産まれた愛娘のために、クルマの設計士が選んだファミリーカーは2015年式BMW・i3 レンジエクステンダー

気がつくと、街中で電気自動車を当たり前のように見掛けるようになってきた。今や、ガソリンスタンドよりも電気自動車用の充電スタンドの設置数の方が多いのだという。

その一方で、クルマ好きのなかには電気自動車の普及に対してある種の抵抗や拒否反応を示している人もいるようだ。

オイルの臭いがしない、エンジンの振動が伝わってこない、マフラーから気持ちの良いサウンドが聴こえてこない…。理由はさまざまだと思うが、なかには「食わず嫌い」な人がいるかもしれない。

今回のオーナーは、クルマ好きが高じて設計に携わる仕事をしている「クルマのプロフェッショナル」だ。これまでは2003年式ポルシェ・ボクスター(986型)を所有していたが、結婚してお子さんが産まれたのを機に、増車を決めたのだという。では、ファミリーカーになぜこのクルマを選んだのか、そして、いちクルマ好きとして電気自動車を手に入れてみて、どのような心境の変化があったのかを伺ってみることにした。

「このクルマは、2015年式BMW・i3 レンジエクステンダー(以下、BMW・i3)です。手に入れてから1年ほど経ちました。現在の走行距離は約3.5万キロ、私が手に入れてからは約1万キロ走りましたよ」

BMW・i3は、2013年フランクフルトショーでBMWの新ブランド「BMW・i」から発売された電気自動車だ。シティカーともいうべきこのi3と、スポーツカーのフォルムを纏ったi8がデビューを果たし、日本でも2014年から販売が開始された。

日本でも「掛けぬける歓び」のキャッチコピーで知られるBMWが電気自動車を発売するのだから、多くのクルマ好きが注目したことだろう。カーボンファイバー製の強化樹脂で作られた「Life Drive」と呼ばれるモノコックボディを採用。高い剛性を確保したことで、観音開きドアを採用できただけでなく、カーボン素材がむき出しになったボディシェルに思わずニヤリとしてしまうクルマ好きがいるかもしれない。また、室内のあらゆる箇所に天然素材を使用しつつも、他の電気自動車とは一線を画す高級感や所有感を満たす演出にも抜かりはない。

また、あまり知られていないことかもしれないが、「BMW・i」に対するメーカーの姿勢(覚悟と置き換えてもいいかもしれない)は並大抵ではないのだ。単に電気自動車を生産・販売するだけでなく、あらゆるベクトルで環境に配慮したクルマ造りを構築している点にも注目したい。専用の生産工場の発電を風力や水力でまかない、クルマに使われる素材も廃棄しやすいことを想定して造られており、オーナーもそんな「BMWの物づくりの姿勢」に共感したのかもしれない。

BMW・i3のボディサイズは、全長×全幅×全高:4010×1775×1550mm。駆動方式はRRとなる。バッテリー駆動のみの純粋な電気自動車と、発電用のガソリンエンジンを搭載したレンジエクステンダー仕様の2種類が用意され、オーナーの個体は後者にあたる。最高出力170馬力を誇る電気モーターに、排気量647cc、直列2気筒SOHCエンジン(最高出力38馬力)が組みあわされる。このエンジンはあくまで「発電用」であり、バッテリーの残量が残り少なくなると稼働し、航続距離を伸ばすことができる。

前置きが長くなったが、なぜオーナーはBMW・i3をファミリーカーに選んだのだろうか?

「ファミリーカーを選ぶにあたって決めた条件は、『妻が運転できること、取り回しの良さ、所有感を満たすクルマであること』だったんです。BMW・i3については、当初『BMWが造った、ちょっと変わった電気自動車』程度の認識でした。電気自動車を所有するのはまだ早いと思っていましたし、きっと『ツマラナイクルマ』なんだろうという先入観もありました。しかし、試乗してみて印象が激変したんです。静かでスムーズな走り…。ガソリンエンジンのクルマとはまったく違うベクトルの運転する楽しさを見つけてしまったんです。インターネットでBMW・i3のことを調べていくうちに、環境に配慮したクルマ造りにも共感するようになりました。新車で購入するととても高価ですが、認定中古車であれば、頑張れば手が届く価格帯だったこともあり、妻を説得して購入を決めました」

妻子ある立場の人がクルマを購入するとき、妻の理解を得るのは必須事項だろう。オーナーも、電気自動車ならではの利点をアピールしたようだ。

「妻はクルマに興味がある方ではないのでこだわりはありませんが、航続距離やバッテリーの劣化スピード、そして電気自動車特有の維持費を気にしていました。私は東京都内に住んでいるのですが、電気自動車は新規登録から5年間は自動車税が掛からないことも説得材料になりました。次第に私がどうしても欲しくなってしまい、半ば押しきってしまいました(笑)」

多くの人が気になるであろう、BMW・i3の維持費についても伺ってみた。

「現在の住まいは、最低限の工事だけで200Vの電源を引くことができたので助かりました。私自身も気になっていた維持費や航続距離についてですが、1回の充電で130キロくらい走ります。これに掛かる充電代は約300円です。毎月の電気代が急に跳ね上がったという印象はありませんね。また、このクルマはレンジエクステンダー仕様ではありますが、都内を移動している限りはガソリンエンジンで稼働する発電機に頼る機会はめったにないんです。そのため、給油することもほとんどありません。妻の実家まで帰省する際は、関西まで移動する必要があるため、このときばかりはお世話になりますね。まだディーラーで車検を受けたことがないんですが、電気自動車は定期交換部品や消耗品が少ないようで、費用もだいぶ抑えられるみたいです。減速時に回生ブレーキが作動することで、ブレーキパッドの摩耗が軽減されている点も電気自動車ならではと思っています」

公私にわたりクルマに接する機会が多いオーナーだけに、原体験やこれまでの愛車遍歴についても気になるところだ。

「原体験として挙げられるのは、小学校低学年のときに実家の隣にあったクルマ屋さんの方が乗せてくれたフェラーリF355ですね。通い詰めているうちに『乗ってみる?』といって助手席に私を乗せ、フェラーリで走ってくれたんです。それまでは乗用車しか乗ったことがなかったので、こういうクルマの楽しみ方があるんだと幼心に初めて知りました。今年で30歳になりましたが、このときのできごとは強烈だったので、今でも思い出すことがありますね。学生時代にはスズキ・ジムニー(JA11型)を手に入れ、ショップに入り浸ったり、林道を走ったり、さまざまな人との出会いがあったことが思い出深いです。このクルマを通じて知りあった方から1969年式アルファ・ロメオ 1750GTVを譲ってもらったりしました。その後は、トヨタ・スープラ(JZX80型)を手に入れて、サーキット走行やチューニングにも夢中になりました。あるとき、世界中のクルマ好きがポルシェを絶賛する理由がどうしても知りたくなり、ポルシェ・ボクスター(986型)を購入、そして現在のBMW・i3に至ります」

オーナーはあらゆるジャンルのクルマを所有し、経験値を積んできた。そしてクルマの設計という職業を選び、その道のプロフェッショナルとしてのスキルに磨きを掛けている。根っからのクルマ好きであり、同時にプロフェッショナルでもあるオーナーが、BMW・i3をファミリーカーに選んだところが実に興味深い。そんなオーナーがBMW・i3の気に入っているところを伺ってみた。

「内燃機関のクルマでは決して味わえない静粛性や振動の少なさです。クラシック音楽を聴いてみたら、より高音質を追求してみたくなり、ALPINE製のスピーカーに交換して音楽を楽しんでいます。カーボン素材がむき出しになっているモノコックボディやルーフなど、クルマ好きの琴線に触れるBMWらしい演出も気に入っています。内装の素材ですが、リサイクル可能な再生材から造られた素材やパーツを使いつつ、モダンなインテリアを思わせる本革シートや、ユーカリの木を使っているというウッドパネルの質感も気に入っています。それと、スマートフォンとの親和性が高く、クルマの情報を連動させることができる点も大きな魅力です」

最後に、今後愛車とどう接していきたいかを伺ってみた。

「実際にBMW・i3を手に入れ、所有してみて感じたのは、電気自動車だと意識せず、普通に乗れるということです。これまでのクルマでは得られない、新たな領域に踏み込んだ印象です。娘はまだ0歳児ですが、初めて乗ったクルマがこのBMW・i3、つまりは電気自動車というわけです。娘は、内燃機関を搭載したクルマを知らない最初の世代になるかもしれませんね。これから、そういう子どもたちが増えていくのでしょうか…。いまは、そんな娘の成長と電気自動車の未来を見守っていくような感覚です」

インフラの整備や航続距離など、電気自動車の普及にはまだまだ時間が掛かるかもしれないが、確実に浸透しつつあることは間違いない。と同時に、内燃機関をこよなく愛するクルマ好きにとって、電気自動車は受け容れ難い存在であることも充分に理解できる。仮に、電気自動車に乗らずして否定している「食わず嫌い」の状態であれば、まずは自身の手で走らせてみてから判断してはいかがだろうか。結論を出すのはそれからでも遅くはないはずだ。そして、オーナーが語った「これまでのクルマとは違う何か」の真意を体感できるかもしれない。

20代の若い世代が物心ついたときからインターネットに触れてきたように、オーナーのお子さんや新元号となった後に産まれる世代の子どもたちにとって、電気自動車が身近な存在となっていくのは、決して遠い未来の話ではないのだろう。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]

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