フィリピンの島の暮らしをバッテリーが変えていく。ホンダのモバイルパワーパックで「広がる可能性」―モビリティを取り巻くサービスの展望③

コネクティッドや自動運転で大きな変革期を迎えている自動車産業。さらなる飛躍に向けてさまざまな業界との協業が進むなか、新しいサービスや取り組みを実現するため、信念と情熱を持ち、困難に対峙する人たちがいる。この連載では、そんな「未来を創る仕事」に携わる人たちの姿に迫っていく。

フィリピン共和国・ロンブロン島。首都マニラから南におよそ250km、人口3万9000人の小さな島では、100台の電動スクーターが島民の足として活躍している。
その電動スクーターは、交換可能なバッテリーで動くホンダ「PCX ELECTRIC」だ。

日本から遠く離れたロンブロン島で、ホンダの同じバイクが100台も走り回っているのはなぜなのか。
その背景について、本田技研工業株式会社 ライフクリエーション事業本部 新事業推進部 エネルギー事業課(2020年4月1日より「MPP事業課」)主任の榊秀雄氏と、株式会社本田技術研究所 ライフクリエーションセンター エネルギープラットフォーム開発室 1ブロックの岡本悠佑氏にお話を伺った。

電気自動車の課題を解決する主役はバッテリー

Honda Mobile Power Pack(ホンダモバイルパワーパック)
Honda Mobile Power Pack(ホンダモバイルパワーパック)

榊氏によると、ホンダは2015年ごろからバッテリーに電気をためて活用する方法を模索していたという。それがロンブロン島の電動スクーターへ至るまでに、どんな課程があったのだろうか。

「電気自動車・モビリティを発売、研究していくなかで、課題は何だろうと考えたとき、充電時間・航続距離・コストでした。この課題解決に取り組むと、主人公はモバイルバッテリーだと気づきました」と榊氏。
自動車メーカーとして2輪や4輪、さらには船外機や耕運機、ロボットなど幅広い事業領域を持つホンダにとって、電動化を進めるとその動力源のバッテリーがそれぞれの領域で必要になる。

そんななか、交換可能で可搬性の高いモデルとして「Honda Mobile Power Pack(ホンダモバイルパワーパック)」を2017年10月に初披露する。
発表時点で「再生可能エネルギーを利用して発電した電気を蓄え、小型電動モビリティの動力や家庭での電源として活用する」というコンセプトを掲げており、モバイルバッテリーを充電するためのステーション(充電器)として、「Honda Mobile Power Pack Exchanger(ホンダモバイルパワーパックエクスチェンジャー)」もセットで開発が進んでいた。

ホンダによるスマートホームの「実証実験ハウス」
ホンダによるスマートホームの「実証実験ハウス」

電動スクーター「PCX ELECTRIC」と充電器の「Honda Mobile Power Pack Exchanger(ホンダモバイルパワーパックエクスチェンジャー)」

モバイルパワーパックは電動スクーターのPCX ELECTRICの動力源などとして市場投入検討が始まっていたが、並行して「モビリティ以外での活用」を検討しており、合致したのがロンブロン島での実証実験だった。

実証事業は、日本の環境省が支援したもので、再生可能エネルギーの余剰電力を蓄えて、利活用しようという取り組み。
舞台に選ばれたロンブロン島では、同実証事業の中で株式会社駒井ハルテックによる風力発電機の導入検討が進んでおり、それまで100%ディーゼル発電だったところに、3基の風車(定格出力計900kW)で自然エネルギーを生み出そうとしていた。
そこでホンダは、地元の電力組合などと共同で充電ステーションとなるエクスチェンジャー17台、PCX ELECTRIC 100台、モバイルパワーパック300個を島内に配備。制御システムによって島の電力系統に組み込むというトライアルを始めた。

1つのエクスチェンジャーには8個のモバイルパワーパックを格納でき、最大8kWhで家庭用の蓄電器相当になるという。
これが一般家庭に設置してあるなら昼間の電力として利用、という話になるが、ロンブロン島ではもう一歩進めて、電力系統に戻すのではなく電動スクーターの動力として供給し、さらなるCO2排出削減を狙った。

本田技研工業株式会社 ライフクリエーション事業本部 新事業推進部 エネルギー事業課(2020年4月1日より「MPP事業課」) 主任 榊秀雄氏
本田技研工業株式会社 ライフクリエーション事業本部 新事業推進部 エネルギー事業課(2020年4月1日より「MPP事業課」) 主任 榊秀雄氏

具体的には、17台のエクスチェンジャーを島内5か所の充電サイトに分けて設置。PCX ELECTRICは電力組合が管理して島民にリースで提供し、バッテリーは利用者全員でシェアするという形を採った。
エクスチェンジャーには2つのバッテリー挿入口があり、ここにPCX ELECTRICから取り出した2個のバッテリーを収めると、代わりに充電済みのバッテリー2個が取り出せるので、充電サイトはガソリンスタンドならぬバッテリー交換スタンドとして機能する。

風力では島全体の2割程度の電力をまかなえるそうで、余剰電力が発生するとエクスチェンジャーに収めたモバイルパワーパックに充電する。
風力による発電分はディーゼル発電所と同様に一旦島の電力系統に入るが、風力の発電量を記録しているので、バッテリーの充電に供給するのはすべて再生エネルギーベースという計算ができている。

実証実験は2019年2月から始まっており、システム稼働から1年が経過していることになる。

ロンブロン島の島内5か所に充電サイトを設けた
ロンブロン島の島内5か所に充電サイトを設けた

バッテリーをシェアする仕組みが島になじんだ

岡本氏はこの仕組みの使い勝手について、「バッテリーは高いので、本体に含めてしまうと車両の価格が上がります。今回の取り組みではバッテリー自体を所有する必要がないのでお客さま(島民)のコスト(リース代)が下がり、交換できるバッテリーが島内にあるので、ギリギリまで使っても、交換するだけで充電を待つことなく走り続けることができます」と説明する。

1回のバッテリー交換で発生する料金は、同じ距離をガソリン車で走った時と同等レベルに設定しており、満充電で島を1周できるくらいの航続距離という。

株式会社本田技術研究所 ライフクリエーションセンター エネルギープラットフォーム開発室 1ブロック 岡本悠佑氏
株式会社本田技術研究所 ライフクリエーションセンター エネルギープラットフォーム開発室 1ブロック 岡本悠佑氏

懸念していたのは、「バッテリーを交換するという仕組みが受け入れられるか」だったと岡本氏。
「ガソリン車だと毎日給油するというイメージはないと思いますが、電気だとほぼ毎日交換することになります。交換すれば無限に走れると言っても、手間に感じるのではないか。それから、動力源のバッテリーをシェアすることに抵抗があるのでは」と考えていたそうだが、フタを開けてみるとかなり活発に使われているという。

島から送られてくるレポートによると、バッテリー切れギリギリまで乗ってから交換に訪れるなど、しっかりと使いこなしている印象を受けるそうだ。また、島の路面はわりと荒れているので、PCX ELECTRIC自体の操縦安定性の高さも島民に受け入れられた要因になっているようだ。

PCX ELECTRICの使い勝手のよさもあって、「バッテリーを交換して乗る」という仕組みは島民に受け入れられている
PCX ELECTRICの使い勝手のよさもあって、「バッテリーを交換して乗る」という仕組みは島民に受け入れられている

不安を感じさせない安全へのこだわり

モバイルパワーパックの重さは1つにつきおよそ10kg。現在の形状に決まる際、女性でも片手で持てて、ムリのない姿勢でチャージャーやバイクに積み込めることを念頭に置いたという。

「バッテリー単体で商品と考えているので、安全にこだわっています。内蔵品なら機器全体で守ることができますが、今回は単体でお客さまの手に渡る。落として壊れるとか、濡れて壊れるとかではいけない。エネルギーの塊なので、安全に使ってもらえるように気を使いました」(岡本氏)

モバイルパワーパックは片手で持てる重さ・形状を目指した
モバイルパワーパックは片手で持てる重さ・形状を目指した

どのくらい安全かという指針の1つとして、「建物の3階くらいから落としても、壊れることは壊れますが、その衝撃で発火したりはしません」という。
温度上昇にも気を使ったそうで、「お客さまが触ってやけどするのは問題外で、『なんとなく怖いな』と思わせないことが重要です」と話し、バッテリーをシェアするという仕組み上、利用者が不安を感じる部分の払拭を最優先した。
実際、バッテリーまわりのトラブルは1年を通じて1件もないとのこと。

また、モバイルパワーパックは決まった方向で差し込まないとセットできないようになっている。ハンドルがT字になっているのは、手に持ったときに自然と正しい向きで装着できるようにと配慮したためだ。

交換可能なバッテリーという視点を推し進めると、将来的に乾電池のような規格化を目指しているのではとも考えられる。
岡本氏は、モバイルパワーパックの設計は汎用性を重視しており、小さいクルマを動かしたり、取り出して非常用としたり、あるいはキャンプ道具として使ったりできると可能性を挙げた。

「(電池の劣化によって)モビリティで使えなくなったら終わりというのではもったいないですよね。取り出したクルマに新しいものを入れて長く使えればお客さまに喜んでもらえるし、少しへたってしまったバッテリーはほかのことに使えれば、次につながっていきます」
「この形が決まっていれば、中身は変わってもいいと思うんです。バッテリーと乗り物の間でやりとりをする『頭脳』は入っているので、電池としての中身が変わっても正しくエネルギーの受け渡しができるなら、中は進化していけます」と、モバイルパワーパックの今後に自信を持っている様子がうかがえた。

「バッテリーの形が決まっていれば、中身は進化していける」
「バッテリーの形が決まっていれば、中身は進化していける」

「バッテリーのある暮らし」がさらに生活を変える

榊氏はモバイルパワーパックとエクスチェンジャーを「電力のストレージ(貯蔵庫)」と表現する。しかし、貯める一方で使われないという状況もバッテリーの劣化につながる。
今後は「ある充電サイトは利用頻度が高いが、別の充電サイトはあまり人が来ない」といった状況を平準化する施策を考えているそうで、「あまり人の来ないところは料金を安くするとか、夜間早朝割引を行なうとか、安いガソリンスタンドを探すようなノリが必要」という。
現地ではスマートフォンアプリでサイトとバッテリーの状況を知ることができるものの、島内のスマホ普及率は4~5割程度とまだまだ。

また、エクスチェンジャーはサリサリストア(フィリピンの小さい商店)に置かせてもらっているところもあり、バッテリー交換1回ごとにお店側にも収入が発生する仕組みにしている。
ストアはもともと近所の人しか利用していなかったが、エクスチェンジャーを併設してからは少し離れたところからもバイクで来て、ついでに買い物をしていくというコンビニ的な流れができたそうだ。

バッテリー交換のついでに買い物をする、という新しい流れが生まれた
バッテリー交換のついでに買い物をする、という新しい流れが生まれた

今回の取り組みにはエネルギーの地産地消をしようという狙いが込められていたが、モバイルパワーパックが住民に浸透することで、島の暮らしにも少しずつ変化が現われている。
実証実験の期間は4年。この先の3年で、モバイルパワーパックがロンブロン島にもたらすさらなる変化が楽しみになってきた。

(画像提供:本田技研工業株式会社)

<関連リンク>
風力発電の電気を貯めた可搬式バッテリーで、電動バイクが走る島。
環境課題の解決と、豊かな暮らしの実現を目指して。
https://www.honda.co.jp/environment/face/case86/

[ガズー編集部]

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