群馬県沼田市で「ぬまくる」実証実験スタート。高低差ある河岸段丘の街を走るAIデマンドバス
地方自治体では少子高齢化社会が進むなか、バスやタクシーなどの公共交通をデマンド型に移行する事例が増加中です。主にスマートフォンのアプリ経由で予約、ICTを駆使し指定停留所間をAIが判断したルートを走行することで効率よく運行でき、定時定路線に比べ利用者の少ない日中でも運用の無駄を省けるのが大きなメリットです。
群馬県沼田市で実証実験がスタートしたデマンド型バス「ぬまくる」も、そのひとつ。運行開始にあたって2022年3月25日に「デマンドバスぬまくる運行開始式」を市庁舎の入る「テラス沼田」で実施。開始式後には、横山公一沼田市長に話を伺うことができました。本記事では式典とインタビューの様子をお届けします。
今回、沼田市でスタートした「ぬまくる」とは!?
3月25日から沼田市でスタートしたAIデマンドバス「ぬまくる」。同市が委託運行していた定時定路線型バス10路線の利用者減少による財政圧迫の解消、ならびに公共交通機関の空白地域を無くし、市民の移動の利便性向上のために新たに導入されました。約1年間を実証実験として平日と土曜の9時〜17時で運行(運行はその後も継続)。通勤通学の利用が多い朝夕時間帯はこれまでどおり定時定路線での運行という、ハイブリッド型が特徴です。
運行エリアは、沼田市内をAエリア(旧沼田市4台)、Bエリア(白沢町、利根町南部1台)、Cエリア(利根町北部1台)の3つに分割。それぞれのエリア内を走行し、500カ所(3月25日現在)の停留所で乗降が可能。運行で使われるICTのシステムは、ソフトバンクやトヨタ自動車などが共同出資しMaaSのシステム構築を数多く手掛けるMONET Technologiesが提供。群馬県の富岡市が運行するデマンド型タクシー「愛タク」でも同社のシステムが採用されています。
車両は定時定路線で使用中のものを活用。車内には新たにデマンド運行用のタブレットを設置、デマンド運行時には画面に表示される予約の入ったルートに従って運行されます。予約は「MONETアプリ」または電話で利用7日〜1時間前までの受付。乗車運賃は一律400円(ぐーちょきシニアパスポート所持者・小学生・障がい者:200円)です。
「ぬまくる」を命名した女子高生の星野さん「デマンドバスで“住みたい”と思ってもらえたら」
写真左から「ぬまくる」命名者の星野羽奏さん、久保健二沼田市議会議長、横山公一市長、関越交通株式会社 常務取締役 阿部正治氏、MONET Technologies株式会社 代表取締役副社長 兼 COO 柴尾嘉秀氏。
横山公一沼田市長が「ぬまくる」への期待を述べた
早朝に行なわれた「デマンドバスぬまくる運行開始式」では、横山公一沼田市長のほか、関越交通株式会社 常務取締役 阿部正治氏、MONET Technologies株式会社 代表取締役副社長 兼 COO 柴尾嘉秀氏らが出席。横山市長は冒頭のあいさつで「市民の皆様の身近な足となり、確実に利用できる公共交通として進化させていきたい。しっかりと大事に育てていく」と運用への期待と決意を述べました。
関越交通株式会社 常務取締役 阿部正治氏 デマンドと定期定路線バスの共存について言及
関越交通 阿部氏は「最大の使命は安全運行」としながら「今までの経験を活かし、利用者の方には鉄道を補完する幹線系統のバスの乗り換えポイントも“ぬまくる”とともに有効活用していただけたら」と「ぬまくる」とバスの共存&活用についても期待を込めたあいさつに。
MONET Technologies株式会社 代表取締役副社長 兼 COO 柴尾嘉秀氏「愛されるモビリティ」に
MONET Technologies柴尾氏は「乗降場所が500カ所は弊社でも最多。最大限用意することで地域活性化、相乗りによるコミュニティ活性化に“ぬまくる”が活用されることを期待しています。“マイカー=愛車”と呼びますが“ぬまくる”も地域の皆様に愛して頂ける生活のモビリティとして利用者の声を聞きながら進化していきたい」と活用し愛される存在になれるよう願いました。
ぬまくる」命名者、利根沼田学校組合立利根商業高等学校2年生星野羽奏さん
さらに「ぬまくる」の命名者である利根沼田学校組合立利根商業高等学校2年生(4月から3年生)星野羽奏(わかな)さんも会場に。
名称については「直感でひらめきました。沼田のものだから“ぬまた”は入れたくて、そしてわかりやすく。沼田市を楽しく回る、クルクル回る、沼田市に来る」という願いを込めたとも式典で話してくれました。
また、「バスは通学で毎日使っています。祖父母にアプリで“ぬまくる”に乗って欲しいです。沼田のたくさんの人が利用してもっと快適に暮らせたら。それに、少子高齢化などもありますが沼田はとてもいい街なので、いろんな人に来て見てもらいたいし、デマンド型バスを見た人が“沼田に住みたい”、沼田に来た人から“いい街だな”と感じてもらえるとうれしいです」と“ぬまくる”のスタートをお祝いしてくれました。
ちなみに応募のきっかけを聞いてみたところ、「学校の授業の一環で高校1年生のときに全員で考えて応募しました。“ぬまくる”に決まったときは周りからの反響も大きかったです」と当時の様子も教えてくれました。
「巨大な河岸段丘に囲まれていることも、モビリティの重要度が高まる要因」と横山市長
デマンド型バス「ぬまくる」導入にあたり横山市長は「地方の公共交通機関は鉄道が在来線便数を減らす傾向にあるなど、移動手段の確保が厳しいのが現状です。特に学生をはじめ免許を持たない世代や高齢者の移動が大変に。デマンド型への移行は、他の地域での採用が議会で話題となったのがはじまりで、市民の声も吸い上げつつ導入へと至りました」と、沼田市の現状とデマンドバス採用のきっかけを語りました。
また沼田市周辺の地形の特徴として、巨大な河岸段丘に囲まれていることも、「モビリティの重要度が高まる要因」(横山市長)とも話します。河岸段丘とは、長い時間をかけて形成される台地と崖から構成される地形で、崖部分は険しく高低差があります。JR上越線沼田駅から中心市街地までの間だけでも約70mも高低差が。徒歩での移動は大変な労力になるため、この間を走る民間路線バスの運賃は、気軽に使えるよう安く設定されています。
「沼田市では、バスやタクシーをはじめとする公共交通機関が必須で、自家用車がなければ移動がとても難しい。デマンドバスで、利便性を高め市民が移動しやすくすることは、街の活性化のためにも重要」と横山市長。「ぬまくる」の停留所は、既存の定時定路線の場所以外にも、主要公共施設、スーパー、医療機関、ごみステーションなど日常生活に欠かせない場所を中心に設置中。今後市民の要望に合わせて柔軟に移動や増設を検討していくそうです。高齢者からは「はじまったら買物にぜひ使いたい」という声も市に届いており、すでに利用者がデマンド型バスに寄せる期待も大きいよう。なお、既存車両では、車いすの乗車が難しいため今後解決したい課題とのことでした。
ちなみに、高低差が大きい地形はデメリットだけでなく恩恵も与えてくれます。市長によると「気温の差を生み、美味しいフルーツが実る。沼田生まれの“ぐんま名月”は幻のリンゴとも言われるほど」だそう。また高低差があることでふもとから順番に花が咲くため養蜂も盛んで、自然から受ける恩恵は計り知れず。地元が好きで残る住民も多いとのことで、長く住むには使い勝手のよいモビリティの確保が重要。長年地元を愛する人々のためにもデマンド型の導入は必須だったのかもしれません。
なお、今回沼田市の電子地域通貨tengoo(てんぐー)で「ぬまくる」に乗車ができるのもひとつのポイント。市長は「コロナ禍に現金ではなく、クレジットカードで決済する人が多くなり、電子マネーをスタートする良い時期だと思い2020年にtengooを採用しました」と導入のきっかけを話してくれました。2年ほどの運用で地域通貨の利用者が増えるなか、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する同市としては、スマホ普及率や活用も含めデジタル化の基盤ができつつある状態に。そのため、スマホを使ったアプリ予約でのデマンド型運行も今後市民に浸透しやすいと判断し、今回の導入にも拍車をかけたとのこと。
既存の定時定路線バスを残しながら、デマンドバスを採用した沼田市ならではのハイブリッド型については、「バランスのいい既存の公共交通との共存の仕方を模索した結果がハイブリッド型の採用。職員ほか、関係者皆様の尽力でようやく運行にこぎつけることができ、ホッとしています」と話します。なお、市長自身も「もうすぐ免許返納してもいい年代ですので、これから積極的に“ぬまくる”を活用していこうと思っています」とのこと。免許返納がなかなか進まないのは、使い勝手のよいモビリティがなく移動の制限が負担になるから。デマンド型バスならば、自家用車に頼らず日中の高齢者の移動手段として便利に使ってくれるのではと、期待を寄せていました。自治体によって必要なモビリティは異なるので、地域に合わせカスタマイズしたサービスを提供することが必要なのだと、今回改めて実感しました。
ちなみに開始式の会場となった「テラス沼田」の市庁舎内では、多くの市民、特に学生がフリースペースを有効活用して自習をしている姿を見かけました。このような光景を市庁舎で見かけることは、あまり経験がありません。また、「沼田市の学生たちは地元が好きで、やりたいことの声をどんどん市に意見として入れてくれます」と市長が話してくれたのも印象的でした。新たに走り出したデマンドバス「ぬまくる」も、たくさんの人が使う公共交通となり、高齢者だけでなく若い世代にも浸透し、活力ある街へと後押しする存在になるのでは!? そんな予感が市庁舎の賑わいを見て感じました。
(文/写真:村上俊一)
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