「ベンコラ最高!」数十年の眠りから自力で復活させたクラウンと28歳のナチュラルな関係
2024年現在、ラインアップされているモデルの中で、同一車名で最も長く生産されているのがランドクルーザーで、1951年から現在まで73年もの歴史を誇る。そして、その次に長いのがクラウン。1955年から69年間という歴史を有する日本を代表する乗用車である。
そんなクラウンの6代目として、1979年にデビューしたのがS110系だ。現在まで16代続く歴代クラウンの中で、最もカクカクしたエクステリアデザインであり、そのカクカクしたボディに合わせられた、当時としては威圧感の強いフロントマスクから『鬼クラ』の愛称で、特に80年代後半〜90年代に掛けて、中古車となった鬼クラを自分流にカスタマイズする若年層からも人気があったモデルとなる。
1970年代に自動車業界に掛かっていた暗雲である、排気ガス規制やオイルショックを各自動車メーカーの技術開発によりどうにか乗り越え、ようやく当時の自動車本来の魅力となるエンジンのパワーや走りの良さに開発力を注入できるようになってきた1980年前後。この頃から各メーカーが魅力的な新型車をマーケットに送り込み、活況を呈するようになった。
日本車のフラッグシップ的存在とも言えるクラウンも、この6代目で次々と高性能なエンジンが投入されている。2.8ℓの5M-EU(SOHC)、5M-GEU(DOHC)、さらには2リッターターボのM-TEUがそれで、80年代の日本車に於けるパワーウォーズの幕開けを感じさせるものであった。
そんな6代目クラウンで、今回の撮影会に参加していたのが『ろんゲ』さん。1979年式ということなので、6代目がデビューした直後の個体となる。グレードは2.8リッターのロイヤルサルーンだ。現在28歳というろんゲさんにとって、このクラウンは当然、生まれるよりもずっと昔のモデルとなる。
手に入れたエピソードを伺うと「1年ぐらい前に、知り合いの鈑金屋さんの駐車場に止めてあった20ソアラをボーっと眺めてたんです。そしたら鈑金屋さんが『欲しいんか?』って聞いてきたんで『欲しいけど、どうせなら倉庫にあるクラウン欲しいわ』と返したら『乗れよ』って言ってくれて、乗ることになったんです」
話を進める前に、ろんゲさんと鈑金屋さんの関係を説明しておく必要があるだろう。
「今、510ブルーバードのレストアをやっていて、その鈑金屋さんに510を置かせてもらって、自分で作業しているんです」という、そんな間柄だそうだ。
つまり店と客という関係ではなく、仲間とか身内的な関係。だからクラウンも、売るとか買うという話ではなく「このまま寝かしておくより、お前が乗ってる方がクラウンにとってもいい」的な感じだった話のようである。
旧車に乗る多くのオーナーは、そのクルマに何らかの想い出や、思い入れ、こだわりがあって、そのクルマを探し出して乗り始めることが多い。しかし、ろんゲさんの場合、特にそういったものはなく、上記のようにノリで乗ることになったようだ。
「旧車に興味はあります」というろんゲさん。興味を持つようになったキッカケを伺うと「親父の影響かな?」という。かと言って、お父上が旧車を楽しんでいるというわけではなく「子供のころ、親父はY60系のサファリに乗っていたんです。当時は別に旧車っていうワケじゃなかったけど、僕の中では一番印象に残っているクルマですね」
どういうところが印象的なのかを聞くと「デカくて、うるさいところ?」だそうである。子供の頃のろんゲさんに、強い印象を残したのがサファリと同じ世代のクルマということで、現在では旧車というジャンルにカテゴライズされる世代のクルマ全般に興味を持つようになったようだ。
そんなろんゲさんだから、特に6代目クラウンに思い入れがあったというワケではなく「ロイヤルサルーンのベンコラじゃなかったら、乗ろうなんて思わんかった」というように、何が何でも乗りたいクルマではなかったようす。
ちなみに説明の必要もないと思うが「ベンコラ」とは、ベンチシートとコラムシフトの通称で、現代ではあまり設定されなくなった、旧車ならではのシート設定のこと。そこに魅力を見出して、この6代目クラウンに乗ってみようとなったようだ。
ろんゲさんが乗ることになったクラウンだが、鈑金屋さんの倉庫で長期間眠っていた車両である。もちろんすぐに乗ることができる状態というワケではなかった。当然、エンジンも掛からない。
乗り出すまで、どんな作業を行なったのかを伺うと「燃料タンクを洗ったり、燃料ポンプと燃料フィルターを交換したり、あとはラジエーターとかの水回りに手を入れただけでエンジンは掛かるようになったので、今年の6月に登録して乗りはじめました」とのこと。再始動したエンジンは、特に不具合もなく快調だったそうだ。
「あと、ブレーキがグジュグジュになっていたんで、マスターシリンダーとキャリパーはオーバーホールしてます。車体自体は程度も良かったから、最低限のメンテナンスだけで走れるようになりましたね」
もちろん他にも細々としたメンテナンスは行なっているに違いないが、比較的あっさりと、公道復帰を果たすことができたようである。
乗ってみての印象を伺うと、「調子は良いですよ。2.8リッターのエンジンに不満はないです。まぁ速くはないですけど(笑)。あとやっぱりベンコラが最高ですね。乗り心地もいいし。これがフロアシフトのセパレートシートだったら、間違いなく乗っていなかったですね」
やはりろんゲさんにとって『ベンコラ』はこだわりのアイテムのようである。
2.8リッターエンジンを搭載する、3ナンバー専用の大型のバンパーが誇らしげなボディは、工場出荷時のままの純正ペイントのまま。今回のイベントに参加するために1日掛かりで磨き上げてきたそうだが、元の状態が良くなければ、ここまでビジッと輝いてはくれないだろう。
ほぼオリジナルの状態を保っているが、ホイールはメッキタイプに変更し、それにネットオークションで手に入れたというクラウンのエンブレムが組み合わされたセンターキャップを組み合わせ、少しだけドレスアップ。
インテリアも、お気に入りの『ベンコラ』に似合うデザインとなる、ムーンアイズのステアリングを組み合わせる以外はオリジナルのまま。ボディ同様に、シートや内張りなどは擦れや破れなどもなく、当時の国産高級車の最高峰、クラウンらしい豪華な雰囲気を醸し出している。
「このポピー、当時モノなんです」とろんゲさんが、リヤウインドウ越しに見える、リヤパーセルシェルフに置かれた芳香剤を指差した。鈑金屋さんの倉庫に眠っている時から、ここにずっと置かれていたんそうだ。
『クルマにポピ~🎵』というTVCMが昭和の時代には流れていて、当時は誰もが知る有名な芳香剤のひとつであった。昨今の昭和レトロブームで、このポピーも一部の若い世代で人気のようなので、当時モノのボトルとなると価値があるのだ。
「ポピーの他に、冷蔵庫の中には、当時から入れっぱなしになっていた缶ビールも入っていました」
冷蔵庫とは何か? と、ろんゲさんに聞くと、パーセルシェルフ中央にある蓋を指差して「ここが冷蔵庫になっていたみたいです。残念ながら冷媒が繋がる配管が切られちゃってたので、今は機能しなくなってますけどね。その中に当時のサッポロビールが未開封のまま入っていたんですよ」
ポピーにしろ、缶ビールにしろ、このクラウンがどれだけ長い間、眠りについていたのかを計り知れるアイテムでもある。
そんなクラウンを目覚めさせ、普段乗りにも使っているというろんゲさん。不満なところはないかと伺うと「エアコンが壊れて効かないことですね。だから夏は乗れなくて、実家の倉庫に毛布を掛けてしまってます」という。
重整備もサクサクっとこなしてしまうろんゲさんのことだから、いずれエアコンも修理して、いつでも気分よく乗れる状態に仕上げてしまうことであろう。
(文: 坪内英樹 / 撮影: 平野 陽)
※許可を得て取材を行っています
取材場所:片男波海水浴場(和歌山県和歌山市和歌浦南3丁目1740)
[GAZOO編集部]
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