ぶつかっても怪我をしないクルマ-「クモの糸」で紡ぐ自動車の新たな世界
自動車と交通事故は、切っても切れない問題だ。2015年の交通事故による死亡者数は4,117人。交通インフラの整備や自動車の安全技術の進歩などにより、16,765人だった1970年と比べれば4分の1以下にまで減少したが、それでも多くの人が交通事故で亡くなっていることには変わりない。
交通事故による死傷者を減らす研究開発がさまざまな企業や団体で行われている中、最近注目を集める話題がある。クルマの素材を「人がぶつかっても怪我をしにくい素材に変える」というアイディアだ。その素材とは、「クモの糸」である。
鋼鉄より4倍強くナイロンより柔軟な「夢の繊維」
クモの糸は、本来は相反する特徴である「強さ」と「伸び」を併せ持つ素材だ。重さあたりの強度が鋼鉄より4倍強く、ナイロンより柔軟なことから衝撃吸収性が高く、伸ばしてもちぎれにくい「夢の繊維」と呼ばれる。この繊維をクルマの構造部材に使用すれば、「ぶつかっても怪我をしないクルマ」ができるかもしれないというのだ。
課題は、「どうやってクモの糸を大量生産するか」にあった。クモは縄張り争いや共食いが激しく、蚕のように人工飼育ができないため、工業化は困難とされてきた。そこで、「人工的にクモの糸を作り出せないか」と考え、実現した人がいる。日本のベンチャー企業、Spiber株式会社(山形県鶴岡市)の代表執行役、関山和秀さんだ。
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- © Spiber Inc.
関山氏は、慶應義塾大学在学中の学部4年のときに、クモ糸人工合成の研究を開始。2007年に少量の人工合成クモの糸を作ることに成功し、博士課程在学中にスパイバー株式会社(現Spiber株式会社)を起業。その後、試行錯誤を繰り返しながら大量生産技術を確立した。
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- © Spiber Inc.
2015年には、アウトドアブランド「THE NORTH FACE®」との共同プロジェクトにより、フィブロインベースのタンパク質素材「QMONOS™」を使ったアウタージャケットのプロトタイプである、「MOON PARKA®」を発表した。
自動車部品メーカーとの共同プロジェクトをスタート
さて、「ぶつかっても人が怪我をしないクルマ」はいつごろ実現するのだろうか。
Spiberは、2012年よりトヨタ自動車の協力企業で樹脂部品などを製造する自動車部品メーカー、小島プレス工業株式会社と共同で研究開発をしている。
こちらは、フランス・パリで9月29日(木)~10月16日(日)に開催される2016年パリモーターショーに出展される、乗員の体にかかる負担を軽減する新コンセプトシート「Kinetic Seat Concept」。デザインがクモの巣パターンになっているだけではなく、人工合成クモ糸繊維「QMONOS™」を使用している。
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- © Spiber Inc.
また、内閣府の推進する「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」でも、自動車部品への転用を目的とした技術開発に、ほかの参画企業とともに取り組んでいる。 「『ぶつかっても人が怪我をしないクルマ』の具体的な実現時期は未定です。クルマは人の命を預かる乗り物ですから、十分に時間をかけて安全性や耐久性などの評価を行った上で製品化する必要があります。あらゆる面でいい製品ができるまで、じっくりと取り組んでいきたいと考えています」(Spiber株式会社 広報・上原知子さん)
Spiberは、素材の生産規模拡大及びコスト低減に合わせて、さまざまな自動車部品への展開を順次進めていくことを計画している。
タンパク質由来であるため、脱・石油素材としても注目される「人工合成クモの糸」。交通事故死傷者がゼロになる世界へ向けて、Spiberは「未来への糸」を今日も紡ぎ続けている。
(田島里奈/ノオト)
[ガズー編集部]
取材協力
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