新車で購入して32年、走行42万kmを超えても、愛着が深くなっていくロードスター
入社して1年目の冬となった1993年。マツダの創立記念日である『1月30日』に合わせてユーノス ロードスター(NA6CE)を購入したと笑顔で語ってくれた。
そこからの31年間は決して順風満帆というわけではなく、30回、いやそれ以上「もう手放してしまおう…」と思ったことがあると苦笑いして見せた。それでも、1度も車検を切らさずにハンドルを握り続けているのは、このクルマから“文化の香り”がするからだという。
「幼少期にスーパーカーブームがあり、小学1年生のときにはRX-7(SA22C)が発売されたこともあって“リトラクタブルヘッドライト”には憧れがありました。そして、ライトを上げた姿は、購入時よりも今の方がさらに好きになったと思います」
「このクルマに乗っているオーナーさんの集まるミーティングは全国各地で開催されていて、尚且つ、それを楽しみにしている、ロードスターに魅せられた人が沢山いるのが凄いと思うんです。“ロードスター”という括りの、ある種1つの文化になっているなと感じているんです」
ぶっちゃけてしまうと、デザインや走行性能云々を気にしていたのは所有して15年くらいまでだったそうだ。
そしてその後は、ロードスターのクラブやミーティングなどを通じてできあがった“人と人とのつながり”を大切にしていきたいという思いが強くなっていったのだという。
「最初は熱々だったんだけど、途中から同じ方向にある何かを並んで見つめているという関係に変化していったんですよ。色々なことを経験して、存在自体がお互いにとって大事なんだなと思えるようになった…とでも言うのかな」
そんな言葉を聞いていると、それはまるで長年連れ添ってきた夫婦のお話を伺っているかのように感じられた。
さて、そう話すオーナーとロードスターとの出会いは『ユーノス広島庚午店』。ちょっと高級な雰囲気の店内は、21歳そこそこの若者には少々不釣り合いだったかもしれないと、当時を振り返る。
購入したのは、ハンドリング向上のためサスペンションチューニングを行ない、ビルシュタイン製専用ダンパーとBBS製アルミホイールなど、スポーツ性能を高めるアイテムが装備された“Sスペシャル”というグレードだった。
ユーノスブランド3周年を記念に追加されたこのモデルは、ナルディの本革巻きステアリングやシフトノブ、ステンレス製スカッフプレートとキックプレートなども装備されていのが特徴である。
「ベースグレードを購入して好きなパーツでカスタマイズしたいという思いもありましたが、トータルコストを考えるとSスペシャルを購入する方がリーズナブルだと考えました」
初めての新車購入ということでかなり奮発し、自分のお財布に見合っていないクルマを背伸びして購入してしまったと、懐かしそうに話してくれた。
頑張って貯めたと思っていた頭金はそこまででもなく、3年間は地獄のローンが待ち構えていた。それでも、納車後は居ても立っても居られずに、ご両親にロードスターをお披露目するべく、広島県から山口県までクルマを走らせたそうだ。
「そうするとね、だんだんとロードスターの面白さが分かってくるんですよ。エンジンは非力で速くはないけど、プラットホームがしっかりしていて、すごく軽快に走るんです。そんなに飛ばさなくても、ステアリングを切った通りにクルマが曲がっていき、まさに人馬一体感を味わえるクルマだったんです」
フロントのトー角度は若干アウト側に振られ、リヤのスプリングは1.68kg/mmから1.92kg/mmへ強化。それに伴って、リヤスタビライザーを12φから11φへとサイズダウンさせることで、ダンピングを上手くコントロール。
さらに、フロントにタワーバーを装備することで、前後バランスの最適化が図られるなどのチューニングを受けたSスペシャル。
その乗り味は格別で、実家に帰省するために県を跨ぐ程度の距離だけでは物足りなかったそうだ。
そのため、購入した年のゴールデンウィークには、同期入社の友人と1泊2日で中国地方と兵庫県を一周する弾丸旅行の計画を立てたそうだ。
鳥取砂丘の駐車場で車中泊をした際、運転席が狭すぎてほぼ一睡も出来なかったにも関わらず、次の日も運転が楽しいと思えたのは、付き合いたてのカップルのようだったと笑っていた。身体を委ねて思いのままどこかへ行けるという、そんな表現がしっくりくる走行性能だったと言う。
「観光はほぼしていないという状態でしたけど、運転するのが楽しかったからそれはそれで良かったんですよ」
毎日数分でも運転したくて、寮から3kmほどの仕事場にクルマ通勤の申請を出したそうだ。「自転車の方が混んでいなくていいのに」と言われたそうだが、重要なのは、大好きなユーノスロードスターに乗れるということなのだと得意気に言った。なぜなら、上司に怒られて会社に行きたくないという日の朝もモチベーションが保てるからだ。
それでいくと、明日から仕事だ! と気合いを入れるために、毎週日曜日の洗車の時間もオーナーにとっては重要な時間だったという。上から下までくまなく汚れを落とし、ワックスを掛けるなどして長い時間をかけて磨き上げていくのが気分転換になっていたそうだ。寮では“あの人、またやってる…”と、ちょっとした有名人だったらしいが。
「このクルマ、全塗装はしていないんですけど、綺麗だねと言われることが多いのは、マメなワックス掛けのお陰かなと思うんです。磨きすぎも良くないといいますが、単純に愛情をかけたのが良かったのかな、なんて(笑)」と、惚気て見せた。
そうして1年に約2万kmを走るペースで過ごしていたオーナーさんとロードスターだったが、オドメーターが17万7000kmを超えたある日、高速道路を走っているとラジエター付近から音がし始め、ボンネットの隙間からプシューっと煙が上がったという。
「なんだか“カラカラ”聞こえるような気がするな〜? なんて思っていたんでが、アクセル踏んでもスピードが出なくなり、坂道も登らない。どうにかパーキングエリアまで辿り着いたのですが、ロードスターは力尽きました。そこではちょうどポルシェのミーティングをやっていて…気まずかったですね」
ディーラーで状態を見てもらった結果、エンジン載せ替えが必要との判断により、中古のリビルドエンジンに換装することになった。それからというもの、今まで行なったメンテナンスの記録や車両の状態を確認し、定期的に消耗品を交換するなど、より細かく管理していくように徹底したという。
また、この出来事がキッカケとなり『他のロードスターオーナーさんと情報交換をしたい!』という思いが強くなり、広島県のロードスタークラブが開催しているミーティングにはじめて参加し、クラブに入会したそうだ。
しかし、今度は走行距離が35万kmに到達した頃に車内の振動がどんどん酷くなるという症状が出始め、足まわりをリフレッシュしても良くならならず、ここ10年間は月に1回のミーティングに無理をして参加するという難儀なカーライフが続いていたそうだ。
しかし、マツダがはじめたNAロードスターレストアサービスで供給がスタートした復刻パーツのブリヂストン製タイヤに交換したことと、デッドニングなどに使用される制振材をボディに施工したことで、乗り心地が改善して不快な振動も軽減。「1kmすら走らせたくない」と思っていた状態から、姫路で開催されるミーティングに参加できるほどまで回復したのだという。
「この症状が出始めた頃は、新型に買い替えたいと何度思ったことか…。それこそ、何とか修理したいと有識者を訪ねてみたり、初代ロードスターのYouTubeをひたすら見るようにしていました。じゃないと、もう手放してしまおうとしている自分がいたから」
あれだけ楽しいと思っていたロードスターのことを、そういう風に思う自分にも嫌気がさして、モヤモヤした日々を送る毎日が続いたという。そんなオーナーが、現在もオーナーでいるのは、考え方が変わったからだという。
「このクルマの魅力は何なのか? ということを考えた時、それは走りがすべてではないことに気付いたんです。初めて乗ったときの感動、僕と過ごしてきた毎日、泣いた日、怒った日、笑った日、その想い出を共有できる存在ということが大切なんじゃないかってね」
「僕が歳を取るように、ロードスターも歳を取ったんですよ。確かに、走行面にだけ着目すると昔の方が良かったかもしれないけど、一緒に過ごしてきた日々や、こいつの存在を考えると、自分にとって、どんどんかけがえのないものになっているんだなということに気付いたんです」
また、不調に苦しみもがいている時期に、タイヤ交換をしたり制振材を施工したりといった作業をすること自体も、愛車を所有し続けるためのモチベーション回復に繋がったと教えてくれた。
走行距離は、現在42万7483km。「あと何km走らせたいとか、何年乗り続けたいといった具体的な目標を持つとツラくなるので、あまり意識しないようにしています」いうオーナーさん。とはいえ、これからも可能な限り一緒に走っていきたいと、テールライトをそっと撫でていた。
(文: 矢田部明子 / 撮影: 西野キヨシ)
許可を得て取材を行っています
取材場所:秋吉台展望台(山口県美祢市秋芳町秋吉秋吉台)
取材協力:美祢市観光協会/秋吉台観光交流センター
[GAZOO編集部]
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