群馬県富岡市でデマンド型乗合タクシー「愛タク」が運行開始
郊外や地方でクルマを持たない人が利用するモビリティをどうするかは、少子高齢化が進むなか全国的な課題になっています。今年新たに群馬県富岡市で始まった「愛タク」は、その解決策のひとつとして期待されています。ICTなどを駆使することで、希望の時間や停留所を指定して乗車予約できるデマンド型の乗合タクシーを取材しました。
少子高齢化が進む地方都市
日本では現在、人口減少と高齢化が進んでいる状況です。総人口は2010年がピークで、2025年までに約550万人減り、総人口に占める65歳以上の人口割合(高齢化率)は、2010年の23%から増え続け、2020年には29%に、2025年には30%になります(※1)。文字どおり少子高齢化社会に突入しているといえます。人口減のフェーズに入ると、地方ではより過疎化が顕著になり、採算性の問題からどうしても公共交通手段が手薄になりがちです。そこで地方都市や農村、山間部での移動にはマイカーが使われることが多くなります。
しかし、高齢化が進んでくると、免許返納などによりマイカーを保有する人も減ってきます。ここで問題になるのが、日常生活に必要な移動手段の確保が難しい「移動弱者」が増えてしまうこと。また、こういった地域では、生鮮食料品を販売する店やスーパーマーケットが徒歩圏内にないことが多く、同時に日々の買物移動にも困る「買物弱者」にもなるケースも多くなります。これには、単身世帯が増えていることも拍車をかける要因になっています。地方で単身者が移動弱者におちいってしまうと、日々の生活に困ることになるのは、想像に難くありません。
国としても、未来像として「Society 5.0」で、ICTやIoT、AI、ビッグデータといった技術を取り入れた社会を描き、都市のデジタライゼーションを推進する「スマートシティ」構築も含め、デジタル革新によって新たな付加価値を創造し、社会をよりよくしていく方向に力を入れています。
※1 経済産業省「新しいモビリティサービスの活性化に向けて-IoTやAIが可能とする新しいモビリティサービス関する研究会」の「中間整理を踏まえた調査結果報告」による
市の中心街からクルマで数十分ほど走ると、すぐに人影もまばらな山の中という景色になる。
このような背景のなか富岡市で始まった「愛タク」は、地方都市の移動弱者を救う事例になるのではないかと注目されています。これまでも乗合タクシーを運行する取り組みはさまざまな地域でありましたが、配車や走行するルート決定にICTなどを活用するという目新しい事例になります。この「愛タク」では、MONET Technologiesという企業の配車システムを使いますが、市内のほぼ全域を網羅するという規模は、同社でも最初の大きなプロジェクトとなります。
これまで富岡市でも、市内停留所を時刻表に従い巡回する乗合タクシーは運行されていましたが、停留所を増やすとともにICTなどを活用し、利用があるときだけ必要な停留所間を運行するデマンド型にすることで、うまくいけば利用者の利便性は極力落とさずに、運行経費のムダを省くことができることになります。「これまでの乗合タクシーでは利用率が低かったので、誰も乗車していなくても運行しなければなりませんでした。今回は必ず乗車しての運行となりますので、むだがなくとても助かります。今後、要望に応じて停留所を増やすことも検討中です」と榎本市長がそのメリットを語ってくれました。
「愛タク」のサービスが始まった富岡市は極端な過疎地ではありませんが、妙義町と合併後の2006年4月1日時点で54,465人だった人口は、ゆっくりと減り続け2021年1月1日時点で47,756人と5万人を割ってしまっています。将来2055年には人口が3万人を下回るとも予想されています(※2)。こういった課題を受け富岡市では、まちの魅力を向上させ若年層流出に歯止めをかけ、高齢者が活躍できる環境を作るといった施策を積極的にしかけています。手軽で利便性の高い市内移動手段があることは、まちの活性化のためにも最重要と考えているようでした。「愛タク」の運行が始まる2021年1月4日には、富岡市役所にて出発式も華々しく行われました。
富岡市には、皆さんもご存じの世界文化遺産「富岡製糸場」や日本三奇勝「妙義山」といった観光資源もあり、市の中心街は店舗も多く、移動さえできれば生活に困ることはなさそうです。ただ、中心街からクルマで数十分走ると、もう自然が豊富な山の中という景色になり、民家もまばらになってきます。こういった地方都市は日本各所にあり、ほぼ同様の課題を抱えているといえます。
※2 富岡市が2020年3月に出した「第2期富岡市総合戦略」による。
走行中の「愛タク」。
民間企業との連携で富岡市の公共交通をになう「愛タク」
富岡市で始まった「愛タク」は、地元のタクシー会社、上信ハイヤーと日本中央交通の2社が共同で事業者として運営。そしてICTを活用した配車システムをMONET Technologiesが担当しています。7人乗りのミニバンを使っており、スマホアプリにて乗車~降車する停留所を指定すると、指定した停留所まで来てくれます。予約は5日前から可能で、状況にもよりますが15分前の予約で乗車できることもあります。停留所は301か所あり、公共施設、公民館、スーパーマーケット、コンビニ、病院などが設定されていて、今後倍程度まで増やす予定があるそうです。
料金は、市民と障がい者はもちろん市内に通勤通学する人も含め100円と格安。しかも市外からの観光客などは誰でも500円で利用でき、距離を考えると500円でも安く感じます。未就学児は無料です。運行は年末年始を除く毎日8時~17時。当面夜の時間帯は使えず、朝の通勤通学、昼間の買物や通院、観光などが主な用途になると思われます。
予約は、MONET Technologiesが提供するスマホアプリを使うのですが(電話予約も可能)、これは他地域でも使われる汎用アプリになっていて、登録時にアクセスコードを入れることで富岡市で使えるようになる仕組になっています。利用方法は、地図上で乗車と降車の停留所を指定するだけです。MONET Technologies独自のアルゴリズムにより、システムが自動で最適な配車とルートを設定してくれます。近いルートで予約が重なる場合には、相乗りになったり、最短ではないルートになったりするケースもあります。車両はまず6台が投入され、そのうち2台は車椅子のままの乗車もできる福祉車両となっています。
実際に利用してみると、アプリで予約を入れて停留所で待つというのは、タクシーとバスのいいとこ取りのような感覚です。初日でしたので、すぐにタクシーは来ましたが、利用者が増えた混雑時にはなかなかマッチングしないということが起きそうな予感はします。料金は現金を料金箱に入れるか、PayPayで支払います。距離にかかわらず定額で安価なので、気軽に利用でき、外出の機会が増えるのは大きなメリットです。
「愛タク」の配車システムについて
「愛タク」の配車システムを担当したMONET Technologiesは、ソフトバンクやトヨタ自動車などが共同で出資する企業です。高齢化に伴う移動困難者の増加などの社会課題の解決を目指すとともに、将来の自動運転社会を見据えたMaaS(Mobility as a Service)事業を展開しています。今回の「愛タク」のサービスでは、MaaSに一歩近づいたといえるでしょう。
今回、MONET Technologies代表取締役副社長 兼 COOの柴尾嘉秀氏と事業本部 事業推進部 東日本地域事業推進課 山本竜也課長代理に、詳しくうかがったところ、「愛タク」のようなICTを使ったデマンド型のモビリティサービス導入の声かけは、多くの自治体に向けて行っているとのこと。そのなかでも富岡市は導入に前向きで、実施までにはプロポーザルを経る必要はありましたが、市内広域にもかかわらずお声がけから1年程度でスムーズに導入できたとのことでした。
これには、コロナ禍による観光客減で、地方のバス業界やタクシー業界の経営が苦しくなっていることも影響がありそうです。このような例は全国のほかの自治体でも起こっており、同様の公共交通システムの導入が増えることも予想されます。
今後は、富岡市内の停留所を増やす予定で進められています。料金のサブスクリプション制なども考えられるでしょう。また、他地域の例となりますが、MONET Technologiesでは長野県伊那市や静岡県浜松市で「医療MaaS」の実証実験を行っています。これは、患者が病院に出向かなくても、医療機器を搭載した移動診療車に看護師などが乗車して患者宅に出向くことで、患者は車内のテレビ会議システムを通じて医師によるオンライン診療が受けられるというプロジェクトです。加えてオンラインでの服薬指導を実施し、薬をドローンや車両で配送する取り組みも行われています。患者の負担が減るのはもちろん、医師も診察を効率化できます。
とくに印象に残ったのは、「とにかく移動を手軽に楽しんでもらいたい。気軽に人がまちに出てくること、その行為自体が楽しみになって、活気があふれてくると思います。買物、通院、通学といった、住み続けるための生活モビリティは絶対に残していかなくてはなりません」と語っていたことです。買物弱者や診療の課題は、実際には地方だけの問題ではありません。都市部でも、交通弱者の単身者は増えていきます。ICTなどをうまく使った解決方法を取り入れていくことが重要になります。「愛タク」がどのように使われ、発展していくのか、見守っていきたいと思います。
[ガズー編集部]
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