トヨタ 86 新旧 比較試乗 谷口信輝

併走する前期型86(写真左)と、後期型の86(同右)。マイナーチェンジを機に、同じGT“Limited”ながら、ヘッドランプやバンパーの形状は変更されている。

思わず買い替えたくなる

2016年夏のマイナーチェンジを境に、トヨタ86の走りはどのように変化したのか。“前期型”86のオーナーでもあるレーシングドライバー谷口信輝が、プロの視点からその違いをリポートする。

待望のスポーツカー

いまから30年くらい前の1980年代から1990年代にかけて、スポーツカーの黄金期がありましたよね。“AE86”と呼ばれるカローラ レビン/スプリンター トレノ、それから同じトヨタのスープラ、マツダRX-7、日産はシルビア、スカイライン、フェアレディZ、セフィーロ、ローレル。さらに、ホンダS2000などが僕たち走り屋の間で大人気だった時代です。僕もAE86を5台乗り継いで、徹底的にいじりまくったりしましたが、ある時期から自動車メーカーがスポーツカーを作らなくなった。それに「クルマを改造している人はすべて悪人だ」みたいな風潮も出てきた。僕たちにとっては氷河期も同然の時期でした。

前期型のトヨタ86。今回は、上級グレードである GT“Limited”のMTモデルを連れ出した。

そんなときにトヨタが価格は比較的手ごろだけど本格的なスポーツカー、86を出してくれた。しかも、メーカーであるトヨタがクルマをチューンナップする楽しみを勧めてくれていたりする。これは本当にありがたいことで、僕たちクルマ好きは絶対にこの火を消してはいけないと思っているんですね。僕自身も現代の86が登場するとすぐに自分で買って、あれこれ改造しました。自分で言うのもなんですが、これは本当にいい仕上がりで、自動車メーカーやチューニングショップの人たちに乗ってもらうと、必ず「素晴らしい!」って言ってもらえます。というわけで、僕のトヨタ86に対する思い入れが相当深いというところを、まずはわかってください(笑)。

さて、今回のお題は「新旧86の比較」。まずはデビュー作となった前期型についてお話ししましょう。

前期型86 GT“Limited”のインテリア。ステアリングホイールやシフトノブ、シートのサイドサポートなどがレッドステッチでドレスアップされている。

コーナリングの挙動が違う

昔、この手のスポーツカーって、ノーマルの状態では足まわりが“へっぽこ”で、付いているタイヤも“へっぽこ”で、乗ればドアンダーなんてクルマが少なくなかった。それに車高も高くて格好悪かったから、買ったらみんな足まわりを交換していた。当時はそれが当たり前だったんですね。

ところが、現代の86はノーマルでも全然悪くない。これは前期型でも後期型でも同じですが、誰でもちゃんと走れる。タイヤのキャパシティーは正直大したことないけれど、ドライバーの運転をちゃんとクルマの動きとして反映してくれるから、“へたっぴ”なドライバーが乗ればアンダーステアにもなるし、オーバーステアにもなる。本当に、スポーツカーとしてちゃんとしています。点数をつけたら80点くらいはきていますよ。

86のサスペンションは、フロントがマクファーソンストラットで、リヤがダブルウィッシュボーン式。写真は、前期型の86 GT“Limited”。

そのうえで、さらに細かく見ていくと、前期型の86は、コーナリング時のロールスピードが速めで、サスペンションのストローク量とストロークするスピードの兼ね合いからクルマの挙動が大きくなりがち。しかし、後期型はダンパーの減衰力を高めて、スプリングも少し固めたせいで、この辺の動きが少し抑えられている。これはいいですよね。

あと、後期型はボディ剛性も上がっている。86って、前期型でも時期によってA、B、C、Dと徐々に進化していって、今回デビューした後期型はEと呼ばれている。実は、ボディ後半部の補強は前期型の最終形であるDから始まっているんです。そのおかげで、トラクションがよくなっただけでなく、コーナリング中のリヤの踏ん張りもよくなっているし、「クルマとドライバーどの一体感」みたいな部分も一段と向上しましたね。

ワインディングロードを駆け抜ける、後期型86。マイナーチェンジ後のモデルには、コーナリング限界付近でのコントロール領域を残しながら、スピンの挙動を緩和させる「TRACKモード」が追加された。

VSCで走りが変わる

ただし、後期型で本当にいいと思えるのはスタビリティーコントロールのVSC(Vehicle Stability Control:車両安定制御システム)とかABS(Anti-lock Brake System)が大幅に改良されたことにあります。これまでのVSCは、どんな人がどこでどんな運転をしてもいいように、マージンを多めにとってあった。しかも制御の仕方があまり繊細ではなくて、いざ利き始めるとガッガッガッガッと“お仕置き的”な具合だった。ABSも同じで、例えば僕たちレーシングドライバーは時として、クルマを横に向けてからブレーキを使う「ブレーキングドリフト」というテクニックを使うんだけれど、これを前期型86でやると、本当は横滑りなのに、クルマの方では「ブレーキがロックしてタイヤが滑っている」と勘違いしてしまうらしく、パッドの油圧を落とす、つまり制動力を落とす方向に制御してしまっていたんです。

マイナーチェンジでは、リヤまわりのデザインも変更された。バンパーはブラックの加飾部分が拡大。リヤコンビランプはLED化されている。

それが新型では、VSCもABSもはるかに繊細に制御してくれるようになった。その差はものすごく大きくて、例えて言えば……「大根のぶつ切りと千切りくらいの違い」。もしくは「16ビットのコンピューターが、32ビットとか64ビットに進化したくらいの違い」がある。これが、新型86の最大の魅力といってもいいですね。

エクステリアも新型のほうがかっこいい。ヘッドランプに86って文字が入っていたり、テールランプもシンプルな丸形中心のデザインからより現代的なデザインに生まれ変わっている。もっとも、あのデザインはアフターメーカーの「Valenti(バレンティ)」そっくりに見えるのが気になるけれど。インテリアも、ステアリングホイールのリム形状が、より手にフィットしやすい楕円(だえん)形になったり、メーターパネルに液晶パネルが使われていたりするのは魅力的。正直、前期型オーナーとしては後期型に買い換えたいと思っているほどです!

(語り=谷口信輝/まとめ=大谷達也/写真=小河原認)

谷口信輝(たにぐち のぶてる)
1971年生まれのレーシングドライバー。トヨタ・アルテッツァ ワンメイクレースを皮切りに、30歳で本格的にレース活動を開始。以来、スーパー耐久のST1クラスやSUPER GTのGT300クラス、86/BRZ Raceでチャンピオンを獲得するなど、国内のレースで数々の勝利を重ねる。

[ガズー編集部]