500台限定の希少車エアロキャビンを通算4台も所有したソアラマニア
2011年3月11日の午後2時46分に発生した東日本大震災。日本周辺における観測史上最大の地震により発生した津波の高さは最大で10m以上となり、東北地方の太平洋側に甚大な被害を及ぼした。報道資料によると岩手、宮城、福島の3県で津波による被害を受けたクルマの数は23万6000台以上とのことだが、ここで紹介するオーナーの愛車もそのうちの1台だったという。
「流されてしまったのは、これとは別のソアラエアロキャビン(MZ20型)でした。地震発生時には自宅に駐車していたのですが、津波にさらわれ1、2km先まで流されてしまいました。もちろん全損です。大切に乗ってきたクルマですから残念でしたが、それよりもまず家族や自宅、地域の復興が最優先でしたし、自分としてはもうソアラには乗れないと諦めていました」
「しかし、よほど寂しそうな顔をしていたんでしょうかね。震災から1年経った頃に家族が『そろそろソアラを買ったら?』と背中を押してくれたんです。そこで手に入れたのがこのエアロキャビンです。震災直後に千葉県のコレクターさんが『状況が落ち着いて、欲しくなったら言ってね』と声をかけてくれていたので、このタイミングで連絡をして譲ってもらうことにしました」と、購入までの経緯を振り返ってくれた。
正式車名はトヨタソアラ3.0GTエアロキャビン。ソアラの2代目となる#Z20系は、昨今の旧車ブームの中でもとくに人気の高いモデルだが、その中でもエアロキャビンは超がつくほどのレアモデルで、1989年にわずか500台限定で販売されたもの。
そんな希少車にも関わらず、「実はこのエアロキャビンで4台目なんです」というから驚いてしまう。それほどまでにオーナーがエアロキャビンにこだわり続ける理由はなんなのだろう。
「中学生の時に校舎から見えた、パールホワイトのMZ21がソアラを好きになったきっかけなんです。小さい時からクルマが好きで、中学校でも先輩とクルマの話で盛り上がっていたのですが、クーペの美しいスタイルと2トーンのカラーがカッコ良いと感じました。しかし免許を取って最初に乗ったのは親のお下がりのホンダ・シティ。その後はR33スカイラインやインスパイア、S-MXを乗り継ぎましたが、父の影響でホンダ車が多かったんです。そんな時にたまたま中古車店で見つけたのが19万円のエアロキャビンでした」
「もともとソアラは好きでしたが『光のページェント(仙台市街のイルミネーションイベント)をオープンで走ったら気持ちいいかも』という安易な理由がきっかけで、格安なので即決で購入しました。この1台目のエアロキャビンは2、3年でサビでボロボロになってしまったため、買い替えたのが津波で流されてしまった2台目。3台目と4台目は千葉のコレクターさんが『2台持っていけ!』ということで譲ってもらったものですが、3台目はかなりチューニングされていたので、この4台目を残して手放しました」
というわけで、ここからはイベント等でも滅多にお目にかかれないMZ20ソアラ3.0GTエアロキャビンの細部までを拝見していくことにしたい。
「ソアラエアロキャビンは3リッターのDOHC直列6気筒ターボの7M-GTEエンジンを搭載するトップグレードの3.0GTをベースに、世界初の電動開閉式メタルトップルーフを備えているのが最大の特徴です。そのための変更点が大きなルーフとリヤウインドウを格納するスペースを確保するために2シーター化されていて、クルマを横から見るとCピラーが前進してリヤセクションが延長されたスタイルになっています。そのほか外観の変更点はルーフの前端が膨らんだ形状や、ベース車ではオプション設定のLEDストップランプ内蔵のリヤスポイラーを標準装備、アンテナがロッド式になっている点などですね」
もちろん電動ルーフは今もしっかりと作動。センターコンソールのスイッチを押すと、『ビービー』という警告ブザー音を発しながら、大きなルーフがゆっくりと後方に収まっていった。ちなみにオープン時にもルーフのフレームとCピラーがそのまま残るスタイルも、エアロキャビンならではの特徴だ。
そしてこのエアロキャビンで、注目すべきはマニュアルシフトのシフトレバー。エアロキャビンは確か4速ATのみの設定だったはずだが…。
「そうなんです。5速MT化は前オーナーによるもので、シフトゲートも含めて3.0GT用のものに換装。併せてトルセン式LSDも装着されています」
「また細かなところではメーターパネルもMT仕様になっています。AT仕様ではシフトポジションインジケーターの部分が、MT仕様はブースト計になっているんです。そのほか本革仕様の電動シートは、エアロキャビンの特別装備品。廃止された後席部分はラゲッジスペースになっていて、運転席後方のケース内には12連装CDチェンジャーが収まっています。さらにバックパネル部にはサブウーファーが装着され、オーディオも充実しているんですよ」
聞けばエアロキャビンは貴重な限定車にも関わらず、その使い勝手からあまり人気は高くなく、かなりの台数が部品取り車になったとか。そんなクルマを維持し続けていくには、相当な苦労があるはずだ。
「ソアラに限らず旧車に共通の悩みは純正部品の調達ですが、私の場合は2台目の時から少しずつ集めていたパーツのストックがあります。もちろんそれでは十分でなく、過去にはトランクのヒンジが壊れてしまいましたが、メーカーが対応して作ってくれたのは嬉しかったですね。他にも県内にあるソアラマニアの中古車店や電装屋、鈑金屋などが、困った時に助けてくれるのもありがたいです。エアロキャビンはイベントやミーティング参加のみで年間の走行距離は1000kmくらいですが、走行後には毎回ジャッキアップして下まわりまで2、3時間かけて洗車し、人間より立派な毛布を5枚かけてガレージ保管しています」とのこと。ここまで大切に扱われれば、エアロキャビンも幸せなはずだ。
こうしてクルマ人生の大半を、合計4台のソアラエアロキャビンと過ごしてきたオーナー。2024年現在、48歳ということでまだまだ気が早い話だが、このクルマを今後どうしていきたいのかを伺ってみた。
「なんといっても楽しいのはオープン時のエンジン音や風切り音で、これはエアロキャビンでしか味わえない大きな魅力です。震災で一度は諦めかけましたが、仲間たちのお陰でこうしてまた乗れるようになりましたから、もちろん今後も長く維持していくつもりです」とのこと。将来的には現在高校1年生の娘さんが『私が乗る』と後継者として立候補しているが…。
「大変だからやめておけと言っているんですけどね」と言いながら、ちょっと嬉しそうなオーナーの笑顔が印象的だった。
(文: 川崎英俊 / 撮影: 堤 晋一)
※許可を得て取材を行っています
取材場所:鮎川浜山鳥渡し駐車場 (宮城県石巻市鮎川浜)
[GAZOO編集部]
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