【第一回 車中泊避難に潜む危険】災害時の車中泊で3割に血栓発生の可能性 ~他人事ではないエコノミークラス症候群~
1.災害で広がる災害時の車中泊とエコノミークラス症候群の発生
“エコノミークラス症候群”という病をご存知かと思います。飛行機での長時間の旅行の時に、狭いエコノミークラスの座席に座っていることで発症する病、と理解している方が多いかと思います。それはある意味正解ですが、飛行機による旅行に限ったものではありません。長距離バスや、自動車の長時間運転でも発症するものなのです。
さらに大きな問題となっているのが、災害時の車中泊での発症なのです。新潟県中越地震後では車中泊された方の内、約3割が発症していたことがわかっています。このことについて実はこれまであまり知られていないがために、肺塞栓症を発症される方が多くおられました。
そこで、ここでは、3回にわたってその事実と災害時の車中泊の危険性をよく知っていただき、自分たちができる具体的な対策についてお伝えしていきます。ついては災害の現場で多くの関連死を調査してきた第一人者である、新潟大学大学院 先進血管病・塞栓症治療・予防講座特任教授、医学博士の榛沢和彦(はんざわ・かずひこ)氏にお話を伺いました。
みんなが知ることによって、少しでも多くの方の発症を防ぎたい。そんな想いで、今回、ガズー編集部はこのテーマを取り上げました。読者の皆様には、是非このことを知って、ご家族、友人・知人、できるだけ多くの方に伝えていただきたいです。この記事が少しでも一助となれば幸いです。
災害時の車中泊避難がもたらす関連死とは?
地震や津波など災害時の避難にあたって、車中泊避難という形が増えています。これは避難所の満床化や冷暖房問題であったり、また子供同伴やペットとの避難に気を遣ってしまうことから、車中を選ぶ方が少なくないといいます。加えて、震災などによって自宅が倒壊、あるいはその後の余震による倒壊が想定される状態となった場合に、駐車場の車の中に避難することが安全と考えた、という例も少なくないそうです。
また熊本地震での熊本県の被災された方2,297人へのアンケートでは1,568人が自動車の中での避難をしたと答えています。これは複数回答ですが、全体の約7割の方が1度は経験したことを意味しています。
さらに現在のコロナ禍にあっては、ソーシャルディスタンスを取るための分散避難の一つとして選択せざるを得ない場合もあるようです。
一方で、災害時の避難では、直接の災害からの被害ではなく、避難所などで生じる関連死といった問題が注目されているのをご存知でしょうか。
関連死については、災害の死亡者数合計に対する関連死の割合が公表されています。
<災害の死亡者数合計※に対する関連死の割合>
阪神・淡路大震災(1995/兵庫県調査)・・・14.3%
新潟県中越地震(2004/消防庁調査)・・・76.5%
新潟県中越沖地震(2007/新潟県調査)・・・6.7%
東日本大震災(2011/復興庁調査)・・・16.7%
熊本地震(2016/内閣府調査)・・・78.4%
※行方不明者数を含む
その割合を見ていくと、被害が大きかった阪神淡路や東日本といった大震災や、これらを総合した平成の大きな災害の合計で見ると、死者数に対する関連死の割合は17%程度となります。実際の災害とは直接関係のないところでの死者数が、2割近くあるということです。さらに新潟県中越地震や熊本地震では8割程度と、お亡くなりになった方の大半が関連死となっています。
関連死の中で見逃せない車中泊からの死亡例
関連死の認定例としては、持病の悪化や初期治療の遅れ(病院の機能停止によるもの)、ストレスによる肉体・精神的疲労、避難所等における生活の肉体・精神的疲労、復旧作業の過労、また疲労を原因とする事故、自殺などが挙げられます。
加えて、車中泊が原因となって起こるエコノミークラス症候群(肺塞栓症)も、関連死の原因とされています。例えば榛沢先生の調査では、中越地震発生から14日までの調査(県内100床以上の病院対象)では、車中泊者に14件の肺塞栓症での入院が確認され、そのうち7人つまり半数の死亡が確認されたとのことです。
2.エコノミークラス症候群とは何?
長時間足を動かさないことでふくらはぎに血栓が発生
エコノミークラス症候群とは(正式名:静脈血栓塞栓症)、静脈血管の中にできた血栓(=粘度の高い血のかたまり)が肺の動脈にまで流れてきて詰まり、肺の機能が大きく阻害されることをいいます。その血栓がもっとも発生しやすいのは、足のふくらはぎの静脈だというのです。
なぜ肺から遠いふくらはぎでなぜそんなことが起こるのかというと、人間の体は心臓が血液を体の隅々に送り循環させているのですが、心臓のポンプだけだと円滑には回らないのです。そのために、足のふくらはぎにポンプ状の機能があるのです。
ふくらはぎは第二の心臓と呼ばれていて、心臓から遠い足先の血液を心臓に送り返す役割を持っています。足先に溜まった血液は心臓から遠く、成人では心臓より1mも低い位置にあるので血流を戻していくには大変な場所なのです。
そこでふくらはぎの後ろ側にある静脈には弁の機能があり、足を動かす=筋肉を動かすと血管が収縮〜弛緩(しかん)を繰り返して、心臓に血を戻すためのポンプの役割を果たしてくれるのです。つまり、歩くことによって静脈の血流をうまく流してくれるという、素晴らしいメカニズムになっているのです。
エコノミークラス症候群は、ふくらはぎが心臓の位置より低く、長時間足を動かさずにじっとしていることによって、血栓ができやすくなることが原因となります。特に、長時間座っていることで起きやすくなります。この症状が初めて発見された時には、航空機のエコノミークラスに乗っていた人から多く見られたことから、わかりやすくこの名前がついたということです。特に窓側や中央席など、通路に出ることをためらわれる席に座った人の発症が多いとされ、実際にはビジネスクラスでもファーストクラスでも起こっている症状とのことです。
これらの要因は、19世紀にすでに血栓ができる3条件として病理学の常識とされていました。3条件とは 1)血液の流れが悪くなること 2)血液が固まりやすくなること 3)血管が損傷されること が挙げられていました。これは、災害時の車中泊で陥りやすい状況に、とてもあてはまりやすいと言えます。車のシートに座っていることは、血液の流れが悪くなること。トイレの不足から水分摂取を我慢してしまうことが、血液中の脱水となり血液が固まりやすい状態になること。さらに避難時に足を怪我する、あるいは3時間以上座りっぱなしの状態では、ふくらはぎの中の静脈が拡大し血管が引っ張られるので、これらも血管が損傷されることにあたります。
また榛沢先生によれば、新潟県中越地震だけでなく東日本大震災でも車中泊者に対する調査で、うち3割に足の静脈に血栓(エコノミークラス症候群の発症原因)が見られたとのことです。冒頭の災害時に車中泊を選んだアンケート結果からこの割合を考えると、とても怖いですね。
<血栓発生の条件がそろってしまいやすい車中泊避難>
血栓ができる3条件 | 車中泊避難で陥りやすい環境 |
1)血液の流れが悪くなること | 避難時、車中避難・車中泊で車のシートに座ったままになってしまうことが多い |
2)血液が固まりやすくなること | トイレの不足から水分摂取を我慢してしまうことが、血液中の脱水となり血液が固まりやすい状態にあたる |
3)血管が損傷されること | 避難時に足を怪我する、あるいは3時間以上座りっぱなしの状態では、ふくらはぎの中の静脈が拡大し、血管が引っ張られて損傷するので、これらも血管が損傷されることにあたる |
また、足を動かさない状態でも、平らな場所でまっすぐに寝ていれば血の巡りをおおむね円滑にすることができます。日頃の睡眠は、体を安楽な状態にしてくれるのです。
しかし、すべての人にとって寝ている状態が完全に良いというわけではありません。血栓が発生しやすい人にとっては、歩かないことによるヒラメ筋が収縮しないことによる、静脈の血流停滞は血栓が発生を助長してしまいます。
健常な人ならば問題のない範囲でも、寝たきりの人や病院での入院患者や手術時、手術後の患者は、血栓ができやすい状態となるため、病院ではしっかりとした予防の対策が怠れないとのことです。こういった方々を含め、次に挙げる人は血栓ができやすく日ごろから注意が必要ですので、車中泊避難は絶対に避けるべきだとのことです。
<血栓を起こしやすい人(車中泊避難を絶対に避ける必要のある方)>
- 過去3ヶ月以内に妊娠出産した人
- 過去3ヶ月以内に手術を受けた人
- 入院していた人
- 脳梗塞、心筋梗塞、肺塞栓を発症したことのある人
- 時期に関係なく足の手術を受けたことがある人
- 血縁関係者に60歳未満で脳梗塞、心筋梗塞、肺塞栓などを起こした人がいる人
- 最も危険なのは足に静脈血栓ができた人
など
参考までに、動脈瘤や静脈瘤などは血の流れが悪くなり、脱水症状、脂質異常症(コレステロールや中性脂肪値の異常)、妊娠時、出産時は血液が固まりやすくなります。また、老齢の方も血液が固まりやすくなるとのことです。脂質異常症、高血圧、糖尿病、肥満、喫煙などあ、血管を損傷するとのことです。飲酒やストレスも血栓発生の原因になると言われています。ストレスは、心労や不安、寝不足などからも起こりますので、ゆったりと安静に眠れない車中はそれ自体が問題となる場合もあります。
血栓が発生しても無症状 足のむくみは要注意!
ところで、飛行機など長時間座っている時に、足のむくみを感じたことはありませんか。ずっと座っているなど足が心臓より下にあって動かせない状態でいることによって、通常ならばポンプとして働くふくらはぎの血管に血液が溜まってしまうようになります。そして血管が膨らむことに伴って圧が高まり血中の水分が血管から外に出て、足のむくみとなるのだそうです。
そして血管の中の血液は、水分が少なくなることから粘度が高まり血栓を生むことになります。この状態を慢性的に続けると血栓は腰のあたりまで伸びていくこともあるばかりか、心臓の近くまで伸びていた症例もあるとのことです。
ここから何かのきっかけで血栓の一部が流れだして肺で詰まってしまうと、エコノミークラス症候群を発症するのです。
その症状は、血栓が蓄積されつつある状態では、足がむくむ以外には無症状ということでほとんど意識されません。しかし血栓が切れて肺まで流れて詰まることで、息苦しくなったり、胸が痛くなったり、動悸がするといった症状が現れます。これらの症状が出た時には兆候ではなく、すでに発症なので危ない状態といえるのです。場合によっては、突然死に至るというケースもあるそうで、無自覚な状態からケアしなければいけない、かなり怖いものでもあるのです。
これだけ怖い症状であり、ふくらはぎの血栓によって発症するという理由もわかっているにも関わらず、体をまっすぐにしてゆったりと寝ることの必要性が、広く知られていない所にも大きな問題があるのです。
それでは、一体どうしたらエコノミークラス症候群を防げるのでしょうか。
第2回では、車中泊避難の過酷な実態をご紹介し、第3回でエコノミークラス症候群の予防法と万が一の車中泊避難のための備えについて、ご紹介していきます。
【第二回 車中泊避難に潜む危険】車中泊避難の現状は過酷 ~終わりの見えない実態~
【第三回 車中泊避難に潜む危険】日常も要注意! 災害時の車中泊で多く発症するエコノミークラス症候群 〜具体的な予防対策、上質な災害時の車中泊とは〜
今回お話を伺った先生
榛沢和彦(はんざわ・かずひこ)
平成元年新潟大学医学部卒。2018年より新潟大学医歯学系先進血管病・塞栓症治療・予防講座特任教授。専門は心臓血管外科。エコノミークラス症候群予防検診支援会会長、避難所・避難生活学会理事。2004年の新潟県中越地震から災害後のエコノミークラス症候群予防活動を行ない、2012年からイタリアの災害対応を調査比較し日本の災害対応改善を提唱している。特に避難所のトイレ(T)、食事(K)、簡易ベッド(B)のTKB整備の重要性を啓発している。
(取材・文/松永 大演)
[ガズー編集部]
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