自動運転時代の音声認識―クルマがコンシェルジュになる日
2011年、AppleのiPhoneなどに「Siri」が搭載されたことをきっかけに、ぐっと身近になった音声認識システム。画面を見ながら操作する必要がない音声認識システムやサービスは、クルマとの相性もよく、AIの進化とあいまってカーナビやインフォテインメントへの採用例が増えている。
「カーナビは、機能を増やせば増やすほど、メニューが多くなって目的の項目を探すのに苦労するもの。ところが音声入力ならば、どんなに階層が深くなっても、一発で呼び出すことができます」と説明するのは、ニュアンス・コミュニケーションズ・ジャパン株式会社で車載部門のマーケティングマネージャーを務める村上久幸さんだ。
今回の「クルマの未来」は、同氏に音声認識システムの最前線を伺った。
世界の自動車メーカーが採用する音声認識技術のスペシャリスト
「ニュアンス・コミュニケーションズ」(以下ニュアンス)という社名に馴染みのない人も多いだろう。まずは、同社について説明したい。
ニュアンスはアメリカの会社で、そのルーツはグラハム・ベルによって蝋管に声を記録する装置が発明された1900年初頭にまで遡る。数十の音声認識関連会社の合併を経て生まれた音声認識技術のスペシャリストだ。車載カーナビに限って言えば、日米欧ほとんどのメーカーへ技術提供してきた実績を持つ。ニュアンス・コミュニケーションズ・ジャパンは、同社の日本法人だ。
しゃべることで文字を入力し、また対話することでネット検索を行うサービスはここ数年、スマートフォンなどで一般的になってきた。Appleの「Siri」やGoogle検索、「Amazon Echo」などだ。同じようにクルマにも、音声でカーナビの目的地を検索したり、オーディオを操作したりするシステムやサービスの導入が始まっている。
北米では、カーナビやオーディオ操作の音声認識の精度や性能がJ.D.パワーの自動車初期品質調査の結果にも大きく影響を与えているという。そんな中、自動車メーカーの陰で音声認識サービスの実現に尽力しているのがニュアンスなのだ。
なぜ、クルマにはAppleやGoogleが採用されないのか?
「音声認識サービスは、AppleやGoogleがすでに強力なサービスを展開しています。どうせならそちらを使えば、という意見もあるかもしれません。しかし、自動車用としてはニュアンスならではのメリットが3つあります」と村上さん。
そのひとつが「顧客ブランドの価値拡大」だ。AppleやGoogleのサービスを導入する場合、自動車メーカーよりもAppleやGoogleのブランドが優先されてしまう。しかし、ニュアンスのサービスを使えば、自動車ブランドが優先。ニュアンスは裏方に回るという。
次の利点は「車載用の総合ソリューション」にある。数多くの車載システムの実績を持つニュアンスならば、音声認識だけでなく、車中のノイズキャンセリングなど幅広い技術の開発サポートができるのだ。
そして3つ目は、「自動車メーカーへのイノベーションの提供」だ。AppleやGoogleのサービスを利用すると、検索履歴や方法を始めとした顧客のデータはすべて自動車メーカーを素通りして、AppleやGoogleに送られてしまう。ニュアンスのサービスなら顧客データは自動車メーカーに提供され、その結果、自動車メーカーが新しいサービスを生み出すことが可能となるのだ。
自動運転時代の音声認識サービスとは?
音声認識サービスのクルマへの採用は、これからさらに増えていくだろう。村上さんも「カーナビを操作するのにボタンやダイヤルを使わない時代がやってくる。ましてや自動運転のクルマで、そんな操作はしないでしょう」と言う。
では、自動運転の時代がやってきたら、音声認識サービスはどうなるのだろうか?
「ニュアンスでは『オートモーティブ・アシスタント』というコンセプトで、ドライバーと同乗者のための音声認識サービスの開発を進めています。クルマがコーディネーターであり、コンシェルジュであり、ユーザーの好みの音楽を選んでかけてくれるDJになる。さらには旅行先のツアーガイドになり、クルマのメンテナンス情報も教えてくれる。ドライバーと最適な方法で連携する、バーチャルなアシスタントになるというものです」
- ニュアンスのコンセプトムービー。クルマがバーチャルなアシスタントになっていることがわかる
映画『スターウォーズ』では、昔から主人公が操縦する戦闘機には仲の良いロボットが一緒に乗り込み、ロボットが飛行をアシストするというシーンが見られた。もちろんロボットへの指示は、しゃべるだけだ。それと同じことがクルマで実現しようとしているわけだ。
「できれば2021年には、みなさんを驚かせられるような技術を完成したいと考えています」と村上さん。2021年といえば、わずかに3年後。いったい、どのような驚くべき技術が発表されるのだろうか。大いに期待しておきたい。
(鈴木ケンイチ+ノオト)
[ガズー編集部]
<取材協力>
ニュアンス・コミュニケーションズ・ジャパン株式会社
オートモーティブ ビジネスユニット プリンシパル マーケティングマネージャー
村上久幸氏
http://japan.nuance.com/
関連リンク
クルマの進化の方向性-自動車が抱える課題と、その解決策とは
自動運転でどう変わる ― 2030年のクルマ未来予想図
クルマがネットにつながると何が変わるのか-IoTが自動車の未来にもたらすもの
「シェア」という選択肢-カーシェアリングで変わるクルマの持ち方・使い方-
自動運転の「今」と「未来」-乗り物から暮らしのパートナーへ
1~2人乗り「超小型自動車」はクルマ社会をどう変える-自転車以上、自動車未満のパーソナルモビリティ
電気に水素…これからの自動車は何で走るのか-世界のクルマのエネルギー事情
ぶつかっても怪我をしないクルマ-「クモの糸」で紡ぐ自動車の新たな世界
無人運転は私たちに何をもたらしてくれるのか-DeNAが進めるロボットタクシー
水素にまつわる2つの誤解―水素エネルギーの可能性
チョイモビ ヨコハマ終了から1年-実証実験で得た手応えと課題
道路インフラの将来-東京オリンピック・パラリンピックから100年後の未来まで
超小型車をシェアする新しいクルマの使い方―トヨタの次世代交通システムHa:mo
未来のクルマに運転席はあるのか-マツダが考える自動運転時代のインターフェイス
いつか高級素材からの脱却を-“素材のハイブリッド化”で進むカーボンファイバーの普及
アイサイトの進化と「スバルらしさ」は両立するのか-運転支援システムで目指す交通事故ゼロの未来
3次元データ、誤差は10cm以内-自動運転時代に求められる道路地図とは
電動化でクルマからエンジンは消滅?-新技術HCCIとは
日本政府が考える自動運転社会-内閣官房の「官民ITS構想・ロードマップ」
クルマの次世代エネルギー-経済産業省に聞く電気と水素のポテンシャル
クルマは人を傷つけない道具になれるのか-自動車アセスメントと自動運転
車を「インターネットセキュリティ」で選ぶ未来が来る!?-コネクテッドカーとセキュリティリスク
日本から渋滞が消える日は来るのか-東京五輪、IoT、自動運転…その時VICSは
自動車一台にソースコード1000万行! クルマとプログラミングの歴史
自動運転時代の音声認識―クルマがコンシェルジュになる日