どこに行くにもコイツと一緒! イベントに通い続けて叶ったAZ-1とのカーライフ

  • GAZOO愛車取材会の会場である島根大学 松江キャンパスで取材したマツダ・オートザムAZ-1

    マツダ・オートザムAZ-1


島根にある実家への帰省を兼ねて、広島から真っ赤なAZ-1で撮影会に参加してくれた『はるすけ』さん。クルマ好きになったのは「子供の頃は、幼児向け番組の替わりにベストモータリングのビデオを見せられていた」という、父親からの影響によるものだったと語る。

「グズってる時も、ベストモータリングを見ると泣き止むような、変な子供だったみたいです(笑)。そんな家庭で育ったので、愛車探しを始めた時も、おのずとスポーツカーが候補となりました。最初の候補はロードスター(NCEC型)。ただ、僕が欲しかったのはNCの2型に設定されていた『サンフラワーイエロー』のボディカラーで、その生産台数の少なさから、なかなか適当な物件を見つけられない日々が続きました」

「サンフラワーイエローのロードスターを探している間、他のクルマを色々と調べていくうちに、年代がどんどん遡り始めて、旧いマツダ車が気になってきたんです。マツダの販売チャンネルが『マツダ』『アンフィニ』『ユーノス』『オートザム』『オートラマ』という5つもあった時代のクルマ達ですね。結果、最終的な候補にはNCロードスターを筆頭に、プレッソ、AZ-1の3台が候補に挙がりました」

とはいえ、プレッソはイエローのNCロードスター以上に物件数が少なく、ターゲットはおのずとAZ-1に絞られていくことに。この動きを後押ししたのは、とある人物との出会いも関係していた。

「SNSに『AZ-1、欲しいな〜』って、ずっと呟いていたら『相談に乗るよ』という反応がありました。その人は過去にこの愛車広場にも登場した広島のAZ-1乗りの『くぼっち』さん。SNSで何度かやり取りをした後、福岡に良さそうな物件があるので、一緒に見に行きませんか? と、お互いまだ会ったこともない中で、トントン拍子に話が進みました」

  • (写真提供:ご本人さま)

初対面ながらAZ-1というキーワードのおかげで、すっかり意気投合した二人はその後、実際に福岡へ。その際には、AZ-1仲間からの情報を集めたチェックリストを持参していった。

そこで目にした物件は、くぼっちさんの言葉通り素晴らしい状態ではあったが、プライスボードに掲げられていた数字は社会人デビューしたばかりのはるすけさんにはあまりにも荷が重過ぎるものだった。

  • (写真提供:ご本人さま)

「クルマを見に行ったのは、就職で広島に出てきて一週間目でした。親からも、働き始めたばかりで高価なスポーツカーを欲しがるなんて! と、しこたま怒られました。まァ、確かに今思い返せば、ちょっとアツくなり過ぎていたのかなという気もします。そんな出来事もあって、結局初めての愛車には知り合いから紹介されたロードスター(NB型)がやってくることになりました」

運転免許取りたてのクルマ好きにとって、マニュアルミッション、FRレイアウト、オープンボディという十分過ぎるほどのエンタメ要素を兼ね備えたロードスターは良き相棒に。
しかし、頭の中からAZ-1への想いが消えることはなく、ABC+S(AZ-1、BEAT、Cappuccino、CARA、COPEN、S660)ミーティングや、AZ-1の生産工場であった広島のキーレックスでのイベントなど、AZ-1が集まる場には積極的に足を運び、裏方スタッフとして奮闘。『今はAZ-1を持っていないけど、頑張ってお金を貯めていつかは自分も愛車に!』と思う日々を過ごしていた。

ところが、AZ-1の購入資金を貯めるために手に入れたロードスターだったはずが、車体下周りの腐食やラジエターのパンク、ブレーキの片効きなどマイナートラブルが頻発。そのたびに修理費用が必要となり、貯金どころではない状態が続くことに…。

「初めての愛車で結構気に入っていたし、走行26万kmの20年落ちクルマだから多少のトラブルは仕方がないと思っていました。けれどある時、所有して一年半の間に支払ってきた修理代を計算したところ、車体の購入金額を大きく超えていることに気付きました。そこで“これだけお金が掛かるならAZ-1に乗れるじゃん”と思い立ち、もう一度探してみようということになりました」

若干の回り道の末、再び動き始めたAZ-1購入作戦。しかも、待てば海路の日和あり。実車を所有していないにも関わらず、AZ-1イベントの会場に度々足を運んでいたことで、いつしか同車のオーナー達の間でも知られる存在となり、ある時、その中の一人から声を掛けられる。

「『自分は高齢になってきたので、そろそろAZ-1を手放そうと思ってる。はるすけ君、どうかな?』というお話を頂きました。あまりに唐突だったし、今まで欲しい欲しいと言いながらも実際にAZ-1を運転したことがなかったので二の足を踏んでいると、その方の友人のAZ-1を運転させていただけることになりました。実際に走らせてみたところ、思った以上に普通に運転することができたので、この機会を逃す手はないと、購入を決断しました」

  • (写真提供:ご本人さま)

こうして、晴れてAZ-1オーナーの一員となったはるすけさん。譲り受けた個体はガレージ保管、雨天未使用という状態の良さだったが、数箇所に経年劣化の症状が見受けられたため、リフレッシュを行うことに。それとともに『ラリーカー』をテーマとした自分流のモディファイも開始した。

足まわりは純正スプリングに強化ブッシュを組み込み、あえてノーマルより若干高めの車高に設定。クラックが入っていたM2-1015仕様のリヤウイングは、トランクと一体型のマッドハウス製のダックテールに変更。リヤパネルも同社の製品でワンテール化されるなど、友人の手を借りつつできる部分はDIYで作業を行い、印象を一新。内装もモトリタ製ステアリングやフルバケットシートなどが装着されている。

「購入してまだ一年チョイで、乗るのは週末メインという使い方ながらも2万km以上走りました。東京にも2回、推し活に出掛けたし、2回目の時には、せっかく関東方面に行くならと、静岡で途中下車して山中湖を周って富士山をバックに写真を撮ったり、大黒埠頭では日頃SNSだけのやり取りだった仲間の皆さんとお会いして、広島ナンバーということで思いっきり驚かれたり(笑)」と、念願のAZ-1ライフを満喫している様子だ。

「見ている側には、狭苦しくて大変そうに思われるかも知れませんが、正直、NBロードスターで富士スピードウエイのマツダファンフェスタに行った時よりもずっと楽。トラブルへの対処もNBで慣れていたし、困った時には周りの皆さんが情報を教えてくれるから安心です。今があるのは実車を持ってなくてもメゲずにイベントに通い続けたからだと、つくづく思いますネ」
不思議なことに、カスタマイズへのこだわりはかなりのマニアック路線ながら、はるすけさんとAZ-1との間合いは実にナチュラル。ガルウイング式のドアを開け、バケットシートに乗り込む姿や、何気なく車体の脇に佇む姿にはどこか飼い主と従順なペットとの関係性にも似た、ほのぼのとした空気感を漂わせていた。

「今日は里帰り用の荷物を満載して来ましたし、冬場にはスタッドレスタイヤに履き替えて雪道を走ったり、どこに行くにもこのクルマと一緒です。自分じゃ意識したことないけど、周りからも“しっくり馴染んでる”って言われることがあります」

「外観で一番気に入っているトコロですか? やっぱり戦闘機のキャノピー風のキャビン形状かな。個人的にはドアを開けた状態より、閉じている状態の方が好きなんです。極論、ドアは横開きでも良いと思ってるくらいですし。あれ? 僕、やっぱり変わってますかね?」

現在の総走行距離は約12万kmとなっているが、このままのペースで走り続けると15万kmを突破するのは時間の問題で、その際にはエンジンのオーバーホールも行いたいと語るはるすけさん。独自の個性に満ちあふれた23歳のAZ-1ライフは、まだまだ始まったばかりだ。

(文: 高橋陽介 / 撮影: 平野 陽)

※許可を得て取材を行っています
取材場所:島根大学 松江キャンパス(島根県松江市西川津町1060)

[GAZOO編集部]