地域密着型のマルチモーダルモビリティサービス「my route」が全国展開へ。「同じ志のパートナーと共創する」―モビリティを取り巻くサービスの展望⑤
コネクティッドや自動運転で大きな変革期を迎えている自動車産業。さらなる飛躍に向けてさまざまな業界との協業が進むなか、新しいサービスや取り組みを実現するため、信念と情熱を持ち、困難に対峙する人たちがいる。この連載では、そんな「未来を創る仕事」に携わる人たちの姿に迫っていく。
10~20代向けファッションやスイーツの発信地として存在感を発揮し続ける原宿。一方で、ハイブランドの路面店が優雅に軒を連ねる表参道。そんな流行が交わる街で、トヨタグループが連携して取り組むmy routeのチームが活動している。
そのチームリーダーは、「移動総量を増やしたい」と話す。
雨が嫌いな人には濡れない移動手段を、人混みが嫌いなら混雑しない経路を、高齢者や車椅子利用者にはバリアフリーなルートを、外国人なら円(現金)を使わない方法を。
こうした移動にまつわるストレスをなくすことで、「移動したくない」を解消していくのだという。
彼らはなぜ、ヒトの移動を促そうとするのだろうか。
(※ 新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるため、自治体などの外出自粛要請に従ってください。当記事は本状況下で外出を促すものではありません。)
ヒトの移動が地域のにぎわいにつながる
トヨタグループが中心となってサービスを提供しているマルチモーダルモビリティサービス「my route(マイルート)」。
2018年11月に西鉄(西日本鉄道)と福岡県福岡市で実証実験を開始し、2019年11月には北九州市を加えて本格サービスへ移行。そして2020年5月からは、神奈川県横浜市と熊本県水俣市、その後、宮崎県の宮崎市と日南市でもサービスを提供する予定になっている。
my routeのアプリの開発はトヨタが担当しているが、クルマが主役というわけではない。
経路検索ではクルマだけでなく、電車やバスなどの公共交通機関、タクシー、レンタカー、カーシェアリング、シェアサイクル、果ては徒歩まで組み合わせた結果が並ぶ。
また、地域のイベント情報やクーポン情報なども網羅することで、ルート案内だけでなく、移動した先での出会いや発見を地域で生活する人々や観光客に提供できるようになっている。
トヨタのマルチモーダルモビリティサービス「my route」
my routeを統括するトヨタファイナンシャルサービス my route グループ バイスプレジテントの天野成章氏は、my routeの狙いを「地域ごと、街ごとの移動総量をいかに増やすか」だと説明する。
なぜ移動総量を増やしたいのか。それは、ヒトが移動すれば経済が活性化して、街ににぎわいをもたらすからだ。
「我々トヨタグループは、日本全国のいろいろな地域の方、生活者の方に支えられて今があります。販売店の店舗ができたらクルマが売れるわけではなく、地域毎に販売店のスタッフが売るための努力をして、気に入ってくれたお客さまがクルマを購入して、さらにメンテナンスで販売店に預けてくれる。こういう循環があるのです。ですから、地域それぞれがしっかりにぎわいを持ち、経済が活発になることが重要と考えています。単に効率や合理性を突き詰めた未来の世の中を作ろうというわけではありません」
- トヨタファイナンシャルサービス株式会社 my routeグループ バイスプレジデント 兼 トヨタ自動車株式会社 未来プロジェクト室室長代理の天野成章氏
現在の街の移動には「目的地まで複数の移動手段をまとめて検索できない」「店舗・イベントなどの目的地探しと移動ルート検索、移動手段や目的地での予約・支払いが一貫のサービスとして利用できない」といった不便な面がある。また、カーシェアなど新しいモビリティサービスもどう利用したらいいか分からない、分かりにくいといった課題もある。
そこで、街に存在するあらゆる移動手段を組み合わせることで、ヒトの移動を促し、街を賑わせるために、ストレスなく移動できる移動に関わる新しいインターフェースを創りたいというコンセプトが立ち上がった。
my routeは、公共交通機関やタクシー、レンタカー、自転車など街に存在するさまざまな移動手段を組み合わせて、最適なルートを提示し、予約・決済まで完結する、という姿が最低限必要なサービスであるとし、更に街のイベントやスポット情報、クーポンなどを盛り込み、「行ってみたい」「どうやって行けばよいのか」という反応に対して最適な移動手段を提供することで、移動総量が増えることを狙っている。
「例えば、このオフィスの近くに豆大福の有名店があります。my routeを使って移動する際、そのお店の情報が表示されたとします。知らなければ素通りしてしまいますが、もし2分寄り道することで買えるなら、大福好きだったらきっと寄っていきますよね。そういうことも含めて移動総量を増やしていけると思うのです」と天野氏。
「地元をよくしたい」という企業と密接に連携する
すでに紹介したように、my routeは2018年11月に福岡県福岡市で実証実験が始まったのだが、なぜ福岡市から始めたのだろうか。
福岡市は国内外問わず観光客が多く、博多、天神などの大都会では渋滞が発生しやすい一方、少し郊外に行くとバスが1時間に1本しかないような場所もあるなど、移動課題が多く存在しており、実証実験の場として適していた。
それ以上に、福岡に決めた最大の理由はパートナーである西鉄の存在だったという。
当初は1700都市を候補に挙げてデスク調査を行い、そこから絞り込みを進めて10都市くらいまでに厳選。その後、メンバーが現地へ飛んで地道にフィールドワークを重ねていた。
そうして国内のさまざまなパートナー候補と接触を試みるなか、天野氏が西鉄の責任者と会ったときに、「福岡の街に永続的、持続的ににぎわいをもたらしたい。既存の領域を飛び越えて協業をすすめ、新しいことにチャレンジしたいという心意気を持っている」と感じたという。
しかも西鉄は、鉄道に加えて非常に発達したバス路線や商業施設も持っている。そこで、実証実験はここしかないと確信し、福岡市に決めたそうだ。
西鉄以外のパートナーについても、「福岡の街をよくしたいという企業ほど共創がしやすい」そうで、「ヒトの移動で地域ににぎわいをもたらす」というmy routeのビジョンに共感する企業と手を組んでいる。
現在は対外発表していないものも含めると60社を超えるサービサーと協業しているという。
福岡市での実証実験がスタートし、西鉄などによる精力的な広報活動もあり、開始1か月で約5000ユーザーに到達。その後も順調に利用者が伸び、JR九州も加わった2019年11月の正式サービス移行と北九州市でのサービス開始を経て、現在では約8万ダウンロードに到達している。
車内や駅ナカなどで西鉄が積極的にmy routeの広報活動を行なった
my routeの現場をリードするトヨタ自動車未来プロジェクト室 主任の間嶋宏氏は、「実証期間を含めて1年以上サービスを続けられたおかげで、日常的にmy routeを利用して頂けるユーザーができた。加えて、本格サービス移行後は(期間の限定された実証実験と違って)継続して使えるサービスと認識していただけた方も多く、さらに新規ユーザーが増えた」という。
実際、my routeのアクティブユーザーの多くは福岡市内で利用している形跡があるそうで、地元の人々に根付いたアプリへ着々と成長していることを裏付けている。
- トヨタ自動車株式会社 未来プロジェクト室主任の間嶋宏氏
福岡市の利用者が主に使っている機能はルート検索とのことだが、なかでも西鉄バスのリアルタイム運行情報が見られるのが非常に便利という声が多く届いているという。
ユーザアンケートでは、4割のユーザーが「福岡の街に親しみや親近感が増した」と回答。ほかにも、普段から移動しているエリアでも新しい移動方法への気付きに魅力を感じているという声や、my routeによって外出する機会が増えたという声も届いているとのことで、チームメンバーは大いに勇気づけられているそうだ。
こういった好意的な意見が多い理由の1つが、使いやすさを目指してユーザーインターフェイスの改善や機能追加を繰り返し、作り込んでいる点だろう。
例えばシェアサイクルを利用したルート検索の例では、今いる場所から目的地まで、どのポートで自転車を借りてどのポートで返せばよいかも盛り込んだルートを示すことで、とても便利に利用できるようになっている。
ユーザーによって利用する交通手段は異なる。そこでmy routeはアイコンをタップするだけで経路検索対象を簡単に切り替えられるようにした(色の薄くなっているものが検索対象外)。人数はタップで1~4人を選べる(タクシーの割り勘などに対応)ほか、検索時の基準時刻も出発/到着などで設定できる
アプリの改善は、おおむね1か月に1回のペースで行なっている。
「毎週のようにパートナー企業と会議をしながら、とにかく利用者の声を聞いて改善するという当たり前のことをやってきただけ」と天野氏は謙遜するが、多くのパートナーと事業を進めるなかでその姿勢を貫き通すのは難しい。
しかし、my routeが理想を掲げ、その理想に共感したパートナーと手を組むことにこだわったからこそ、利用者からの反応もよいのだろう。
- 天野氏は実際にアプリを操作しながら操作方法などの具体例を解説した
地域とともに育てていくサービスに
ところで、my routeの運営は、4月1日からトヨタファイナンシャルサービス(TFS)へと移管した。ただ、my routeが目指すところは変わらない。
今後、間嶋氏と共に現場リーダーを務めるTFSの金子直人氏も、「運営会社が変わっても、アプリやサービス、ユーザーのために、我々は変わらず真摯に改善に務めていく」と説明する。
では、なぜTFSに移管するのだろうか。
TFSへの移管によって素早い意志決定が行なえるようになり、スピーディにサービスを展開できる部分が大きなメリットになるという。
加えて、my routeには決済サービスとの連携が不可欠で、TOYOTA Walletなどの金融サービスを手がけていることでもTFSへの移管は最適なのだという。
- トヨタファイナンシャルサービス株式会社 my routeグループシニアマネージャーの金子直人氏
天野氏は、「部門、組織、職位の壁を越えて多くの部署、多くの人がほかの業務を抱えながらも同じ思いを持ち、泥臭く1つのモノを世の中に出す。my routeが受け入れられたのは、こういう考えで取り組んで来たのが大きいと思っています。そうでなければ、これだけのスピード感をもって事業化にはつなげられなかったでしょう。理想をいえば、表面上はトヨタ色が極限まで薄まっていって、地域の人にとって『my routeは自分たちの街のサービスであって、それがほかの街でも使えて、そのうちにmy routeはトヨタがやってるんだ』と気付く、それがありがたい姿です」と話す。
「この春から多都市展開が始まりますが、考え方は福岡市と変わりません。例えばグルメ情報にしても、大手だけと組むのではなく地元をよく知るフリーペーパーを発行している企業に協力を依頼するなど、地域と密接に取り組むことを重視しています。この考え方なくしてmy routeは成功しません。共に創る『共創』がないと進まない、やれないサービスなのです」(天野氏)
そのうえで、各都市でのサービスを充実させつつ、都市と都市、点と点を結ぶ中遠距離の移動、つまり線の移動を増やしていくことが次の目標という。4月以降は、JR九州の新幹線予約、京王電鉄バスの高速バス予約サービスとの連携なども予定しており、線の移動も順次盛り込まれていくことになる。
そして、それぞれの街で地域のパートナーとチャレンジしながら成功事例を作りあげることが、さらなる別の街へのサービス展開につながる、そう考えて今後も取り組んでいくという。(天野氏)
「トヨタだけ」ではなくチームジャパンで共創を
最後に天野氏、間嶋氏、金子氏に、これからmy routeがどうあるべきなのか、またそれにどう関わっていきたいかを聞いた。
「これまでお付き合いのなかった様々な企業・パートナー様含めて、チームジャパンとして共創していくことが必要です。我々はmy routeというアプリ(インターフェイス)は作りますが、その中身はそれぞれの地域の皆さんと一緒に作っていくものです。もはやトヨタだけで何かをしようという考え方ではありません。my routeを進化させていくことで、生活者が抱える移動の不便を解消することと、移動したいと思うきっかけづくりとを合わせて、移動需要そのものを喚起していきたい」と天野氏。
続けて、間嶋氏は、「今は移動手段をつなげるという部分が中心になっていますが、イベント情報だけでなく宿泊施設との連携など、移動と他のサービスをかけ合わせて地域の活性化を図るときには、my routeを活かせることがたくさんあると思います。これまで移動やモビリティに関係ないと思われていた業界の方々とも関わるチャンスが増えてきているので、地域の課題に寄り添って、幅広くサービスの可能性を探っていきたいです」と新たなチャレンジに意欲を見せる。
金子氏は、「アプリとしては操作性や機能など、よりよくしていける部分があると思います。そこをもっと強化して、たくさんのユーザーに使ってもらえるようにしていきたいですね。これから使える地域を増やして、多くの地域に根付いていけば、その先の世界がもっと大きく広がっていくと思います」と、今後の展開に期待を寄せる。
国内では、特定の地域や交通網に限定した事業者によるMaaSが活発化している。そんななか、my routeは特定地域の観光協会や鉄道会社が運営母体ではないという点が特徴で、パートナー次第でどの地域でも展開できるという点で注目されている。
自動車メーカーが展開するサービスは、自分たちの商材であるクルマを中心に据えたものになるのが当然だ。しかし、my routeはあらゆる移動手段を網羅したマルチモーダルモビリティサービスアプリ/サービスであり、クルマはもちろん、トヨタ色も非常に薄い。
現在トヨタは、豊田章男社長が先頭に立ち、自動車メーカーから「モビリティカンパニー」への変革を進めている。そして、その姿を体現する1つの形がmy routeなのだ。
天野氏は、my routeの実現には「豊田社長の『モビリティカンパニーになる』というトップ方針が社内を動かす大きな後押しになった」と話す。社内ではコネクティッドカンパニーや国内販売事業本部、グループではトヨタファイナンシャルサービス、トヨタファイナンス、トヨタコネクティッドがワンチームとなって活動し、さらに経理・法務・知財といった部署も、従来とは異なる判断基準でこのプロジェクトを後押ししているという。
自動車メーカーという枠組みにとらわれない信念が生んだmy routeは、今大きく育ち始めている。
<関連リンク>
my route
https://www.myroute.fun/
[ガズー編集部]
最新ニュース
-
-
日産のフルサイズSUV『アルマーダ』新型、ベース価格は5.6万ドルに据え置き…12月米国発売へ
2024.11.21
-
-
-
軍用ジープが最新モデルで蘇る…ドアなし&オリーブドラブが渋い「ラングラー ウィリス'41」発表
2024.11.21
-
-
-
EV好調のシトロエン『C3』新型、欧州カーオブザイヤー2025最終選考に
2024.11.21
-
-
-
「めっちゃカッコいい」新型レクサス『ES』のデザインにSNSで反響
2024.11.21
-
-
-
光岡、話題の55周年記念車『M55』を市販化、100台限定で808万5000円
2024.11.21
-
-
-
日本発の「ペダル踏み間違い防止装置」、世界標準へ…国連が基準化
2024.11.21
-
-
-
楽しく学べる「防災ファミリーフェス」を茨城県の全トヨタディーラーが運営する「茨城ワクドキクラブ」が開催
2024.11.21
-
最新ニュース
-
-
日産のフルサイズSUV『アルマーダ』新型、ベース価格は5.6万ドルに据え置き…12月米国発売へ
2024.11.21
-
-
-
軍用ジープが最新モデルで蘇る…ドアなし&オリーブドラブが渋い「ラングラー ウィリス'41」発表
2024.11.21
-
-
-
EV好調のシトロエン『C3』新型、欧州カーオブザイヤー2025最終選考に
2024.11.21
-
-
-
「めっちゃカッコいい」新型レクサス『ES』のデザインにSNSで反響
2024.11.21
-
-
-
光岡、話題の55周年記念車『M55』を市販化、100台限定で808万5000円
2024.11.21
-
-
-
日本発の「ペダル踏み間違い防止装置」、世界標準へ…国連が基準化
2024.11.21
-