2台のホンダS800 エスハチを乗り継いで30年。毎日乗り続けても飽きない“人生あがりの1台”
1963年に発売されたS500、1964年に発売されたS600に続き、ホンダの小型スポーツカーシリーズとして1966年に登場したS800。今なお熱狂的なファンが多く“エスハチ"の愛称で親しまれている。
そして「エスが好きで好きでたまらなかった」という山形県在住のエスマニアさん(63歳)は、32歳の時に一念発起してエスハチを手に入れ、31年が経った現在まで毎日のようにエンジンをかけて乗り回す日々を送っているという。
さらに、S800を手に入れてからはさらにその魅力にハマり、エスハチのミニカーやプラモデルなどのコレクションをインターネット上で公開しているほどの筋金入り“エスマニア”でもある。
S800が発売されたのは、エスマニアさんが6歳の頃だった。
「自分が子供の頃は、小学校のクラスでも自家用車を持っている家庭は5人に1人くらい。クルマは憧れの存在で、男子は特に興味を持っている子が多かったですね。うちには自家用車がなかったんですけど、親戚の家にはありましたから、よく助手席に乗せてもらったりカタログを見たりして車種を覚えたりしていました。そんな中で、当時みんながカッコいいと好きだったのがスポーツカーやオープンカー。当然、僕もスポーツカーがお気に入りで、そんな年頃にホンダが小さいスポーツカーで車名も“スポーツ"と付いたオープンカーを出すということをカタログや本で知って『いつか欲しい』と憧れを持ったのが最初です」
その後、18歳で免許を取得するもS800はすでに新車価格の1.5〜2倍くらいまでどんどん値上がりしていて、手に入れるのが難しい状況だったという。
「結局その時は買えず、当時アルバイトをして貯めた30万円でスズキのフロンテクーペを買いました。この軽自動車が学生だった自分にとって思った以上に楽しくて、その後も4台乗ってワンメイククラブまでつくって、今も所有歴37年目になる個体を持っています」
それでもいつかはエスハチに乗りたい…その想いを持ち続けていたエスマニアさんがS800を購入するキッカケができたのは、32歳の時のこと。
「地元山形で国体があり、それを機にそれまで続けてきた空手競技を離れて役員になったんです。そんな自分へのご褒美をと考えていた時に妻が『本当に欲しいクルマを買ったら?』と言ってくれたんです。ならばずっと憧れていたエスハチが欲しい!と。実はその数年前から中古車雑誌等で情報を探し始めていたことと、バブル崩壊直後で値段もそこまで高騰していなかったので」
この時に購入したS800がエスマニアさんの記念すべき1台目となる。
ちなみに、1990年代は魅力的なスポーツカーが数多く発売されていた時期であり、他にもカッコいいクルマが選び放題だったはず。S800以外の選択肢はなかったのだろうか?
「オープンで軽自動車が好きだったのでビートとカプチーノもいいなとは思いましたし、ビートは新車説明会にもいきました。でも自問自答した時に、やっぱりエスハチが好きだという気持ちに嘘をつきたくなかったし、実際にこちらを買ってよかったです。ただ、あの頃は憧れだけで乗っていたので、クルマの状態に詳しくなくて。なので雑誌やビデオを買ったり旧車ミーティングに出かけてホンダスポーツの仲間を増やしていったんですが、そうしているうちに『やっぱりいいクルマなんだな』って再認識しました。そして、できるだけ憧れたノーマルの状態で乗りたいなと思えるようになりました」
実際、買った当初に装着されていたハンドルやアルミホイール、シートや幌などは、純正部品を購入して当時の雰囲気に戻しながら乗っていたそうだ。
「この1台目の黄色いS800はその後14年間乗ったんですが、ボディがくたびれてたことと、エスの知識も見る目も肥えてきたところだったので、黄色とおなじく駆動力をチェーンで伝達する『チェーンドライブ』のエスハチを探すことにしました。エスハチのチェーンタイプは発売期間が4ヶ月ほどしかなかったのですが、無事シングルナンバーのワンオーナー車を買うことができました。決め手はほぼノーマル状態だったことですね」
こうしてエスマニアさんが2006年に購入した2台目のS800はこだわりの初期型1966年式だ。
こういった貴重な旧車は、大事に保管して特別な時にしか動かさないという方も多い。しかしエスマニアさんは、もう1台の愛車であるフロンテクーペも含めて、雨が降らない限りは早朝と夕方にエンジンをかけ、天気の良い時はほぼ毎日乗り続けているのだという。
「山形は雪が多くて冬は乗れないので、12月から3月まではバッテリーを外して冬眠させるんですよ。道には融雪剤が撒かれるので、特に旧車はすぐに錆びてしまいますし。となると実質乗れるのは8、9ヶ月くらいなのに、毎年自動車税や任意保険を払わないといけない。そう考えると、乗れる時には乗らないともったいないですよね」
まさに雪国ならではの理由だ。しかしだからこそ、春先にエンジンを始動させるときのドキドキ感は半端ないようで…
「長い春を待ち侘びて、少しずつ暖かくなってきてようやく雪が解ける頃に、バッテリーを繋いで、最初はプラグを外して圧縮を抜いてセルを回すんです。その後にようやくプラグを入れて始動させる…このエンジン始動の儀式がもうハラハラドキドキで、毎回、はじめてクルマに出会った時のような新鮮な気持ちがよみがえります。これを30年以上経験してきているわけです。そんな儀式を終えて、誰も走っていない山道にエスを繰り出す瞬間のためにも、元気でいられてよかったなと思いますね。オープンで走る非日常も、一度体験したらやめられません」
これだけ長く、しかも頻繁に乗っているとなると、故障やメンテナンスの方法なども気になるところだが「2年に1回の車検はいつも、埼玉県まで東北自動車道を走って、新幹線で帰ってきて、次の週に新幹線でまた引き取りにいくんですよ。若い頃は深夜バスで行っていましたけど、さすがにいまは無理ですね(笑)。プラグの点検や掃除などは自分でやっています」と、プロによる整備と普段のこまめなメンテナンスの甲斐もあり、これまで大きなトラブルはなかったという。
しかもエスマニアさん、オーナーズクラブの仲間達と長距離ドライブの旅に出かけることもあるのだとか。
「名古屋のオーナズクラブの方に呼ばれて『一生に一回だからな』と14時間くらいかけて鈴鹿サーキットまで自走して、場内も走りました。あとは、この6月にフェリーに乗せて北海道に行って3日間走ってきましたよ。映画『幸せの黄色いハンカチ』を見てハンカチをアンテナに巻き付けて走りましたね。雨に降られましたけど最高でした!」
そんなエスマニアさんは、ミニカーやプラモデルなどS800のコレクションも大量に所有していて、さらにそれらを紹介する『ホンダスポーツミニカー&モデルカーミュージアム』(https://s5s6s8.web.fc2.com/index.htm)というホームページを20年前に作成したという。
「冬の間は趣味のクルマに乗れないけれど、ミニカーならいつでも好きな時に見ることができる。そうやってトミカを何台も集めたんですが、どこに保管しているか自分でもわからなくなってきて、最初はエクセルで整理していたのですがだんだん煩わしくなってきまして…(苦笑)。それらを管理するためにホームページを開設したんです。ミニカー関係はもう何台あるか不明です。ただ、妻からは『あなたがいなくなったらただのゴミよ』と言われているのが辛いです(笑)」
ちなみに取材日は、その大量のコレクションの中のほんの一部を持参してくださった。
「これが日本で最初に出たS500のプラモデルで、これがS500のブリキですね。これらは全部1960年代に発売されたもので基本はネットオークションで見つけてくるのですが、そういった手段が浸透する前は横浜で開催されるイベントに通って手に入れていました。新幹線代をかけて行くからには手ぶらで帰ってくるわけにもいかないし、当時は少しくらい高くても買っていましたね」
また、1台目に保有した黄色いS800のコレクションも多く、中にはタミヤが出したプラモデルの本の最後に“参考になるクルマ"としてエスマニアさんのクルマが使用されたり、山形県のメーカーが製作したS800ラジコンのパッケージ写真に使われたりと大活躍したそうだ。
さらに1台目と2台目のエスハチが揃ったレアな状態のお写真や、5歳の頃にS500のレンタカーと撮った写真、そして奥様が子供の頃にデパートの遊園時でS800っぽいおもちゃと撮った思い出の写真なども額に入れて大切に保管されていた。
そんなエスマニアさんは、元は小学校の先生。そして定年した現在はドライブ以外にも絵を描いたりギターを弾いたりと自由気ままに過ごしているという、なんとも素敵なセカンドライフを満喫中。
「冬は蔵王のスキー学校の冬季従業員として、スノーボードとスキーを教えています。時間にゆとりがあるので、今までできなかったことができるようになって今はとても楽しいですね」
「もちろん今後もできる限りエスに長く乗っていきたいとは思うけど、還暦を過ぎるとこれから体も衰えていくだろうし、免許の返納もちらついてくる。もう新しいクルマを買うつもりもないし、今乗っているのが“あがりの愛車”になるので、大事に乗っていきたいですね」と、優しい目で話してくださった。
子供の頃からの憧れだったS800を、自身が1番好きなスタイルに仕上げて、当たり前のように日々乗り続けているエスマニアさんの自然体なカーライフは、愛車を保有する上での理想形のひとつかもしれない。
取材協力:やまぎん県民ホール(山形県山形市双葉町1丁目2-38)
(⽂: 西本尚恵 撮影: 堤 晋一)
[GAZOO編集部]
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