現代に生存し続ける幻の特別仕様車 日産・バネットラルゴ『ウミボウズ』に込めたオーナーの想い

  • GAZOO愛車取材会の会場である西京極総合運動公園で取材した日産・バネットラルゴ ウミボウズ(Q-KUGNC22型)

    日産・バネットラルゴ ウミボウズ(Q-KUGNC22型)


1980年代後半から2000年代初頭、日産の特装車両を手掛けていたオーテックジャパン(現:日産モータースポーツ&カスタマイズ)は「クルマでアウトドアを快適にする」というコンセプトの元、さまざまなワンボックスカーをベースに、オフロード系のカスタマイズを施したユニークな特別仕様車を次々と発表。
バネットをベースにした『カッパ』やセレナベースの『キタキツネ』、キャラバンとホーミーベースの『フウライボウ』など、ユニークなネーミングが与えられた、これらの特別仕様車は、動物や妖怪、そしてファミリーを連想させるシリーズ展開で話題を呼んだ。
これらのクルマは、どれもバブル時代を感じさせる贅沢な仕上げで、その力の入れようも古き良き時代を感じさせてくれる逸品である。

今回の主人公となるのは、2代目バネットラルゴの特別仕様車『ウミボウズ』(Q-KUGNC22型)。
スーパーサルーンをベースに、今ではなかなか見ることができないカンガルーバーや、大型ハロゲンフォグランプなどを装備。爽やかな印象のボディカラーは、真っ青な空のスカイブルーと、エメラルドグリーンの海、そして砂浜を連想さえるホワイトという配色で“マリンスポーツ”が強く意識されたものだ。そしてボディサイド後方には、キャッチーな『ウミボウズ』のキャラクターが添えられるという、まさに見ただけで胸が躍るリゾート仕様という出で立ちである。

時代を先取りしていたとも言えるウミボウズ。令和となった今では、街中はもちろん旧車イベントでも見かけることはほぼ皆無というほど希少な存在。そんな特別仕様車に乗るオーナーのクルマ遍歴は、まさにバラエティに富んでいた。

物心付いた頃からクルマが好きだったという『masa』さん。18歳で運転免許を取得し、初めての愛車に選んだのは、角張ったスタイルに惚れ込んだという日産・ローレル。その後、興味の対象はワンボックス車へと移っていく。

キャラバン・フウライボウとの出会いはまさに運命的だったという。グリルガードや大型フォグランプなど、アウトドア感満載の装備に心を奪われ、7年間乗り続けるほど気に入っていたそうだ。フウライボウでは、会社の仲間と長野へのスキー旅行に出掛けるなど、たくさんの楽しい思い出を作ることができたという。

続いて乗り換えたのは、子育て真っ只中の時期に最適な選択を、ということで選ばれたハイエースのリビングサルーン。広々とした車内で、家族とのレジャーや旅行に活躍してくれたそうだ。しかし、やがて子供が成長し、クラブ活動や学業が忙しくなり、予定が合わなくなってくると次第にその役目を終えていく。

その間にも、masaさんのクルマ遍歴は続く。『ひとと被りたくない』という強い思いがあったそうで、スバル360やアルシオーネ2.7 VXといった個性的な国産車を渡り歩き、初代セルシオ、そして輸入車のメルセデス・ベンツにも触手を伸ばした。

「この『ウミボウズ』は、2019年にインターネットの中古車サイトで見つけたんです。岐阜県・大垣市の中古車店で売りに出されていたんですよ。居ても立っても居られないくらいに欲しくなって、ローンが通ったので、現車確認もせずに購入を決めました」と、当時を振り返る。
実は当時、masaさんはキャンピングカーも所有していたものの、マイクロバスベースだったため維持費がかさむため乗り換えを検討していたそうで、再び過去の思い出を手繰るように『フウライボウ』を探してみるも、なかなか見つからなかったという。そして、そんなときに出会ったのがこのウミボウズだったという。

納車されて初めてその個体を見た瞬間、そのコンディションの良さに『これは当たりだ!』と確信したという。なぜなら、ウミボウズのキャラクターをあしらったボディサイドのステッカーもまったく剥がれずに残っていたから。
ボディの中央付近で塗り分けられる、凝ったデザインが一番のお気に入り。その大胆なカラーリングは、まさにバブル絶頂期の風情を感じさせてくれる。

そうしてmasaさんの元へとやってきたバネットラルゴベースの『ウミボウズ』。
納車時の走行距離は5.8万kmという出モノで、昭和の趣を感じさせる内装もオリジナルのまま。ツートンカラーの専用シートや『ENJOY YOUR OUTDOOR LIFE』のメッセージが入ったフロアマットエンブレムも当時のまま残っていたという。

エンジンは、直列4気筒2000ccディーゼルターボのLD20T型を搭載するが、最高出力は79㎰。今のクルマと比べると驚くほど非力で、登り坂は苦手。平坦の道を走る分には問題はないそうだが、それでも荷物を満載しているとなかなか加速してくれないという。しかし、フルタイム4WDが採用されており、いざとなれば悪路も突き進める。

当時のワンボックスは、多彩なシートアレンジも魅力だった。ウミボウズはシートを回転させて対座状態にできるほか、2列目の左側シートをテーブル代わりにすることも可能。フルフラットにもなるので車中泊もこなせてしまう。
明るい日差しが差し込むパノラマルーフや、シャンデリア風の室内灯が装備されるなど、そのゴージャスな作りも特徴的だ。

オリジナルにこだわってきたmasaさんだが、譲れなかった装備は当時の自身の思い出が詰まった、アルパイン製のカセットデッキであった。
その下には同じくアルパイン製の3連CDチェンジャーをネットオークションで購入して装着している。
ただ、こちらはジャンク品であったため、一か八かでの購入してみたものの、やはり動作しなかった…ただ、それすら愛嬌と受け止め、取り外さずにそのまま残しているという。
よって現在は、カセットテープに録音したB'zやTM NETWORKなど、青春時代の音楽を聴きながらのドライブを楽しんでいるそうだ。

普段乗りのクルマは別に所有してるため、現在ウミボウズはイベント用となっており、納車されてからすでに約6年が経過したが走行距離は5000kmほどしか伸びていない。「あまりにコンディションが良いので、もったいなくて乗れない」というのが実情のようだ。
年式が古く、雨漏りが怖いためパノラマルーフを開けるのは年に一度あるかないか。普段はボディカバーをかけて大切に保管されているという。

そんなウミボウズだが、大阪で行われている『昭和レトロカー万博』に出掛けるのは毎年の恒例行事。仕事のスケジュールをうまく調整して参加するなど、このイベントには特別な思い入れがあるという。
そしてそこには、クルマ好きの遺伝子を引き継いだ息子さんも同行。BMWが好きという息子さんと一緒に会場を歩きながら、旧車を愛する世代を超えた仲間たちとの交流が広がっていく。

イベント会場ではよく『デリカですか?』と間違えられるが、「違います、ラルゴですよ」と訂正することも多いのだとか。
毎年のように昭和レトロカー万博に出向いているのは、懐かしさを感じさせる展示車両だけが目的ではない。このクルマを通じて得られた人との繋がりは、特別なものになっているという。

「イベントやオフ会ではクルマのことをいろいろ聞かれます。答えているうちに、この時代はこうだったよねとか、自然に盛り上がってしまいますね。例えばウミボウズのステッカー。じつは年式が新しくなると、描かれるウミボウズの数が増えているんです。初期モデルでは1匹だったのが、途中から2匹のカップルになり、最終仕様では3匹になっているんです。恐らく、奥さんができて、子供が産まれたというストーリーなんでしょうね」と、masaさん。
取材班もそうした話を聞いて『わ~! そうだったんだ〜』と多いに盛り上がった。

そうした作り手の遊び心のある演出も、マニア心をくすぐるオーテックジャパンの特別仕様車。実は以前から狙っていた、ホーミーベースのフウライボウもたまたま手に入ったため、現在はオーテック仕様の2台持ちという状態だという。

新たに手に入れたフウライボウは、劣化も進んでいたがオールペンに着手するなど、レストア作業に取り掛かっている最中だという。すでに欠品となっているフウライボウのステッカーは、当時の写真を元に再現を目論むなど、復活に向けて熱が入る。
「ウミボウズとフウライボウの2台とも維持したいのは山々なのですが、さすがに厳しいので、このウミボウズは近々手放す予定です」とのこと。

ウミボウズとフウライボウ。奇跡的なめぐり逢いを果たした特別仕様の2台は、masaさんにとってただの移動手段ではなく、時代をともに駆け抜けた大切な相棒だったに違いない。“手放す”という決断に、名残惜しさと愛着が入り混じるが、次なる誰かの手に渡り、また新たな物語が紡がれていくことを願っている。

(文: 石川大輔 / 撮影: 清水良太郎)

※許可を得て取材を行っています
取材場所:西京極総合運動公園 (京都府京都市右京区西京極新明町32)

[GAZOO編集部]