いつか高級素材からの脱却を-“素材のハイブリッド化”で進むカーボンファイバーの普及

新型車が登場するたび、「先代型より◯◯kgもの軽量化を実現しました」と、軽量化をアピールする文言を目にする。これは、年々厳しくなる燃費規制に対応するためにクルマを軽くし、燃費を向上させるためだ。しかし、燃費規制と同時に要求が高まる衝突安全性への対応などを考えると、軽量化は容易なことではない。

そこで注目されているのがカーボンファイバー(炭素繊維)だ。軽くて丈夫なカーボンファイバーはクルマに適した素材で、高級スポーツカーを中心に普及が進んでいる。今回は、カーボンファイバーの原料メーカーである三菱レイヨン株式会社を訪ね、コンポジット製品事業部自動車複合材部長・坂下正人氏に話を聞いた。

テニスラケットから宇宙船まで

「カーボンファイバーは、簡単に言えば軽くて強く硬い素材です。同じサイズであれば、重さは鉄の4分の1ほどで強度は約10倍。また、振動減衰に優れ、すぐに振動が収まる点もメリットです」と坂下さん。

三菱レイヨンは、カーボンファイバーで東レ、帝人に次ぐ世界3位のシェアを持つ企業。BMWやランボルギーニといった自動車メーカーにもカーボン原料を提供している。

「軽くて強く硬い特性から、飛行機の翼や宇宙船、テニスラケット、釣り竿、ゴルフクラブのシャフトなどに使われています。また、首都高速などの古くなった橋脚にカーボンファイバーのシートを巻いて、耐震性能を高めるといった用途もありますね。これから伸びていくと考えている用途が、風力発電用のブレード、クルマのボディ、そして圧力容器です」

圧力容器はタンクとして、圧縮天然ガスや酸素をつめるのに使用されるほか、FCV(燃料電池車)の水素タンクにも使われている。これら圧力容器の需要は2020年に向けて2倍程度に増える見込みだ。

素材の特性としては文句のつけどころのないカーボンファイバーだが、最大のネックはその価格だ。鉄と比較すると生産量もはるかに少ないこともあり、価格も30倍程度にもなる。

「もちろん値段を抑えるための研究は行われています。ただ、2020年頃までは今の技術の延長で20~30%安くなる程度でしょう。将来大きく価格を下げるためには何らかのイノベーションが必要です。また、材料と同時に成形や加工の仕方にも進化が必要。現在は生産効率が悪いために値段が高いという側面もあります」

普及を伸ばす鍵となる素材のハイブリッド化

カーボン製のボディやフレームを制限なく使うのは1台あたり数億円の超高級車に限られる。量産車では、1000万円クラスのクルマで、部分的に採用されるぐらいだ。もっと安価にカーボンファイバーを利用できる手立てはないのだろうか?

「すべてをカーボンファイバーにすれば、軽くて硬いクルマができあがりますが、高額になってしまいます。そこで進められているのが、必要なところにだけカーボンファイバーを使う“素材のハイブリッド化”です。たとえば2015年に発売されたBMW7シリーズでは、Bピラーなどに、金属をカーボン素材で補強したハイブリッド素材を使用しています。カーボンで補強することで金属を薄くでき、軽量化と高剛性化が図れるのです」

金属とカーボンのハイブリッドは、万一の事故のことを考えるとカーボン素材だけでは難しいホイールに使うことも考えられると言う。

「カーボンファイバーを、従来のようなシートではなく、繊維を短く切って成形する方法もあります。硬さでは劣りますが、形の自由度は上がり、コストも大幅に削減できます」

カーボンファイバーはこれから目立たない存在に?

最後に、素材のハイブリッド使用も含めてカーボンファイバーの普及が進むと、私たちのカーライフにどのような変化があるのかを聞いてみた。

「これまでは、高級品として“カーボンファイバーを使っている”ことをアピールするため、織り目を見せるなど意匠性を意識していました。でも、普及が進めば、ボディ同色に塗装され、ことさら目立たせるようなこともなくなるはず。あくまでも材料ですから、一般の方には気づかれない存在となるでしょう」

高級品として珍重されるよりも当たり前の存在になる。それが“普及”ということ。私たち一般の自動車ユーザーは、軽量化によって燃費がよくなるなどの形でそのメリットを享受するのだ。

「カーボンファイバーの普及によってCO2の排出が減り、環境問題に貢献できればうれしいですね」と語る坂下さんが印象的だった。

<取材協力>
三菱レイヨン株式会社
コンポジット製品事業部自動車複合材部長
坂下正人さん

(鈴木ケンイチ+ノオト)

[ガズー編集部]