうやら、その多くはワンオーナーのまま乗り続けられ、その役目を終えて廃車となった個体が多いようなんです。こうして苦労の末に見つけたこの個体は、フルオリジナルの2オーナー車、オドメーターは8万キロに到達したばかりという状態でした」。

この個体も、生産されてから30年近い年月が経っている。しかし、クルマのことを知らない人が見たら、数年前のモデルと説明しても通用してしまいそうなほど素晴らしいコンディションを保っていることに驚かされる。購入後、トラブルやモディファイしたところはあるのだろうか?

「このジェミニは、前オーナーさんのところで長らく動かない状態で保管されていたみたいなんですね。おそらくは屋根付きのガレージに保管されていたんでしょうね。そのため、このコンディションを保っていられたのだと思います。とはいえ、経年劣化で塗装が黄ばんでいたので、必死になって磨き上げました。また、購入してから天井の内張りが落ちてきてしまい、やむを得ず張り替えました。あとは、アッパーマウントを交換したり、ドライブシャフトブーツを交換したり・・・。古いクルマの割に、それほど手は掛かっていませんよ」。

いすゞが乗用車の生産・販売から撤退してそれなりに時間が経過した。気になるのは純正部品の供給だが、そのあたりはどうなのだろうか?

「私がオーナーとなってから交換することになったアッパーマウントは、1個しか在庫がなかったんです。もう1個注文したいけれど在庫が・・・と思ったら、1ヶ月ほど待ってくれれば再生産してくれるというんですね。もちろん、すべての部品が再生産できるわけではないようなんですが、絶版になってからかなりの時間が経過したモデルのこともしっかり面倒を見てくれる、いすゞというメーカーとしての姿勢と良心を知ることとなりましたね。それと、専門店から購入したので、主治医の存在も大きいですね。インターネットでこれほどさまざまな情報が溢れていても、このクルマに関しては例外といえそうです」。

情報源といえばインターネットが普及し、同じクルマを持つオーナー同士、盛んに交流が生まれている。ジェミニの場合はどうなのだろうか?

「いくつかジェミニのオーナーズクラブなどが存在していますが、ホームページの更新が止まっているようなので、最近の事情は分からないんです。イベントなどでも同じクルマを持つオーナーさんとお会いする機会も少ないですし、もっともっとたくさんのジェミニオーナーさんと出会って、このクルマを持つ喜びを分かち合いたいです」。

改めてこのジェミニを眺めていると、4000mm前後の全長と、1600mmそこそこという全幅という、コンパクトなボディサイズに驚かされる。オーナーにとって気に入っているポイントを挙げてもらった。

「コンパクトかつ軽量なボディがもたらす走りです。車両重量が1,000kgを切っているんです。イルムシャー仕様の 1.6L DOHC エンジンの最高出力は130馬力。スペック上は、圧倒的な大パワーではないけれど、気持ちよく回るエンジンがたまりませんね。あとは、レカロシートが奢られた内装や、通称『ヒトデホイール』と呼ばれていた純正のホイールキャップ。当時はあまりしっくりこなかったんですけれど、今見るとこのデザインがクルマとマッチしていて、いいですよね」。

確かにこの「ヒトデホイール」も今や貴重な品だろう。ところで、オーナーには18歳になる息子さんがいる。クルマには興味があるのだろうか?

「私の影響を受けましてかなりクルマ好きです。このジェミニに乗って、一緒にイベントに参加することもあるんです。現在、運転免許を取得するべく教習所に通っています。アルバイトなどでお金をためたらスバル・インプレッサ(GC8)、もしくはホンダ・プレリュード(BB6)を買いたいそうです。実は私も、父の影響でクルマが好きになったんです。父はアメ車が好きで、その反動(?)で私は小さいクルマが好きになったのかもしれません」。

最後に、このジェミニと今後どのように接していきたいか、その想いを伺ってみた。

「ようやく手に入れることができた念願のジェミニ。私にとって『アガリの1台』だと思っています。ゴルフのお供としてジェミニを使うと、移動中、特に帰り道も眠くならないんです。何より、運転していて楽しいですしね。このままオリジナルコンディションを保ち続けたいと思っていますし、幸い、息子もこのジェミニに興味があるようです。いつか、私が乗れなくなったときは、息子に引き継いでもらえたら嬉しいですね」。

前オーナーのところでは不動車として静かな時の流れの中にいたこのジェミニ。結果として、いすゞ車をこよなく愛するオーナーの元に嫁ぐことができた。幸い、その息子さんも大切に乗り継いでくれそうだ。かつて「街の遊撃手」として一世を風靡した多くのジェミニは姿を消してしまったが、この個体は数少ない貴重なクルマとして、その勇姿を後世にも伝えてくれるだろう。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]