父として、そして仕事人として、どうしても「ランドクルーザー」が必要な理由

ランドクルーザーという存在に憧れるようになったのは、少年の頃のことだった。

「陸の王者」と称されながら世界中の悪路で活躍する姿に、坂井祐輔さん、いや少年だった「坂井くん」はひたすら憧れた。

だが成長していくにつれ、「坂井くん」はスピードへの興味のほうが勝っていき、16歳で中型二輪の免許を取ると同時に400ccのバイクを購入。そして20歳で某ホテルの飲食部門に就職すると、「当時好きだったポルシェになんとなく似てるような気がしたから(笑)」という理由でマツダのクーペ、MX-6を人生初のクルマとして購入した。

その後は、もともとスノーボードが大好きだったということ、そしてポルシェ911も採用した「ボクサーエンジン」が好きだったというのもあってスバル フォレスターSTIに乗り替えながら、バーテンダーやソムリエとしてホテルの飲食部門で精進を重ねた「坂井さん」は、25歳にしてバーテンダーおよびソムリエとしてのスキルを「ある程度は習得しきった」と実感するようになった。

だが同時に「それでも自分にまだまだ足りないものは“英語力”である」ということもわかっていた。

そのため坂井さんは日本のホテルを退職し、単身渡英。勤めていたホテルから英国のホテルへの就職を斡旋されたわけではなく、なんのツテもなかった。とりあえずは現地のホテルに飛び込み、当時はまだつたなかった英語で「自分をここで働かせてくれ!」とお願いして回ったのだ。

もちろんほとんどの場所で門前払いを食らったが、ソムリエ資格があったということでロンドンのワイン博物館内のレストランで仕事を得ることができ、その後はパティシエやカクテルバーのヘッドバーテンダーとして活躍。英語と同時に、欧州ならではの「お客の懐にあえて入っていく接客スタイル」を身をもって学んだ。

そして、英国で結婚もした。

休暇の際に遊びに行ったポーランドで現地の女性と知己を得て、しばらくの交際を重ねたのち、英国で結婚したのだ。

妻が身ごもると、「子どもを育てるには日本がいいだろう」ということを夫婦で決め、日本へ帰国。帰国後は、その後無事誕生した長女および次女、そしてポーランド人の妻と仲の良い家庭を築き、35歳のときに六本木でダイニングバーを開業。その店は今も大いに繁盛している。

「子どもが生まれると、なんだかんだでミニバンが便利ですから、まずはトヨタのアルファードを購入し、けっこう長い間、それを家族のクルマとして使いました。自分の“楽しみ”は大型バイクのほうで堪能すればいいだろう……ということで」

そしてアルファードは、買い物などに使われるだけでなく「子どもたちと雪山へ行くためのクルマ」としても活躍しはじめた。

「私自身が高校生ぐらいの頃からスノーボードが大好きだったということに加え、子どもたちは半分『寒い国(ポーランド)の人』ですから、雪が大好きなんですよ。さらにいえば、比較的長期にわたって子どもと親が一緒にできるスポーツって、スキーかスノボぐらいじゃないですか? 次女は今、地元の野球クラブで選手としてがんばってますが、例えば野球は、大人と子どもが同じチームでプレーするのは無理ですしね」

こうして坂井家の面々は「親子で長く続けられるスポーツ」としてスキーおよびスノーボードを選び、アルファードで雪山へ行くようになった。

しかし家族で雪山へ通ううちに、もっと安全に、もっと快適に、ゲレンデを目指すことができるクルマが欲しい気持ちになってくるのは、ある種当然のことだ。

「で、私としては『まぁ中古のランドクルーザー100を買えばいいかな?』と思っていたのですが、なんとなしに家族で新車のランドクルーザー200を見に行ったんです。そうしたら、子どもたちが『パピーッ!(筆者注:坂井家の娘さんたちは祐輔さんのことをこう呼ぶ) 絶対にコレがいい!』と盛り上がってしまいまして……」

ご存じのとおり新車のトヨタ ランドクルーザー200とは、決して安い買い物ではない。内心「うぐぐ……」とも思った坂井さんだったが、普段はあまりそういうことは言わない娘たちが「パピーッ! 絶対コレだよ! コレしかないよ!」と言うからには、子煩悩な坂井さんとしては、もう買うしかない。

ということで今から4年前、ある意味「仕方なく」、坂井さんはランドクルーザー200の注文書にハンコを押した。

だが「仕方なく」で注文したランドクルーザー200は、結果として「これを選んで大正解だった」と心底思えるクルマだと、坂井さんは言う。

「なにせ疲れないんですよ。例えば自宅から新潟県内のゲレンデまでは片道300km前後ですが、それだけの距離を、しかも神経を使う積雪路を早朝から走って、そのうえでスノーボードをフルにやっても、帰りの運転がまったくつらくないんです。なんなら夕方、川崎市内の自宅に着いても『まだ300kmぐらいは余裕で運転できるよ!』ぐらいのもので(笑)。

おそらくはランドクルーザーというクルマの走行安定性や快適性――みたいなものがそう感じさせるのだと思いますが、いやこんなクルマは生まれて初めてですね。本当に、いっさいの誇張抜きに、ランクルは“疲れないクルマ”なんです」

車重があるクルマゆえ「下りの圧雪路だけは少々神経を使う」というが、少なくとも登りの局面では坂井さんいわく「最強」であり、子どもたち用のスキー用具を荷室に積載しても十分に広い室内空間や、端的に言ってゴージャスで上等な各所のしつらえも「いくら運転してもほぼ疲れない」という結果につながっているのだろう。

「これを買う際には同じトヨタのランドクルーザー プラドも実は考えたのですが、サイズ的にやや小さなプラドだったら正直、こういった感慨にはならなかったでしょうね」と坂井さんは言う。

そんな形で「親子のクルマ」として大活躍しているトヨタ ランドクルーザーだが、もちろん「坂井祐輔のためのクルマ」として活躍する機会も多い。自分ひとりで週末、とにかく“山”へ行くのだ。

「娘たちと一緒に行く場合を含め、山へは毎週末、必ず行ってます。私の仕事はダイニングバーのオーナーですが、オーナー然として事務所でお金の勘定をしているわけでは決してなく、ひとりのサービスマンとして、現場で毎日お客様と接しているんです。

そういった接客業は本当に大好きで、天職であるとも思っています。でも日常的に“人”を相手にしているだけに、休むときは“自然”を相手にしたいんですよね。もちろんスノーボードをすることも多いですが、とにかくランドクルーザーを使って自然の真っ只中に行き、大好きな登山をしたりキャンプをしたりするだけでも、身体と心が本当にリフレッシュされるんです。そしてこのクルマであればどこへでも、前述のとおり無駄に疲れることなく、行くことができますからね……」

坂井さんが六本木で経営しているダイニングバーは、今年で創業10周年を迎える。栄枯盛衰の波が激しい飲食業界にあって、長きにわたって顧客から愛され続ける秘訣は何なのか? と問うと、坂井さんは即答した。

「とにかく従業員を大切にし、そして店に来ていただけるお客様の“期待値”を、少しであっても絶対に上回るサービスをご提供すること。そして短期的にではなく長期的に物事を考えること。そして何より、『お客様にリピートしていただくには何が必要か?』ということを真剣に考え、そしてそれを考えるだけではなく実践すること――だと、私は思っています」

なるほど――と得心すると同時に、「それって、トヨタ ランドクルーザーというクルマが半世紀以上にわたって世界中の人々から愛されてきた理由と、実はほとんど同じなんじゃないか?」とも感じたのであった。

(文=伊達軍曹/写真=阿部昌也)

[ガズー編集部]

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