100年続く街を目指す神奈川県・藤沢のスマートシティ。新しいことを発信して「世界中に広げたい」―モビリティを取り巻くサービスの展望④
コネクティッドや自動運転で大きな変革期を迎えている自動車産業。さらなる飛躍に向けてさまざまな業界との協業が進むなか、新しいサービスや取り組みを実現するため、信念と情熱を持ち、困難に対峙する人たちがいる。この連載では、そんな「未来を創る仕事」に携わる人たちの姿に迫っていく。
相模湾に接する神奈川県の南、藤沢駅からクルマで10分ほどの静かな一帯に、計画的に整備された街区に戸建て住宅が集まる「街」がある。
およそ19ヘクタール(東京ドーム4個分)の敷地に約560戸の家が建ち並び、それぞれ太陽光発電と蓄電を行ない、リビングのテレビで発電量やCO2削減量の確認、あるいは街や住民主導で行なう催しの情報を知ることができる。
家の外に出れば各戸の駐車場にEV(電気自動車)の充電コンセントを完備する一方、マイカーを持たない世帯向けに住民専用のEVシェアカーも用意している。
街の中心にはコミュニティセンターがあり、習いごとやサークル活動で住民が集まる。公園を兼ねたその周辺は子供たちの遊び場になっており、その様子はカメラを通して各戸のテレビでも見守ることができる。
街ナカの高齢者住宅には医療施設のほか学習塾などを併設しており、子供たちと高齢者が触れ合う場にもなっている。
さらに、住民の安全を見守るカメラが街区に張り巡らされ、夜になればヒトやクルマを感知して行く先を順に照らしていく街灯が働くが、しかし電力線や通信線は地中に埋められて景観を保っている。
その街の名前は「Fujisawa サスティナブル・スマートタウン(Fujisawa SST)」。
情報通信技術やAIを取り入れた管理・運営によって、エネルギー、交通、住民の交流、医療、安全など、さまざまな暮らしの質を高める取り組みを行ない、「100年続く街」を掲げる注目のスマートシティだ。
そのFujisawa SSTも、2014年末のグランドオープンから5年が経過した。実際にヒトが住み、暮らしていくなかで、どのような未来を描き、どのような課題を抱えているのだろうか、現地にて取材を行った。
560戸、1900人が暮らすスマートシティ
Fujisawa SSTは、パナソニックを中心とした企業や大学、藤沢市といった産官学連携のスマートシティプロジェクトで、2010年11月から街づくりがスタートしている。
すべての戸建て住宅に太陽光発電や蓄電池、HEMS(ホームエネルギーマネジメントシステム)、スマートテレビ、スマートエアコンなどを設置するとともに、エネルギーを見える化。こうした情報を分かりやすく表示するのが、住民専用のポータルサイト「タウンポータル」だ。
タウンポータルはパソコンやスマートフォンだけでなく、各戸のスマートテレビから見ることができ、電力のほか防災情報や街の施設からのお知らせの表示、街に設置されている見守りメラ映像の閲覧、シェアカーなど各種サービスの予約といった機能を提供する。
また、スローフードやスローライフ、趣味とデジタルデバイスのある暮らしなどライフスタイルを提案する商業文化施設、多世代が交流する健康・福祉・教育施設、複数の宅配業者と提携し荷物を一括配送する物流センターといった住民の生活をサポートする施設を用意した。
Fujisawa SSTが位置するのは、かつてパナソニックがテレビや冷蔵庫などを製造していた広大な藤沢工場の跡地だ。2008年に工場が移転し、跡地をどう活用するかという議論のなかで、パナソニックグループが持つ住宅やスマート家電、太陽光発電・蓄電システム、電力管理システムなど幅広い分野の製品・サービスを組み合わせることで、自社の強みを街づくりに活かせると考えて始まったのが、スマートシティへの取り組みだったという。
「環境や省エネに対するパナソニックの取り組みやソリューションを駆使して、エコで快適な街づくりをこの場所で行なうことで、長年この地域でお世話になってきた方々への新たな貢献ができるのではないか、と考えてこのプロジェクトがスタートしました」
そう話すのは、Fujisawa SSTの管理業務を行なっているFujisawa SST マネジメント株式会社 代表取締役社長の荒川剛氏だ。
- パナソニック株式会社 ビジネスソリューション本部 CRE事業推進部 SST推進総括担当 兼 Fujisawa SST マネジメント株式会社 代表取締役社長の荒川剛氏
Fujisawa SSTでは、2010年にパナソニックと藤沢市が街づくりに関する基本構想を作成し、その基本構想に賛同する企業や大学など18団体(2020年3月現在)が参画する「Fujisawa SST協議会」によって街づくりが行なわれている。
プロジェクトがスタートした当初は、新しい送電網や電力管理など、エネルギーを中心に据えた街づくりを考えていたという。
しかし、2011年の東日本大震災以降は家や暮らし、住民の健康を守るといったエネルギー以外の面も求められていると気づき、セキュリティ(安全)、モビリティ(移動・交通)、ウェルネス(健康管理)、コミュニティ(住民の交流)を加えた5つの要素からなる街づくりを進めている。
「一人一人がこの街の親」住民と企業が街の発展に積極的に関わっていく
Fujisawa SSTが目指す姿は「100年続く街」。パナソニックが街づくりに取り組むのはこれが初めてで、試行錯誤しながら一歩ずつ理想に向けてさまざまな課題解決に取り組んでいるそうだが、特に意識しているのは、“企業目線が強くなり過ぎないようにする”ことだという。
「まずは暮らしありきで、そのなかで街づくりに関わっている企業が、街を発展させる取り組みを続けることが重要」(荒川氏)で、そんな取り組みが住民と企業双方のメリットにつながるという。
荒川氏は、100年の持続可能性のために、時代に合わせて街も変化・発展していく必要があると考えている。
例えば、現在のFujisawa SSTには若い子育て世代が多く住んでいるが、この先10年、20年と時間が経てば、子供が独立したり、より若い世代が住むようになったりと、住民の構成にも変化が現われる。
高齢者が増えれば、街ナカだけでなく街から駅といった拠点間の移動も課題になる。街に求める機能や規模は、時代によって変わるはずだ。
住民自身の意識や協力で変えられることもあれば、テクノロジーに頼ることもあるだろう。
しかし、荒川氏が危惧するのは、技術やサービスを取り入れようと焦る結果、短期間の実証実験が繰り返されるようになってはならないということだ。
Fujisawa SSTでは住民と協議会がしっかり向き合い、企業にも長く続けることを意識してもらうという。
荒川氏に話を聞くなかで、その意識を象徴する言葉を聞いた。ここでは「まち親」という呼び名を使って、住民はもちろん、関わる企業側のスタッフも「Fujisawa SSTを一緒に育てていく」「一人一人がこの街の親である」という意識を強く持っているというのだ。
Fujisawa SSTは当初から住民同士のコミュニティが活発で、街への関わりに関心のある住民が多く、自治会の会合への参加割合が高いだけでなく、避難訓練には住民の8割が参加するという。「住民皆さんの街への関心が高いことが非常に心強い」と荒川氏は話す。
満足度は85点。Fujisawa SSTの戸建て住宅は理想に近い
それに対し、Fujisawa SSTの住民はこの街をどのように感じているのか。今回、2014年3月からFujisawa SSTに住んでいる後藤貴昌さんにお話を伺った。
Fujisawa SSTに移り住む前は、東京都練馬区のマンションに住んでいたという後藤さん。もともと究極のエコライフを送りたいという思いを持っていたそうで、Fujisawa SSTのことを知り、数回の見学を経て移住を決めたのだという。
- 後藤さんは、自らが設立した「サステナブル経営研究所」の所長という立場で、サスティナビリティに関するコンサルティングや講演活動を行なっている、サスティナビリティやエコロジーといった分野の専門家でもある
後藤さん自身、Fujisawa SSTでの生活は満足度が高いと感じているそうだ。
なかでもエネルギーについては、すべての住宅に太陽光発電や蓄電池を備え、一部はエネファームも設置されていて、想像以上に売電できていることもあり、かなり理想に近い姿が実現されているという。EVを所有して日常的に利用している後藤さんは、すべての住宅に屋外コンセントがあることも高く評価している。
また、セキュリティについても満足しているそうで、全住居に設置されているスマートテレビから、タウンカメラの一部を通して街の様子を確認できる「見守りシステム」などは、非常に満足度の高い部分だと感じているとのこと。
ウェルネスについても、クリニックや薬局、サービス付き高齢者向け住宅、特別養護老人ホームなどが用意されるなど、まずまず充実しているとしつつも、クリニックの規模など不十分な部分も多いと感じているそうで、さらなる強化を期待しているとのことだ。
家の外には「シンボルツリー」と呼ばれる木が植えられているが、後藤さんの奥様がそのまわりを小さな果樹園として育てており、手入れをしていると話しかけられて、コミュニケーションが生まれるきっかけになっているそうだ。
ところで、後藤さんがFujisawa SSTに移住してから、以前より強く意識するようになったことがあるという。それは、水と食料だ。街には災害に備えた水や食料の備蓄が十分あり、防災意識はすでに高いものの、さらにその先の課題として、例えば雨水や地下水の利活用や、住民の自給率を高める意味での、家庭菜園の域を超える食料生産の仕組みといったものが、これからの持続可能な街には不可欠になっていくと感じているという。
「世界中でFujisawa SSTのような活動が広がってほしい」と荒川氏
住民からも評価の高いFujisawa SSTは、今後どのように進化していくのか。
荒川氏は、「100年後の暮らしは想像がつかない」としつつも、「社会課題の解決につながるサービスや仕組みを発信し、世界中でFujisawa SST同様の活動が広がっていくことが理想」だと語る。実際、海外からの視察も多いそうで、「これだけの規模で実際に人の住み、実証実験の可能なスマートシティがほかにないからでは」という。
社会課題の解決は、その地域や住民、世界へ価値を提供することにつながり、企業目線では新しいサービスを継続的に生み出すことで世の中への影響力を持ち続けることになる。
「真摯に住民の暮らしの向上を目指す」という荒川氏の話からは、街の未来に対する不安は感じられない。
「Fujisawa SSTから新しいサービスを生み出していくことで、住民と街に関わる企業だけでなく、より多くの企業にこの街へ関心を持ってもらい、オープンイノベーション的に発展していければ。Fujisawa SSTから常に新しいことを発信していく、そんな街にしたいと考えています」
Fujisawa SSTに関わる住民や企業、自治体がみな同じように街に関心を持ち続ければ、荒川氏の理想も実現に向けて突き進んでいくだろう。
- 「社会課題の解決につながる仕組みを発信し、世界中でFujisawa SST同様の活動が広がっていくこと」を理想に取り組みを続けていきたいと語る荒川氏
Fujisawa サスティナブル・スマートタウン
https://fujisawasst.com/JP/
[ガズー編集部]
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