夢の区切りで心機一転。憧れだった『86』を購入し、自ら切り開いた別世界の風景と未来
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トヨタ・86(ZN6型)
JR、私鉄、地下鉄、バス、モノレールなど、公共交通機関が発達している東京は、どこへ行くにも困らない。タクシーも列をなしてロータリーに停まっているし、電車は数分間隔で駅に到着するから、1本乗り遅れても平気。だからこそ、上京してからクルマを手放す人が多いのだと筆者は思う。そんな人が大多数のなか、高校卒業後に上京し5年が経った23歳の冬、トヨタ・86(ZN6型)を購入したのが、今回ご紹介する『ワタル』さんだ。
「僕は、田んぼや山に囲まれた田舎で育ったんです。だから、このクルマに乗りはじめてから、東京には駐車料金が掛かるスーパーマーケットがあることを知ったし、運転免許を持っていない人がいるのって本当だったんだ! と驚愕しました」
ワタルさんの同級生は、軽トラを運転できる方が何かと便利だからと、マニュアル車の運転免許を取得する人がクラスの半数以上いたという。『エンスト続きで上手くなる気がしない』だの『半クラって何?』など、友達とワイワイやるのが面白くて教習所に通っていたと、当時を懐かしそうに振り返っていた。
そんなわけで、たまに聞く“若者のクルマ離れ”というワードは、どこか他人事だったという。ただ、実際に自分が東京に住んでみると、確かにここまで便利ならばクルマの必要性を感じない人もいるなと、納得したとも話していた。
では、なぜワタルさんは86を購入したのだろうか?それは、友人のBRZを運転したことがキッカケだという。
「自分でクルマを動かしている、走っているという感じがして、すごく楽しかったんです。あぁ、僕もほしい! 今乗らなくちゃ人生損する気がする! と、居ても立っても居られなくなって、お財布に余裕があるわけじゃなかったけど“何とかなるか”と、勢いで購入しました」
“住んでいる所の家賃が相場よりもかなり安いから大丈夫だ”という、謎の言い訳を自分にしながら中古車サイトを漁っていると、MT車で走行距離は少なめ、TRD製のダックテールにスポーツマフラー、スポーティなデザインのホイールが装着された、派手すぎないシンプルなカスタムの86が見つかったそうだ。さらにラッキーなことに、販売しているショップは隣県の神奈川ということで、これは運命に違いないと、迷うことなく引き取りに行ったそうだ。
「初めての愛車が嬉しくて、調子に乗って首都高を走ってみたんです。シフトを変える瞬間に“男のロマン”というのを感じましたね。これが今日から自分のクルマなんだと、ドキドキしました」
走行性能がどうだとか、そういうことを考える余裕はまったくなかったと笑っていた。それよりも、青春時代に読み漁った“頭文字D”にも登場していた、憧れのスポーツカーに乗っているというのも良かったそうだ。
昨日と大して変わっていないはずなのに、ぐんと大人になったような、新しい世界に一歩踏み込んだような、そんな高揚感に包まれたのだと嬉しそうに言っていた。
「クルマに詳しいわけではなかったけど、走ることは昔から大好きだったんです。東京に出てきても、レンタカーを借りて都内をグルグルしていたし、僕の周りには不思議とクルマ好きがいるんですよね。さっき話したBRZの友達はカフェのアルバイトで出会ったし、専門学校の友達には頭文字D好きが何人かいました。よくよく考えてみると父と母と弟もクルマ好きで、父はアリストのセダン、母はヴィッツに乗って、夫婦で良い音をさせていました(笑)」
『よく家族でドライブに出掛けていた』というのが大切にしたい思い出で、その懐かしい記憶をいつでも辿れるように、両親を彷彿とさせる良い音を奏でるマフラーは絶対に取り付けようと決めていたという。ただ、長旅をした際に、当初装着してあった社外スポーツマフラーだと余韻に浸れないほど大きい音だったため、現在は、控えめな音を奏でるGR製のマフラーに変えたということだ。
ちなみに、つい先月、お父様と弟さんが86を見にワタルさんの家に遊びに来ていたとのこと。とくに満足して帰ったのはお父様で、自分の愛車かの如く86を乗り倒していたと笑っていた。お父様は最近ハイブリット車に乗り換えたそうで、久しぶりのマニュアル車に色々思うところがあったのでは? とワタルさんは推測していた。
『今日は大黒に行こうか』と、弟を乗せて颯爽と駆け出したのを見て、少しは親孝行できたかな…と感じたそうだ。さらに、その噂を聞きつけたお母様から『次は、私が乗りたい』と連絡があり、二つ返事でOKしたということだった。
「家族が喜んでくれるというのも嬉しかったし、自分のクルマだからこそ、カスタムを楽しめるようになったというのも自慢したいです。だって、レンタカーではカスタマイズを楽しむことはできないですからね。マフラーを交換したくらいではカスタムとは呼べないかもしれないけど、でも、それでもやっぱり嬉しいです!!」
内装も自分で変えた箇所があるのだと、慣れた感じで運転席に座り教えてくれる。それは、某フリマサイトで購入したシフトパターンプレートで、一つ一つハンドメイドで作られている代物らしい。これなら人とはあまり被らずにオリジナリティを出せると思ったのだと、少し照れたような表情をした。
カスタムがどうこうよりも、言葉の節々がキラキラしていて、全力で86を楽しんでいるというのが伝わってくる。聞いていると、それが伝染して、こちらまでウキウキしてくるのだ。
「週末は友達とフラッと色々な場所へドライブするようになったので、走った距離は10ヵ月で7000kmを突破しました。近々の目標は、86で関西にある実家に帰ることと、福島県の磐梯吾妻スカイラインに行くことです。アメリカの荒野みたいなところがあって、そこに行って走ってみたいんですよね」
納車後初めて迎えたこの夏は、とにかく走りまくったという。長野県にあるビーナスライン、神奈川県の箱根ターンパイク、静岡県の伊豆スカイラインなど、仲間とワイワイしていたと青春の一ページを共有してくれた。中でも一番心に残っているのは、長野県の美ヶ原まで日の出を拝みに行ったことだそうだ。渋滞は避けたいという話になり、初めて深夜に家を出発し、夜の高速をひたすら走ったのだとか。
ハンドルを握っている時間はただただ楽しい時間で、パーキングエリアでの一服もまた一興なのだと語る。友達とは世間話もするが、話題は結局クルマの話で、途中で見かけたクルマについてや、ガソリン高騰に起因した節約話、次に行ってみたい場所やカスタム等々、そんな話題で盛り上がるそうだ。
「走っても走っても足りなくて、いつまでも運転していたいと思ってしまうのは、目的地に到着した時の達成感や、仲間との繋がりなど、お金では買えない幸福感を感じるからです。冗談抜きで、86に出会えて良かったと思うことばかりなんです。月並みな言葉かもしれないけど、人生が変わりました」
ワタルさんが86購入に踏み切った大きな理由は、上京してからずっと追いかけてきた夢に区切りを付けたからだそうだ。振り出しに戻ったその時に、自分のやってみたいことは何だろう? これからどうするかを改めて考え、まずは乗りたかったクルマを運転してみようという答えに辿り着いたのだという。
「不安もあったけど、あの時に一歩踏み出して良かったと思っています。じゃないと、クルマ雑誌の編集で働くという未来はなかっただろうから」
現在、ワタルさんはクルマ雑誌の編集として働いている。実際に働いてみると、いかにクルマに関する知識が浅かったかを痛感したと苦笑いしていた。好きだという理由だけで乗っていたクルマを編集の立場から観察すると、また違った面白さがあると生き生きしていた。
「86と一緒に、まだまだ走っていきたいと思います。悩んで立ち止まることも多いけど、色々なことに挑戦して、楽しんでいきます」
行きたい場所と、やりたいことは沢山あると話してくれたワタルさん。数年後、またインタビューしたいと思わせてくれるほどキラキラしていて、何より、楽しそうなカーライフを送っていた。
(文: 矢田部明子 / 撮影: 平野 陽)
※許可を得て取材を行っています
取材場所: 千葉みなと さんばしひろば(千葉県千葉市中央区中央港)
[GAZOO編集部]
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